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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
カエデとアズマの契約結婚

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9/12

9 八森の娘

(こんな場所で何をしでかそうとしているんですか、この人はっ)


 カエデがすずめ食堂へ駆けつけた時、見慣れぬ少女が金色の輪を纏っているのが見えた。

 それが従属の術であることを察したカエデは、中へと飛び込んだ勢いそのままに、少女の首と腕を掴んで床に叩きつける。

 

 どたんっと音が響いて光の輪は霧散し、少女の口からは、けほ、と苦し気な空気が漏れた。

 それから彼女は眉間にしわを寄せてカエデを睨んで来る。


「やだ、なぁに。あなた、ずいぶん乱暴なことをするじゃない」

「そうですね。ですが乱暴な行動を取ろうとしていたあなたが、言える義理ではないですよ」


 カエデは無表情で淡々とそう返す。


「モノノ怪たちの前で、怪域の治安維持を任された篠塚家の当主の前で、従属の術を使おうとは一体どういうおつもりですか」


 従属の術はモノノ怪たちがもっとも忌避し、怒りを覚える術だ。

 モノノ怪が多く住まう黄昏通りでそんな術を使おうものなら、命を奪われてもおかしくない。


 半妖のカエデだって、その術に対して嫌悪感を持っている。

 思わず手に力が入ってしまいそうになるのを堪えていると、アズマがこちらへ近付いて来た。


「ありがとうございます、カエデさん。おかげで助かりました」

「いえ、間に合って良かったです。誰ですか、この人?」

「八森ナデシコさんですよ。どうやら先日ここで暴れていた鬼を探しに来たようで」


 アズマは冷たい眼差しをナデシコへ向けながらそう言った。

 先日の鬼――ロウのことかと、鬼のモノノ怪の顔がカエデの頭に浮かぶ。


 ロウも従属の術がかけられていたが、もしかしてナデシコは日常的にそれを使っているのだろうか。

 表の世の治安維持を任されている八森家の人間がする行動とは到底思えない。


「ちょっと、離してくれない? 痛いじゃない」


 ナデシコは動かせる方の手でカエデの右腕を掴んで、強気な口調で口を尖らせる。


「……アズマさん、どうします?」


 自由にすれば、この子は何をしでかすか分からない。

 この僅かな時間でそれを理解したカエデは、手の力を緩めずにアズマに指示を仰ぐ。


「そうですね……。……ではナデシコさん。術を使わないとお約束してくださったなら解放しますよ。それが出来ないのならば、このまま身柄を拘束します」


 アズマは右手で顎を撫でて少し思案した後、ナデシコにそう選択肢を与えた。

 彼女は怪域で無害なモノノ怪に危害を加えようとした。しかも使おうとしたのは従属の術だ。

 ここでもし「そんなつもりはなかった」と言い訳をしようとしても、さすがにそれは通用しない。


「……分かったわ。使わない、約束するわ」


 ナデシコは不満そうに、しばらく口をへの字にして黙っていたが、カエデがぴくりとも動かないのを見て、諦めたように渋々と同意した。

 カエデはアズマの方を見上げて、念のため確認する。彼が頷いたのでカエデはそっと手を離し、ナデシコから数歩距離を取った。


「ああ、もう。酷い目にあったわ」


 ナデシコはぶつぶつ言いながら、首や手首をさすりつつ体を起こす。そして立ち上がると、着物についた汚れを手で軽く叩いて落していた。


「まったく、躾のなっていないモノノ怪ね」


 それからじろりとこちらを睨んで来る。自分のことを棚に上げての言い様に、カエデは肩をすくめた。

 そうしていると、ナデシコがカエデの頭の犬耳に目を止めた。


「……ん? あら、その耳と尻尾……もしかしてあなた、アズマさんのところの護衛じゃない?」

「ええ、そうです」

「ふぅん……」


 ナデシコは頬に指を当て、じっとカエデを見つめる。値踏みでもされているような視線に、何とも言えない居心地の悪さを覚えた。

 どうせ碌なことではないだろうとカエデが思っていると、


「ねぇ、アズマさん。このわんちゃん、くださらない? 何ならうちの鬼と交換でもいいわ」


 ――不躾に、ナデシコがそんなことを言い出した。


「はい?」

「何ですって?」


 突拍子のない発言に、カエデとアズマが同時にぎょっと目を剥く。


「何を言っているのですか?」

「だって、うちの鬼よりも綺麗だし、毛並みがいいんだもの。躾ければ従順になってくれるかもしれないでしょう? それなら言うことを聞かない鬼よりも、このわんちゃんの方がずっといいわ。うちのお兄様も、篠塚家のわんちゃんが羨ましいと言っていたし」

「……ふざけないでいただきたい」


 すらすらと淀みなく勝手なことを言ってのけるナデシコに、アズマは呆れと怒りを滲ませる。

 どうにもナデシコは、モノノ怪を物扱いするのが当たり前になっているようだ。


(本当に八森のご当主の子……?)


 カエデが知る限りでも八森家の当主は、表の世のモノノ怪から慕われていた。表と裏の会合の際も、様々なモノノ怪たちから感謝の言葉を伝えられていた場面をカエデは見たことがある。

 その当主(ちちおや)に育てられて、どうしてこういう考え方になるのだろうか。


 彼女の母親がそちら側なのか、はたまた周囲の環境がそうなのか。

 そこはカエデの与り知らぬところだが、なかなか危険な状況である。


(下手をすると八森家は、今のご当主から別の人間へ代わったら、治安維持の担当から外されるかもしれませんね……)


 モノノ怪と人が平穏無事に過ごせるように守ること。それが治安維持の役目を任された者たちに与えられた仕事だ。

 そして昔のように争いが起きないように監視し、その兆候があれば止める。

 その大事な仕事に、モノノ怪側の神経を逆なでるようなことをする人物を置くはずがない。


(八森家のご当主もそれは分かっているはずですが……)


 親馬鹿という奴だろうか。

 どの道カエデはそこまで深く八森家のことを知らないので、ただの想像になってしまうけれど。


「あら、ふざけてなんていないわ。そう怒らないでよ。そんなに大事なら、なおさら、お互いの大事なものを交換したら特別感があると思わない?」

「おや、あなたがあの鬼のモノノ怪を大事にしているようには思えませんが」

「躾けようとしたところだったのよ。アズマさんと結婚するために慌てて用意したから、その時間が足りなかったの」

「……まったく意味が分かりませんね」


 言葉は分かるが、前半と後半の台詞がどうしてそう繋がるのか分からない。

 アズマが大きくため息を吐いた。未知の相手と話をしているような気分になっているのかもしれない。彼の声からは疲労が感じられた。


「篠塚家のモノノ怪の従者は、優秀だって有名だもの。だからこちらも同じようにモノノ怪を従えていた方が、釣り合いがとれるでしょう? 結婚する時も、モノノ怪に慕われている者同士だって箔が付くじゃない?」


 ――ああ、道具扱いか。

 なるほどなとカエデは思った。これはもう、本当に八森家の将来は無理かもしれない。彼女の兄は考えが違うことを祈るばかりだ。


「ふざけるな」


 そう思っていると、怒りを堪えた低い声がアズマの口から出た。


「カエデさんは僕の妻です。誰が他人になんてあげるものかっ」


 アズマはカエデの肩を抱いて、ナデシコにそう言い放った。

 えっ、と驚いて、カエデの犬耳と尻尾がピンと立つ。ナデシコも驚いたようでハシバミ色の瞳を丸くしていた。


「えっ、妻? 妻って……」

「籍を入れましてね。彼女と僕は夫婦になりました。ですので交換しろだの欲しいだの、冗談ではありませんよ。それ以前にあなたの物言いは誰に対しても大変失礼です」

「…………」


 ナデシコはポカンと口を開けている。

 カエデも同じ表情になりかけて、何とか堪えた。


「アズマさん、あの……」

「何ですか、奥さん」


 呼びかけると、アズマはにっこりと笑みを浮かべてこちらを見る。

 今まで見たことのない、とろりと甘さを孕んだ笑みだ。


 誰だこれは。

 カエデは一瞬そう思ってしまうくらいには、アズマらしからぬ笑顔だった。

 もちろん優しい微笑みを浮かべることはあるが、こういう雰囲気は初めてだ。


(色んな引き出しがあるんですねぇ)


 交渉で矢面に立つことの多いアズマである。きっと、こういう表情の使い分けも大事なのだろう。

 なるほどなと思っていると「嘘よ!」とナデシコが叫んだ。


「そんな話、聞いたこともないわ。だって、いつ見てもそんな関係には思えなかったもの」

「公私を分けるのは当然でしょう? ああ、君は出来ませんかね。そのご様子だと」

「なっ」


 アズマに挑発され、ナデシコの顔がカッと赤くなる。

 堪忍袋の緒が切れたようで、アズマの嫌味が絶好調だ。こうなるとなかなか止まらない。

 大喧嘩になった場合を想定して、制圧方法を考えておこうと思いながら、カエデは二人のやり取りを見守る。


「人が下手に出ていれば……! こんな失礼な人だったなんて、知らなかったわ!」

「ああ、そこだけは同意しますよ。僕も君がここまで失礼な人だとは思いませんでした。――ここは怪域。ご自分のしでかしたことに、そろそろ目を向けてはいかがです?」

「何――……」


 ナデシコは怪訝そうな顔になって、ややあって、何かに気付いてすずめ食堂の入り口へ目を向ける。そして顔を引き攣らせた。


 そこには怒りを滲ませたモノノ怪たちが集まっていた。


(ま、あんなに派手に術を使おうとしたのだから、こうなるのは当然ですが)


 従属の術を嫌うモノノ怪は、その気配にも敏感だ。特にモノノ怪と人が争う時代を体験しているモノノ怪は、実際にその術をかけられたことも見たこともある。

 近くにいれば、気付くのである。


 ナデシコは自分の旗色が悪いことをようやく理解したようだ。

 青褪める彼女に、アズマは少々溜飲が下がったのか顔に笑みを貼り付けて、


「怪域の外までは、エスコートして差し上げますよ」


 と言った。

 まぁつまり、出て行くまで監視しますよ、ということである。


「……ええ、それじゃあ、お願いしようかしら」


 ナデシコは悔しそうに唇を噛んで、それでも虚勢を張って頷いたのだった。


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