5 (契約)結婚のご挨拶
「カエデ、あなた本当にアズマでいいの?」
屋敷へ戻ったカエデたちが、その足でアズマの祖母ユキメに結婚の挨拶をしたら、ロウと同じ台詞を言われてしまった。
柔らかな緑色の着物を着た白髪の老婦人は、頬に手を当てて心配そうな面持ちでこちらを見てくる。
――あ、これはバレているな。
ユキメの目を見てカエデはそう察した。
篠塚家の前当主であるユキメは、穏やかで優しい人だが、それでもモノノ怪たちが跋扈するこの怪域の治安を長年守って来た人物だ。
洞察力に優れているし勘も良い。
彼女を前にすればカエデたちの企みなんて児戯のようなものだ。
(そう言えば昔、アズマさんが計画した悪戯もあっさりバレましたっけ)
子供の頃の話を思い出しながらカエデは、彼女の問い掛けに「はい」と頷いておく。結婚云々は急遽決まったものだが、アズマとの結婚が嫌かどうかと訊かれれば、カエデは嫌ではないからだ。
恩人を幸せにする――それがカエデのやりたいこと。カエデとの結婚がアズマの幸せに繋がるのならば、むしろ好ましいとさえ思う。
「そう……。ではアズマ。あなた結婚相手がいなくて、当主を他の人に渡したくないから、無理にカエデを嫁にしようとしたのではないわよね?」
ユキメはじっとカエデを見つめた後、今度はアズマの方へ顔を向けてそう訊いた。
物の見事に言い当てられている。
彼女の台詞に、アズマは引き攣りかけた顔を何とか平常のそれに留めて、とんでもないと言わんばかりに大袈裟に首を横に振る。
「もちろん、そんなことはありませんよ、おばあ様。僕は昔から、結婚するならカエデさんが良いと思っていたんですから」
そうしてしれっと嘘を重ねていた。
アズマもユキメにバレていることは察しているだろう。しかし、それでも何とか設定を貫いてこの場を乗り切ろうとする度胸は大したものだ。
カエデがそう感心していたら、
「まぁ、確かに言っていたけれど……」
何故かユキメは否定しなかった。
えっ、とカエデがアズマへ目を向ける。すると彼は分かりやすいくらい目を泳がせてていた。
「アズマさん、そうだったんですか?」
「いえ、あの……ちっ、小さい頃の話ですよ。ええっと、その……そう! 気の迷いでした!」
こそこそと小声で聞いたら、アズマは気恥しそうにそう答えて顔を背けてしまった。
「あら、気の迷いなの?」
小さな声だったがユキメには聞こえたようだ。
アズマの台詞を拾い、そう問いかけてくる。
うっ、とアズマは言葉に詰まって、しばらく唸った後で「……違います」と否定する。その頃には耳まで赤くなっていた。
そうしているとユキメがくすくす笑い出す。
「ふふ、ごめんなさいね。ちょっと意地悪をしてしまったわ」
「おばあ様……勘弁してください」
アズマは口を尖らせて抗議をする。
しかし呆れ顔のユキメに、
「あらあら、そんなことを言って。あなたたちが私に嘘を吐くからよ?」
と返されてしまった。どうやら最初から全部筒抜けのようである。
するとアズマも、これ以上は無理だと思ったようで、はぁ、とため息を吐いて項垂れる。そして恨みがましい眼差しで自分の祖母を見上げた。
しかしユキメは気にした風でもなく、ころころと楽しそうに笑っている。
「でも、お互いが納得しているようならいいわ。私はこれ以上は何も言いません。二人の仲が良いのは、見ていて分かりますからね」
「それでは……」
「ええ。あなたたちの結婚を認めます」
ユキメの言葉にカエデとアズマはほっと胸を撫でおろした。
さすがにここで反対されたらどうしようかと思っていたところだ。カエデがアズマを見ると、彼は心底疲れた顔をしていた。
彼にとってユキメは敬愛する祖母だが、篠塚家の前当主ということで緊張感を抱く相手でもあるのだ。
「それにしても、アズマ。あなた、焦りが態度に出ているわよ。もう少し気を付けなさいね。でないと、相手から付け込まれてしまいます」
「……肝に銘じます」
アズマの表情は複雑だ。きっと面白くないのだろう。
そんなアズマを見て、カエデは小さく笑った。
普段はすまし顔が多いアズマだが、身内の前ではこうして喜怒哀楽を素直に態度に出るのだ。
――ということをカエデが知ったのは、カエデが今から七年前の、十五歳の時。
カエデがアズマの従者として仕事に同行するようになった頃だ。
アズマとユキメが表と裏の会合に出席するとのことで、カエデもついて行ったのだが、その時アズマは何を言われても始終笑顔を崩さなかった。
普段言われたら即座に怒る言葉も、さらっと流していたのである。
あれは衝撃だった。アズマにこれが出来るのかと、大変失礼な感想まで心の中で呟いたものだ。
カエデはあまりにも驚いたものだから、会合の後でユキメにこっそり訊いたところ「意外と他人に心を許さないのよ、あの子」と教えてもらった。
そうなのか……と会合の時のことを思い出してカエデは納得したが、そこでふと、あることに気が付いた。
「私は感情表現が豊かなアズマさんしか見たことがないのでは?」
どうやらカエデは最初から、アズマに身内認定されていたらしい。
びっくりして、カエデはアズマのところへ走って行って、
「私たちは仲良しだったのですか⁉」
と言ってしまった。
そして彼から胡乱な目を向けられた。
(あれは嬉しかったですねぇ……)
両親を亡くしたカエデにとって、自分を救ってくれた篠塚家の二人は恩人だ。
特にアズマは、泣いているカエデの傍にずっと寄り添ってくれた人だ。恩人で、大事な人である。
そんな相手から身内だと思ってもらえていたのは、何よりも幸せなことだった。
そういうカエデがもらった幸せや嬉しい気持ちの恩返しに、アズマには誰よりも幸せになってもらいたい。カエデが願うのはそれだけだ。
この契約結婚もそのためのひとつ。
いつかアズマに本当に好きな人が出来るまで、妻役を立派に果たさなければ。
そしてそういう人が現れたら、その時は自分はサッと離婚して……。
「カエデ、おかしな心配はしなくて大丈夫ですよ。ちゃんと二人が一緒に入るお墓を用意しておきますからね」
「へ?」
カエデがそんなことを考えていたら、笑みを深めたユキメからそう言われてしまった。
おかしな心配とは何だろうかとカエデは首を傾げる。だって自分は、ただ離婚について考えていただけなのだが。
「私、何か独り言を呟いていましたか?」
「いいえ。何となく伝わってきただけよ。いい? 大丈夫よ、ちゃんと最後まで一緒にいてくださいね?」
「はい! それはもちろん!」
これは例え離婚しても従者を続けて良いという、ありがたいお話だろう。
カエデはパッと笑顔を輝かせ、何度も頷きながら、尻尾をぱたぱたと振る。
それを見てユキメは何とも言えない表情になり、アズマの方へ顔を向けた。
「……アズマ。あなた、カエデにちゃんとプロポーズをしたの?」
「そ、それはもちろん……」
「嘘は分かるわよ?」
「…………契約結婚のようなもの、と伝えました」
「あなた……」
「で、ですが別に嘘ではありませんよっ」
「仕方のない子ねぇ……」
ユキメが手で目を覆って、ため息を吐いたのだった。




