表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
視線  作者: 木の実
4/16

突き刺さる視線②

たどり着いたところは、あまり目の届かない場所にある花壇の前。

「私、実は園芸部なの」

そう言って、長谷川さんはしゃがみ込んで花を覗き込む。

「ここなら人も来ないし、私達を見てカップルだと思われることもないでしょう?」

確かに、こんな場所でしゃがみ込んでいたら、例え男女二人きりでいても、花の手入れをしている園芸部員のように見えるかもしれない。

中学生は恋愛沙汰に敏感なのだ。

黒板に相合い傘を書かれ、さして仲が良いわけでもない奴らにヒューヒュー言われるのは、僕も避けたかった。

「うん。いい場所だ」

頷いて、僕もしゃがみ込む。


「「…………」」

何を話せばいいのか分からん。

二人ともいきなり黙り込んでしまった。

ヤバい。これはヤバい。気まずすぎる。話しかけようにも、話が話だけにどう切り出せばいいんだ?巨乳も大変ですなぁ、なんていったらセクハラもいいとこだ。どうする?どうすれば!?

僕がぐるぐるしている間に、彼女は気持ちの整理が出来たらしく、ようやく口を開いた。

「巨乳も大変なの」

「単刀直入過ぎないか!?」

その切り出しは有りなんですか!?


彼女はまた、けたけた笑った。

「小六くらいの頃から明らかに胸が大きくなってね、まぁそれからみんなの注目の的であるわけなのだよ」

花をいじくりながら彼女は続ける。

「同級生ならまだしも大の大人まで。ものすごく不快だった」


好奇の目に晒される。

吐き気がするほど不愉快な視線。

経験したことのない僕でさえ、ぞっとする。


「一番気持ち悪かったのはさ」

そう言って、彼女は僕に近寄る。

あまりにも近いから、不覚にもドキドキしてしまう。静まれー!彼女に悟られるな!

「目を閉じて、四十代くらいのがたいのいい髭生やしたおじさん想像してみてよ」

僕は目を閉じる。

まだ心臓は落ち着かないけれど、頑張って想像してみる。

体育の矢野先生、みたいな感じか?ルックスもそっくりだし、性格ねちねちしてるし。

性格は全くもって関係ないはずだが。

「想像した?」

「うん」

「そいつが君の隣にいます」

矢野が隣。矢野が隣。

自己暗示する。


すると、いきなり肩に手を置かれた。それがゆっくりと首の後ろらへんに移動する。

全神経が触られている場所に集中する。

長谷川さんにやられているので、普通だったら万々歳だが、今僕の隣にいるのはあくまで矢野先生。

全身鳥肌が立つ。

そして突然、首の後ろにあった手が、背中の中心をすぅっとなぞる。

体中に電撃が駆け抜けた。

力が抜けたその瞬間。

息がかかるほどの耳元で。

まるで囁くように。

「イイ体してるね」

「ぎぃやぁああああ!!」

僕は後ろに飛び退いた。

反射的に囁かれた方の耳を押さえる。

長谷川さんに言われたはずなのに、僕の隣にいるのはあくまで矢野先生。

矢野の声がダブって聞こえたよオイ!


長谷川さんは大爆笑だ。

僕も力無く笑う。

「これは、なんていうか。…キツいね」

「そうでしょう」

まだ長谷川さんはひーひー言っている。

「もうホント気持ち悪いのよ。だから私、視線を感じたらそいつを睨んだり、緒川くんに言ったように『やめてくれ』って言ってたんだよ。…初めはね」

「そうなんだ」

やっぱり彼女は抵抗していたのか。

「でも、通用したのは中一の最初まで」

「通用しなくなったの?中一男子の精神がそこまで強いとは思えないけど」

僕も一発で心が折れたし。

ていうか、僕は断じて胸なんて見ていないけど。

「まあ、私の攻撃的な一言がクラスを敵に回してしまったってことだよ」

彼女は微笑む。

この話題には不釣り合いだ。

「自意識過剰、だってさ。あいつは見られてもいないのに、構われたくて同情されたくて嘘をつくんだ、って」

「………」

「でも実際そうだったかもしれないよね。視線に過敏になって、たくさん人を傷つけただけなのかも。いや、多分そうなんだ。きっとただの思い込みで。きっとただの気のせいだった」

自分に言い聞かせるように、頷く彼女。

「反論の余地はないよ。いや、意味がないよね」

諦めたような。

抵抗するのに疲れたような。

力が抜けてしまったかのような。

ため息のような。

そんな声で。


「視線って目に見えないじゃん」


彼女は、言った。

言葉が出ない。

励ましの言葉も何も出てこない。


僕には見えるよ。


そう言ったところでどうなる?

きっと、どうにもならないし、どうにもできない。


絶望的なまでに悲しい現実。

彼女は我慢して、気付かない振りをするほかないのか。


数秒の沈黙。

それを破ったのは全く知らない声だった。

「長谷川さーん!」

「九頭《くとう》先輩?」

どうやら園芸部の先輩のようだ。

「花の手入れいつもサンキューな。ん?こいつは?」

「同じクラスの緒川くんです。ちょっと手伝ってもらってて」

ふーん、と九頭先輩とやらが興味なさそうに一瞥する。

僕は適当に頭を下げた。

「そっかそっか。で、花の様子はどう?」

中腰になって九頭先輩は花壇を覗き込む。

「あ、大体大丈夫です。でもこれだけが虫に食べられちゃってて―――」

そう言って、花の状態を説明する長谷川さん。

僕は完全に置いてけぼりになってしまったので、何となく九頭先輩の視線を追う。

その先は。

長谷川さんの胸元だった。

露骨に、胸元だった。

上から見たら、服の隙間から少し胸元が見えるのだ。

花壇を見ろよ先輩。

心の中でため息をついて、長谷川さんは大丈夫かと伺う。

彼女は平然と花について語っていた。視線は花の方へちゃんと向いている。

ちゃんと向いていた。

向いていたけれど。

ゆらゆらと挙動不審に動く視線。

何かを気にしているかのように。


当たり前じゃないか。

ここ数年、彼女はずっと視線に晒され続けてきたんだ。

こんな露骨な視線に。

気が付かないわけ、ないじゃないか。


僕は勢いよく立ち上がって、九頭先輩の顔に右手を押し当てた。

両目を隠せるように。

視線を遮断出来るように。


「………!?何するんだよお前!」

当然だがすぐさま引き剥がされる。

「…やめてくださいよ」

「何の話だよ!」

「その不快な視線を長谷川さんに向けるなっつってんだよ!」

僕は叫んだ。

九頭先輩は素っ頓狂な顔をしている。もちろん長谷川さんも。


長谷川さんは僕にこんなことを望んでいない。

そんなこと分かっている。

分かりきっている。

だけど。

視線が見えてて、彼女の置かれている状況を把握しているのに、何もしないのは。


多分、間違ってる。


「視線は確かに見えないけど!だけど、ちゃんと存在してる!向けるべき場所とそうじゃない場所、考えろよ!じゃないと」

彼女のように。

「心に穴が開く人間だって居るんだ!」

視線が刺さる。

細い針のような視線が。

身体を貫通して。

心に小さな穴を開ける。

「穴から大切な何かが抜けるんだよ!」

心がしぼんでいく。

せめて、気付かないように。

大切な何かが抜け出ていることに、どうか気付かないように。


ずっと目をそらしていた彼女。


「しっかり見ろよ!なんでみんな見えないんだよ!自分が誰かを突き刺していることになんで気が付かないんだよ!」


視線はもっと、優しいものであるべきなのに。

きっと、優しいものであるはずなのに。

「………いい加減気づけよ」


そう言って、僕はしゃがみ込んだ。

そして、正気に戻った。

ヤバい。ヤバいよこれ。先輩の視線から禍々しい殺気が。…死亡フラグ。なんで熱くなっちゃったかな僕。馬鹿過ぎる。…もういーや。どうにでもなれ。


目を閉じて、嵐が過ぎるのを待とうとする。九頭先輩は、大きな舌打ちをし、意味わかんねーよ、と捨て台詞だけを残して去っていってくだすった。

なかなか優しいお方だ。

いやー懐が大きい!

生意気言っちゃって、すんませんでしたー!


「意味わかんねーよ」

長谷川さんが僕の目の前に立って言った。

「僕も、自分で何言ってんのか分からなかったよ。文法も意味不明でさ。日本語はなんて難しいんだろう。今後、国語は真面目に勉強するよ」

「その必要がありそうだね。…うん。ホント何言ってんのか分からなかったけどさ」

長谷川さんも、しゃがんだ。

目と目を合わせて。

視線と視線を合わせて。

なんとも優しい声で。


「でも、助けてくれた」


そう言って再び立ち上がり、手を差し出す。僕は少しだけ戸惑ったけれど、彼女の手を握って引っ張り起こしてもらった。しかし、その反動で、僕と彼女の体が近づく。

その瞬間。

息がかかるほどの耳元で。

まるで囁くように。

「お礼に今度、何カップか教えてあげる」

「きょ、興味ないですから!!」

僕はなんてガキなんだ。

長谷川さんはけたけた笑う。


あどけない笑顔。

その顔を見たら、今日の恥ずかしすぎる醜態なんて、どうでもよくなってしまった。



一応、『突き刺さる視線』一段落つきました。

ふう。


気が向いたら、感想書いてくださると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ