22 欺き
爆発音を聞いてロウが駆け付けた時には、その場には誰もいなかった。
ただ、白い煙が僅かに立ち上っているだけで、誰の姿もない。服の切れ端すらも落ちていなかった。
「…………焦げた匂い」
ロウは片膝をついてしゃがむと、地面に残った痕へ指を這わせる。
焦げた匂いのするそこからは、妖力と霊力、二種類のそれが感じられた。
(霊力……?)
ロウは眉を潜める。
妖力については分かる。地面の抉れ具合や、焼け焦げた植物を見れば、雷の扱いに長けたモノノ怪が何かしたのだろう。
しかし霊力とはどういうことだ。
(カエデは術が不得意だし、アズマは……どうかな)
篠塚家の新しい当主は派手なことは好きそうだが、あれで意外と、周りのことを考える性格だ。
山の木々が燃えるような術は、やむを得ない状況以外では使わないように思える。
そうなると残るのは、あの二人に同行している人間――八森カサイだ。
「ロウさーん! 待ってくださいよー!」
「兄貴ー! 速いっすよー!」
考えていると、後ろの方からトコとマツバの声と足音が聞こえた。
先ほどの一件で妙に懐かれてしまっており、マツバに至っては兄貴呼びだ。さすがに単純過ぎるのではないかと若干心配しつつ、ロウは「おう、遅かったな」と返す。
「うわ、何すかこれ」
「鵺と、お前たちのボスがやったんじゃねぇか」
「カサイ様かぁ」
トコは、うーん、と首を傾げる。
「そんなに本気でやり合いますかねぇ、あの二人……」
「うちの大将たちを巻き込んだってセンはあるけどな」
そう言ってロウは立ち上がり、二人の方へ振り返った。
先ほどと同じく見下ろす形にはなったが、今の二人は怯えるような様子はない。
年齢から考えると、もう少し幼い者が浮かべる――いわゆるキラキラした瞳で見上げられ、ロウはひくっ、と頬を引き攣らせた。
(もう少し警戒心を持ってくれねぇかなっ)
別にロウだってこの二人に何かするつもりはないが、つい先ほどまで関係性は悪かったのだ。
それなのに、こうも好かれるのはどうにも居たたまれない。
ぐぬ、とロウは小さく呻いて、それを咳払いで誤魔化してから、
「それで今回の件はカサイと鵺が仕組んだことってのは、本当なんだな?」
と確認するように訊いた。
トコとマツバは同時にこくりと頷く。
「そうです。奥様を止めるために計画なさったんです。ナデシコ様が従属の術を掛けようとしたのは、想定外でしたけど」
「あれも奥様の指示だろ? 最近の奥様、輪を掛けてすごいからなぁ……」
「ふーむ……」
八森の奥様こと八森ミノリ。
ロウは面識はないが、噂はちらっと聞いたことがある。
「その奥様ってのは、確か体が弱くてあまり外へ出たがらないんだろ?」
「それは……」
「えっと……」
するとトコとマツバが顔を見合わせた。言おうか言うまいか迷っているようなその態度に、ロウは手で顎を撫でる。
(こっちも事情ありか)
しかも先ほどと違って、本当に言い辛い話のようだ。
ロウは少し考えて、顎を撫でていた手で口を覆い、わざとらしく嘆き始める。
「そうか……いや、悪い。こんな出会ったばかりの鬼にほいほい話せたりはしねぇよな……」
「え、あ、兄貴?」
「聞かなかったことにしてくれ。兄貴だ何だって呼ばれて、ちょいと調子に乗っちまったぜ、へへ……」
「――――っ」
とたんにトコとマツバがバッとロウに駆け寄って、焦った様子で首を横に振る。
「ち、違います! 違いますよ、泣かないでくださいロウさん!」
「そうっす! 俺たちも、その、断言出来ないことがあるから、歯切れ悪くなっちまって……すみませんっす! 実は……」
どうやら話してくれるようだ。
二人が単純で素直そうだったので、ちょっと演技をしたら引っ掛かってくれるのではと思ったが、想像以上にすんなり成功した。
悲しむフリをしたロウは、手で隠した口でにんまりと弧を描く。
この場にもしもアズマがいたら「うわぁ……」と顔をしかめてドン引きされていたことだろう。
「実は……その、奥様は人間ではないんじゃないかって、噂があるんすよ」
* * *
「先ほどは大変失礼いたしました」
「まったくですよ。カエデさんが避けてくれなかったら、僕たちは炭ですよ、炭。冗談じゃない」
一方その頃、カエデたちは先ほどの廃屋の中にいた。
外から見た様子はボロ屋だったそこだが、特定の部屋へ入ったとたんに、掃除の行き届いた綺麗な和室が現れた。
カサイ曰くマヨヒガというモノノ怪の力を借りて、特定の手段を用いないと入れないこの隠れ家を作っているのだとか。
ちなみにそのモノノ怪は、カエデにも面識があった。
怪域に住んでいる好々爺だ。ここしばらく妙に羽振りが良く「あるばいと、とやらを始めたんじゃ」と笑っていたのをカエデは思い出した。
しかも、どうやって契約したのか携帯電話まで持っていたものだから、一体どこで何をやっているのかと思っていたが、これだったらしい。
(あのご老人……)
帰ったら愚痴の一つでも聞いてもらおうか。そんなことを考えながら、カエデは向かい側に座る二人を眺める。
八森カサイと、鵺のツバキだ。ツバキは先ほどと同じ猿のお面をかぶった女性の姿のままだ。
「せやけど、よう気ぃ付いたねぇ」
「ギリギリでしたけどね。以前にお会いした時と同じ着物だったので」
「以前?」
「ナデシコさんをお迎えに着た猫又。あれ、ツバキさんでしょう?」
カエデが訊くと、ツバキは「あらまぁ」と少し驚いたような声を出す。
「きちんと見てるねぇ。ええ子ぉや。せや、こっそり潜入しとったんや」
何だか子供扱いをされているなぁとカエデは思った。
まぁ、モノノ怪は人間と比べて長い時間を生きているため、そういう目線になるのは当たり前ではあるのだが。
「同じ着物……でしたっけ?」
「アズマさんも見ているでしょうに」
「いやぁ、色は覚えていますが柄まではそんなに……」
「私の服装はいつも覚えているでしょう」
「カエデさんだからですけど?」
カエデが怪訝に思っていると、アズマから何を言っているのだと言う顔をされてしまった。これは自分がおかしいのだろうか。
「ほんま仲良しさんやなぁ。カサイはん、嫉妬したらあかんで」
「いやぁ、自信がないですねぇ」
するとツバキとカサイはそんなことを言っている。軽い言い方なので冗談なのは分かるが、アズマが嫌そうな目をカサイへ向けていた。
「それで先ほどの攻撃は、目を逸らさせるためと仰いましたが」
「ええ、そうです。私と一緒に来た者たちの中に母の手の者が紛れていましてね。そいつの目が届かない場所で、しっかりとご相談がしたかったのですよ。カエデさんのおかげで別行動出来て助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。目的はそれこそ別でしたが、まぁ……ええ、そこだけは良かったです」
カエデは緩く笑ってそう返したが、やや険のある声になってしまった。護衛対象であるアズマを危険な目に合わせた二人に対して、思うところがあるのだ。
それに感謝こそされたが、元々はカサイの首の裏に仕掛けられた術を確認するのが目的だった。だから今の状況になったのは想定外だ。
「というか話を戻して申し訳ありませんが、当たったらどうするおつもりだったんですか」
「死なない程度に威力は調整しておりますから」
『あれで?』
カエデとアズマは同時にツッコミを入れる。
カサイとツバキが同時に放った雷は、途中で混ざり合っていたために、なかなかの威力となっていた。
死なない程度にと言っていたが、どこまでが本当か分からないものだ。あの攻撃で出来た地面の抉れ具合を思い出しながら、カエデは半眼になる。
カエデたちならば避けるだろうと信用していたからとも受け取れるが、護衛役としては護衛対象を危険な目に合わされて、さすがに不快である。
そう思ったら尻尾がぴんと立ってしまった。
「嫌われてしまいましたねぇ」
「当たり前やろうが」
残念そうに肩をすくめるカサイに、ツバキはそう窘める。
先ほどから思ったが、二人共だいぶ気安いやり取りだ。彼らと一緒にいた者たちはもう少し畏まった雰囲気だったので、付き合いの深さが伺えた。
「カエデさん、あとでお団子買ってあげますから、とりあえず話だけは聞きましょう」
「五本でお願いします」
「どれだけ食べる気なんです? いいですけどね」
アズマは軽くため息を吐いて、カサイの方へ顔を向ける。
「それでは今度こそ、本当の事情とやらをお伺いしましょうか?」
「はい」
カサイは頷くと、そこで一度言葉を区切り、すうと息を吸ってから、
「母は――正確には、母と名乗っている者はモノノ怪なのです」
と言った。




