突き刺さる視線②
たどり着いたところは、あまり目の届かない場所にある花壇の前。
「私、実は園芸部なの」
そう言って、長谷川さんはしゃがみ込んで花を覗き込む。
「ここなら人も来ないし、私達を見てカップルだと思われることもないでしょう?」
確かに、こんな場所でしゃがみ込んでいたら、例え男女二人きりでいても、花の手入れをしている園芸部員のように見えるかもしれない。
中学生は恋愛沙汰に敏感なのだ。
黒板に相合い傘を書かれ、さして仲が良いわけでもない奴らにヒューヒュー言われるのは、僕も避けたかった。
「うん。いい場所だ」
頷いて、僕もしゃがみ込む。
「「…………」」
何を話せばいいのか分からん。
二人ともいきなり黙り込んでしまった。
ヤバい。これはヤバい。気まずすぎる。話しかけようにも、話が話だけにどう切り出せばいいんだ?巨乳も大変ですなぁ、なんていったらセクハラもいいとこだ。どうする?どうすれば!?
僕がぐるぐるしている間に、彼女は気持ちの整理が出来たらしく、ようやく口を開いた。
「巨乳も大変なの」
「単刀直入過ぎないか!?」
その切り出しは有りなんですか!?
彼女はまた、けたけた笑った。
「小六くらいの頃から明らかに胸が大きくなってね、まぁそれからみんなの注目の的であるわけなのだよ」
花をいじくりながら彼女は続ける。
「同級生ならまだしも大の大人まで。ものすごく不快だった」
好奇の目に晒される。
吐き気がするほど不愉快な視線。
経験したことのない僕でさえ、ぞっとする。
「一番気持ち悪かったのはさ」
そう言って、彼女は僕に近寄る。
あまりにも近いから、不覚にもドキドキしてしまう。静まれー!彼女に悟られるな!
「目を閉じて、四十代くらいのがたいのいい髭生やしたおじさん想像してみてよ」
僕は目を閉じる。
まだ心臓は落ち着かないけれど、頑張って想像してみる。
体育の矢野先生、みたいな感じか?ルックスもそっくりだし、性格ねちねちしてるし。
性格は全くもって関係ないはずだが。
「想像した?」
「うん」
「そいつが君の隣にいます」
矢野が隣。矢野が隣。
自己暗示する。
すると、いきなり肩に手を置かれた。それがゆっくりと首の後ろらへんに移動する。
全神経が触られている場所に集中する。
長谷川さんにやられているので、普通だったら万々歳だが、今僕の隣にいるのはあくまで矢野先生。
全身鳥肌が立つ。
そして突然、首の後ろにあった手が、背中の中心をすぅっとなぞる。
体中に電撃が駆け抜けた。
力が抜けたその瞬間。
息がかかるほどの耳元で。
まるで囁くように。
「イイ体してるね」
「ぎぃやぁああああ!!」
僕は後ろに飛び退いた。
反射的に囁かれた方の耳を押さえる。
長谷川さんに言われたはずなのに、僕の隣にいるのはあくまで矢野先生。
矢野の声がダブって聞こえたよオイ!
長谷川さんは大爆笑だ。
僕も力無く笑う。
「これは、なんていうか。…キツいね」
「そうでしょう」
まだ長谷川さんはひーひー言っている。
「もうホント気持ち悪いのよ。だから私、視線を感じたらそいつを睨んだり、緒川くんに言ったように『やめてくれ』って言ってたんだよ。…初めはね」
「そうなんだ」
やっぱり彼女は抵抗していたのか。
「でも、通用したのは中一の最初まで」
「通用しなくなったの?中一男子の精神がそこまで強いとは思えないけど」
僕も一発で心が折れたし。
ていうか、僕は断じて胸なんて見ていないけど。
「まあ、私の攻撃的な一言がクラスを敵に回してしまったってことだよ」
彼女は微笑む。
この話題には不釣り合いだ。
「自意識過剰、だってさ。あいつは見られてもいないのに、構われたくて同情されたくて嘘をつくんだ、って」
「………」
「でも実際そうだったかもしれないよね。視線に過敏になって、たくさん人を傷つけただけなのかも。いや、多分そうなんだ。きっとただの思い込みで。きっとただの気のせいだった」
自分に言い聞かせるように、頷く彼女。
「反論の余地はないよ。いや、意味がないよね」
諦めたような。
抵抗するのに疲れたような。
力が抜けてしまったかのような。
ため息のような。
そんな声で。
「視線って目に見えないじゃん」
彼女は、言った。
言葉が出ない。
励ましの言葉も何も出てこない。
僕には見えるよ。
そう言ったところでどうなる?
きっと、どうにもならないし、どうにもできない。
絶望的なまでに悲しい現実。
彼女は我慢して、気付かない振りをするほかないのか。
数秒の沈黙。
それを破ったのは全く知らない声だった。
「長谷川さーん!」
「九頭《くとう》先輩?」
どうやら園芸部の先輩のようだ。
「花の手入れいつもサンキューな。ん?こいつは?」
「同じクラスの緒川くんです。ちょっと手伝ってもらってて」
ふーん、と九頭先輩とやらが興味なさそうに一瞥する。
僕は適当に頭を下げた。
「そっかそっか。で、花の様子はどう?」
中腰になって九頭先輩は花壇を覗き込む。
「あ、大体大丈夫です。でもこれだけが虫に食べられちゃってて―――」
そう言って、花の状態を説明する長谷川さん。
僕は完全に置いてけぼりになってしまったので、何となく九頭先輩の視線を追う。
その先は。
長谷川さんの胸元だった。
露骨に、胸元だった。
上から見たら、服の隙間から少し胸元が見えるのだ。
花壇を見ろよ先輩。
心の中でため息をついて、長谷川さんは大丈夫かと伺う。
彼女は平然と花について語っていた。視線は花の方へちゃんと向いている。
ちゃんと向いていた。
向いていたけれど。
ゆらゆらと挙動不審に動く視線。
何かを気にしているかのように。
当たり前じゃないか。
ここ数年、彼女はずっと視線に晒され続けてきたんだ。
こんな露骨な視線に。
気が付かないわけ、ないじゃないか。
僕は勢いよく立ち上がって、九頭先輩の顔に右手を押し当てた。
両目を隠せるように。
視線を遮断出来るように。
「………!?何するんだよお前!」
当然だがすぐさま引き剥がされる。
「…やめてくださいよ」
「何の話だよ!」
「その不快な視線を長谷川さんに向けるなっつってんだよ!」
僕は叫んだ。
九頭先輩は素っ頓狂な顔をしている。もちろん長谷川さんも。
長谷川さんは僕にこんなことを望んでいない。
そんなこと分かっている。
分かりきっている。
だけど。
視線が見えてて、彼女の置かれている状況を把握しているのに、何もしないのは。
多分、間違ってる。
「視線は確かに見えないけど!だけど、ちゃんと存在してる!向けるべき場所とそうじゃない場所、考えろよ!じゃないと」
彼女のように。
「心に穴が開く人間だって居るんだ!」
視線が刺さる。
細い針のような視線が。
身体を貫通して。
心に小さな穴を開ける。
「穴から大切な何かが抜けるんだよ!」
心がしぼんでいく。
せめて、気付かないように。
大切な何かが抜け出ていることに、どうか気付かないように。
ずっと目をそらしていた彼女。
「しっかり見ろよ!なんでみんな見えないんだよ!自分が誰かを突き刺していることになんで気が付かないんだよ!」
視線はもっと、優しいものであるべきなのに。
きっと、優しいものであるはずなのに。
「………いい加減気づけよ」
そう言って、僕はしゃがみ込んだ。
そして、正気に戻った。
ヤバい。ヤバいよこれ。先輩の視線から禍々しい殺気が。…死亡フラグ。なんで熱くなっちゃったかな僕。馬鹿過ぎる。…もういーや。どうにでもなれ。
目を閉じて、嵐が過ぎるのを待とうとする。九頭先輩は、大きな舌打ちをし、意味わかんねーよ、と捨て台詞だけを残して去っていってくだすった。
なかなか優しいお方だ。
いやー懐が大きい!
生意気言っちゃって、すんませんでしたー!
「意味わかんねーよ」
長谷川さんが僕の目の前に立って言った。
「僕も、自分で何言ってんのか分からなかったよ。文法も意味不明でさ。日本語はなんて難しいんだろう。今後、国語は真面目に勉強するよ」
「その必要がありそうだね。…うん。ホント何言ってんのか分からなかったけどさ」
長谷川さんも、しゃがんだ。
目と目を合わせて。
視線と視線を合わせて。
なんとも優しい声で。
「でも、助けてくれた」
そう言って再び立ち上がり、手を差し出す。僕は少しだけ戸惑ったけれど、彼女の手を握って引っ張り起こしてもらった。しかし、その反動で、僕と彼女の体が近づく。
その瞬間。
息がかかるほどの耳元で。
まるで囁くように。
「お礼に今度、何カップか教えてあげる」
「きょ、興味ないですから!!」
僕はなんてガキなんだ。
長谷川さんはけたけた笑う。
あどけない笑顔。
その顔を見たら、今日の恥ずかしすぎる醜態なんて、どうでもよくなってしまった。
一応、『突き刺さる視線』一段落つきました。
ふう。
気が向いたら、感想書いてくださると嬉しいです。




