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歌姫の銃弾《バレット》  作者: 栗紀直哉
第一部 歌姫と呼ばれた少女
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第一話

広い世界の片隅に、戦争が長く続いた国があった。

戦争を起こしたその二つの国は、国の大きさ、人口、軍事力、さらに文明のレベルも近かったため、戦争は泥沼化した。


勝利を目指した国は手段を選ばなくなる。

国はまだ成人もしていない少女を戦場に送り出すことを決定した。


もちろん兵士としてでは無い、


死を運ぶ『歌姫』としてだ。




雨が降り続いていた。

戦闘終了直後の拠点、傷を負った兵士や、疲れに喘ぐ兵士があちらこちらで体を休めていた。多くはないが死傷者も出ているようだ。けれども兵士たちの表情は皆一様に明るい。

彼らの表情は、この戦闘の勝者が誰なのかを雄弁に語っていた。


カサイ モトヤは降り続ける雨を浴びながら、長く続くこの戦争を思った。

戦争が始まったのはおよそ十年前、カサイがまだ十七歳のときだった。

当時、藍色の国旗を掲げたこの国と、赤褐色の国旗を掲げたあの国は良好な関係を築いていた。

両国とも国として「生きる」ことに苦労しなくなり、国民も裕福とまではいかなくとも、日々の生活の苦しさに嘆き悲しむようなことは無くなった。

二つの平和な国は、あとは緩やかに、穏やかに発展していくだけだった。


どこで何が狂ってしまったのか。

カサイは自問する。

戦争の発端は国賓の暗殺だった。

ある伝統行事に招かれたこの国の王族の一人が、宿泊していた宿ごと爆殺された。

事件の首謀者は赤褐色の国に潜伏していたテロリストだと発表された。

当然我が国は非難した。


「国賓を預かっているというのに、貴国の安全管理はどうなっていたのだ!」

「我が国とて、国賓を失った!恨むべきはテロリストではないのか!」

「馬鹿げている!そちらがそのような対応を選ぶのなら、こちらにも考えがある!」


こうして、国民を置いてけぼりにしたまま戦争が始まってしまった。

だがこの事件には不審な点が多い。

国賓を預かった国の対応、急遽だった行事への参加、早すぎる戦争への突入、両国ともに国賓を一人ずつだけ殺害されている点、そもそも国賓も王族とはいえ血は薄く、こう言うのも何だが、国に戦争を決意させるほどの身分では無かったはずだ。

けれど戦争は起こった。そして今も続いている。

何者かの意図が見える気もするし、当然の結果とも思える。

しかしカサイにはそんなことはどうでも良かったし、どうしようもない話だ。

自分の使命を果たすだけ。


「カサイ少尉」


カサイが振り向いた先にいたのは人懐っこい顔をした、一人の兵士だった。


「伝令です、作戦本部から召集がかけられております。至急作戦本部へ向かってください」

「…わかった。それと俺と話すときはその仰々しい口調をやめてくれ」

「そうはいきません、カサイ少尉は自分にとっては上官にあたります」

「命令だ、俺が少尉になる以前の口調で話せ」


その兵士はニヤッと笑みを浮かべた。笑うと人懐っこい顔がもはや子供の様に見える。


「いや~、規律に縛られた生活ってのは息苦しいね、友人に気軽に話しかけることすら出来やしない」

「お前が下っ端のままでいるのが悪い」

「酷いなー、僕に言わせたらカサイの昇進のスピードが特別なんだよ。それに僕は下っ端じゃない、これでも一応役職持ちだよ?」


その兵士の胸に光る階級章は決して低い身分を表すものでは無かった。

兵士の名前はミヤマ シュウ。カサイと同期で、いくつもの戦場を共に駆け抜けた戦友だ。感情をあまり表に出さないカサイと違い人懐っこい顔と性格の持ち主で、カサイはいつも「犬のような男だな」と感じていた。


「ミヤマが伝令役ってのはどういうことだ?内容については?」

「いちいち伝令役に内容漏らしてたら大変なことになっちゃうよ?」

「まあ、そうだな」

「僕が伝令役に選ばれた理由はシンプルだ。」


カサイが眉をしかめると、ミヤマは満足そうに言葉を続けた。


「僕も呼ばれているからさ」




その建物の入り口に立ったとき、カサイとミヤマは互いの顔を見合わせていた。思うところは一つ、


「何かの間違いなんじゃないのか?」


作戦本部へと向かった二人はさらにそこからとある施設への移動を命じられた。

そこは伝統と格式を持ち、古くから要人を迎い入れるために建てられた屋敷。


カサイは荘厳とすら言える屋敷のたたずまいを見て溜め息をついた。

戦争が始まってからも度々使用されているのは知っていたが、間違っても自分やミヤマのような身分の兵士が入れる施設ではない。


「どうする?帰る?」

「帰れる訳ないだろ、馬鹿」


呼ばれた以上、行くしかない。カサイは歩きながら覚悟を決める。

呼ばれた以上、自分とミヤマには何かしらの任務が待っているはずだ。

そして自分たちはその任務を全うしなくてはならない。

たとえその任務が、どれだけ過酷なものだとしても。


「お待ちしておりました」


兵士に案内された先には夢のような世界が広がっていた。

壁に掛けられた絵画には過去の王族達が描かれ、飾られた装飾品の数々は普通ならば一生目にすることすら出来ないような代物のはずだ。


「他の方々はすでに到着しております」

「俺たち以外にも呼ばれた者がいるのか」

「はい、詳しくはお部屋に着いたのちに話されるかと思います」


長い廊下を歩きながら、兵士は淡々と語る。

ミヤマはさっきから落ち着きなく屋敷のあちこちに目を配っていた。


「おい、みっともないぞ。少しは落ち着いたらどうだ」


カサイの言葉を聞いたミヤマは声を潜めて答えた。


「なんか、ヤバい話かもよ。さっきから屋敷のあちこちで人の気配がする。信じられないくらいの厳戒態勢だよ」

「その件につきましても、お部屋に着けば納得して頂けるかと思います」

「えっ、あ、そうですか。はは…」

「こちらです」

「え?ああ、ここですか」

「では、あとは中にいる者が案内するかと思いますので、ここで失礼いたします」


兵士がいなくなるとミヤマはふぅー、と息をついた。


「あー、緊張した。不気味なやつだなぁ」

「お前の方がよっぽど変だったがな」

「なにそれ!」


カサイは緊張していた。この厳戒態勢、自分たちを案内した兵士もただの兵士ではない。

特別な訓練を受けた人間の身の運びだ。

カサイは心を落ち着けて、扉を開いた。


扉を開くとそこには八人の兵士がいた。

自分たち二人を見てすぐに視線を逸らす者、椅子に腰かけたまま動かない者、すぐに話しかけてきた者など反応は様々だが、共通していたのはその戦闘能力の高さだった。

ここにいる者は身分こそ高くないが、戦闘に参加するたびに戦果を挙げ、高い評価を得てきた者ばかりだった。噂をきいたことも、戦場での様子を目の当たりにしたこともある。

そのとき扉が開き、一人の男が入ってきた。


「待たせてしまってすまなかったね」


部屋の空気が一瞬で緊張した。兵士達はその場で敬礼し、入ってきた男の言葉を待った。


「いいよ、敬礼なんて、それよりも早く話をしよう」


カサイは自分の眼を疑った。

モトムラ大佐。過去いくつもの戦闘をその頭脳で勝利に導いてきた切れ者。

なんでこんな大物がこんなところに?

カサイのみならず、部屋にいた兵士は皆同じことを思っていたようだ。


「皆の疑問も分かる、これから説明するが先に紹介を済ませた方がいいだろう」


モトムラ大佐に促されて入ってきたのは、一人の少女だった。

少女が入ってきた瞬間、部屋の空気がピン、と張りつめた。

セミロングの髪は淡い栗色に光り、顔つきや体格を見る限り、まだ十五歳にもなっていないように見える。

そして何よりもその表情は哀しげで、カサイの眼に儚げに映った。


「紹介しよう、この子が我が国に残された最後の希望」


「歌姫だ」


最後の希望である歌姫はちょこんと頭を下げて、それきり動かなかった。





「では本題に入ろうか」


全員が席に座ったのを確認するとモトムラ大佐は口を開いた。

モトムラ大佐の隣の席には歌姫が座っている。

緊張しているのだろう。椅子の上で縮こまっているその様子は座っているというより、収まっていると表現した方が正確かもしれない。


「この子の名前は、レアル」

「…レアル?」


短髪で眼光の鋭い兵士が眉間にしわを寄せる。


「ご察しの通り、本名ではない。歌姫としてつけられた名前だ」


モトムラ大佐がにこやかに答える。

彼の笑顔を見てカサイは恐怖を覚えずにはいられなかった。この男の感情が読めない。

「笑っている」ということ以外、何も感じられないのだ。この笑顔だけで、彼がどれだけ優秀で恐ろしい存在かということがよく分かる。


「そもそも彼女に本名など無いし、君たちはそんなことを気にする必要もない。君たちは任務として彼女を守ってくれればそれでいいんだ」


口調こそ柔らかだが、有無を言わさぬ迫力があった。

兵士たちは誰も何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。


「任務内容は今言ったように『歌姫』の護衛。作戦行動中、その身を挺して彼女を守って欲しい」


兵士たちは口をつぐんだままだ。

理解できていない訳では無いだろう。皆分かっているのだ、その意味と彼女の重要性を。


「あのーすいません」


一人の兵士が手を挙げながら遠慮がちに発言した。

パッと見たところ、線の細い好青年と言ったところだろうか。にこやかに喋りだした彼の次の発言は部屋に居た兵士を騒然とさせた。


「要するに彼女を命がけで守れ、いざとなったら代わりに死ねってことですよね?」

「…そういうことになる」


上官に対しての砕けた口調もそうだが、今さら何を聞き返してるのか。

兵士たちの不穏な空気を察したのか、青年の兵士は慌てて喋りだした。


「えっと、自分はその、歌姫がなんたるか知らなくてですね。さっきから何が起こっているのか分からない状態なのであります。あの、失礼な発言、申し訳ありませんでした…」

「構わないよ。他の兵士諸君も言葉づかいを気にする必要は無い。優秀な人材ほどそういう部分には疎いものだ。私自身もよく将官の方々に怒られてばかりだからね、ハッハッハ」


笑ったのはモトムラ大佐だけだった。他の兵士の神妙な表情を見て気を取り直して話を続けた。


「え~と、君は…カラサワ君だったね?」

「はい!第五十二分隊にて曹長として活動しておりました!」

「カラサワ曹長、君は歌姫の噂を聞いたことは無いのかね?」

「自分の所属していた部隊では特に話題に上っていた記憶はありません。ですが、自分個人がたまたま知らなかっただけかも知れません」

「そういう地域もあるだろう。むしろ五十二分隊は歌姫の力を借りずにそれなりの戦果を挙げていたということになるのだから、むしろ喜ばしい限りだ」


にこやかに語るモトムラ大佐と、驚きを隠せない様子のカラサワ曹長。

カラサワ曹長からすれば、歌姫と呼ばれているこの女の子に寄せられている信頼が信じられないのだろう。無理もあるまい、一見しただけではどう見てもただの少女だ。

彼女の力は目に映るものではないのだ。


「そうだね、分からない人がいたままで話を進めるのは非常識だったね。まずは歌姫について説明するところから始めようか。噂について知っている者はいるかね?」


「我が国には古より歌を歌うことを生業とする一族がいた。その一族の歌には常識を超えた力が宿っており、飢饉や疫病など国に危機が迫るとその力を持って危機を打破してきたという。…私が聞き及んでいる内容はこんなものです」


長髪で切れ長の目をした女兵士が目を瞑ったままよどみなく語った。


「素晴らしい、まさにその内容の通りだ。ナラセ准尉」

「私は夢物語だと思っておりました。苦戦に窮した末の虚言の類だと」

「厳しい意見だね」


モトムラ大佐は困ったように笑みを浮かべた。


「しかし事実だ。力を持たせるために少しばかりの脚色はしたがね。実際には彼女に常識外れの、それこそ魔法のような力は宿っていない。彼女に出来るのはただ歌うことだけだ。けれどその歌が敵国にとっては脅威になる、それも笑って見過ごすことが出来ないような脅威だ」



「戦場でレクイエムが聴こえたら、覚悟を決めろ。そのレクイエムを聴いて、生きて戦場を出られた兵士はいない。」



室内の兵士の視線がカサイへと向けられる。


「…驚いた、カサイ少尉だったね。君は敵国に流れているはずの噂を知っているのか」


カサイへと向けられていた視線の種類が変わった。不審から疑心へと。


「捕虜として捉えた敵国の兵士が話していました。捕虜はその後死亡しましたが」

「なるほどね」


モトムラ大佐の眼が怪しく光る。


「捕虜からの情報なら納得だ。皆分かってくれたと思うが、歌姫とは我が国が打ち立てた情報戦における秘策であり、我が国にとって兵器である」


モトムラ大佐の兵器という言葉に反応して歌姫が身を固くするのが分かった。


「我が国の兵士にとっては歌姫は勝利をもたらす女神であり、この戦争における象徴である。まだ広まり切っていない様子ではあるが」


モトムラ大佐の視線が一瞬、カラサワを捉える。

そして手元の資料を掲げて続けた。


「そして敵国にとって歌姫は死と敗北をもたらす死神だ。彼女は決して死んではならない存在なのだ。まだ影響力は小さいが、確実に成果は出てきている。優秀な諸君には語るまでもないだろうが、情報戦の重要性は計り知れない。戦争とは人と人との殺し合いだ。いかに相手の精神を殺せるかに勝負はかかってくる。昔から変わらぬ常識だ。」


モトムラ大佐は一息つくと、改めて兵士一人一人の顔を見まわすしてからこう言った。


「改めて言おう、作戦内容は歌姫の警護。歌姫は第八~第十四戦闘地域にて活動する。その間、大将を守るつもりで彼女を守れ。いや、彼女には大将以上の価値がある。そのつもりで行動しろ。歌姫が活動する際には通常の連隊に、一個小隊が加えられる。」


兵士たちはお互いに顔を見合わせる。


「もう分かっただろう。君たちはその中でさらに分隊として戦闘中及び戦闘時以外で歌姫の周囲を警護してもらう。リーダーは君だ。カサイ少尉」


部屋に居た全員の視線がカサイに向けられる。二度目の視線はまた種類が違っていた。

彼らの視線はこう語っていた。


「ご愁傷様」


歌姫と目があった。歌姫は自信なさげに視線をうろつかせると、地面を見つめたまま動かなくなってしまった。


他の兵士の思惑から外れ、カサイの気持ちは高ぶっていた。

これはチャンスだ。

使命を果たす時がきたのだ。

その場に、カサイの敬礼に込められた力の意味を知る者はいなかった。

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