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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
騒動の正体

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21/28

21 鵺

「見つかりませんね」


 鼻をくん、と動かして、周囲の匂いを嗅ぎ分けながら、カエデたちは山中を進む。

 しかし山の匂いや、捜索に参加した者たち以外の匂いはなかなか見つからない。


(獣の匂いも感じませんね……)


 心の中で呟いて、カエデは指で鼻の下を軽くこする。

 山の中を歩き出して気が付いたが、鳥や獣の匂いがしないのだ。耳を動かして周囲の音も確認したがそれもない。

 虫の羽音や、風が木々や植物を揺らす音は聞こえるが、それ以外は静かだ。


(さて、何が起きているのか)


 単純に考えれば、山に逃げ込んだ鵺が暴れて、それを恐れて姿を消したというのが最も可能性が高い。

 しかしカサイから聞いた話を加味すると、疑問点が浮かぶ。


 鵺は八森家の従属の術に抵抗して怪我を負い、ここへ逃げ込んだ。

 怒りで我を忘れているならともかく、そうではないなら消耗した体力を回復するために、無暗に暴れ回ることはしないはずだ。


(もしも暴れていたとしたら、もっと音が聞こえるはず)


 木々をなぎ倒す音や、あちこちに体をぶつける音。雷の扱いが得意な鵺ならば、そういう音だってしてもおかしくはない。

 けれども山は静かだ。静か過ぎるため何か起きているのは確かだが、乱暴な事態というわけでもなさそうだ。


(それに……)


 カエデは自分の後ろを歩くカサイに軽く意識を向ける。


 母親から従属の術の亜種を掛けられていたらしい彼は、アズマによってそれが解かれた今は、とてもすっきりとした表情になっている。

 従属の術を掛けられたカエデも、その気持ちはよく分かる。あれはただただ苦痛で、子供の頃のカエデは掛けられたとたんに、その場から動けなかったくらいだ。


 そのカサイだが、先ほどの言葉にカエデは少し引っ掛かりを覚えていた。


(母親に唆されたナデシコさんが鵺を――という辺りに繋がるのではとは思ったけれど、この人は知られてはまずいことについてはっきりと言及しませんでした)


 会話の流れで上手く誤魔化された気もする。

 とりあえず注意しなければと思っていると、ガサリ、と遠くの茂みが揺れて、カエデは足を止める。


「カエデさん? どうしました?」


 一番後ろからアズマが顔を出す。

 カエデは顔は前へ向けたまま「あそこの茂みが動いたので」と答えたタイミングで、そこからぴょんと白兎が飛び出した。

 兎は、ぴょんぴょん跳ねてこちらへと近付いて来る。


「兎ですか、この山にもまだいたんですね。もう皆いなくなったかと……」


 カサイが懐かしそうに言って、一歩前へ出ようとする。

 しかしカエデは右手を広げてそれを制した。


「カエデさん?」

「ただの獣の匂いがしませんので」


 それだけ言うと自分が一歩前へ出る。すると兎は動きを止め、ひくひくと鼻を動かしてカエデを見上げてきた。

 やや潤んだ円らな眼。この瞳で真っ直ぐに見つめられれば、うっかり絆されてしまうかもしれない。

 そんな庇護欲を醸し出す兎をカエデがじっと見下ろしていると、かわいらしさ(・・・・・・)が通用しないと察したらしい兎は、獣らしからぬ仕草でため息を吐いた。


「いややわぁ……そないに怖い顔をせんといてんか。こないかいらしぃ兎ちゃんに向けたらあらしまへんで」


 小さな口から飛び出したのは艶のある女性の声だ。

 兎は後ろ足で立ち上がると、右の前足で涙を拭うフリ(・・)をする。


「急に兎らしさが消えた……」


 残念そうにアズマは呟く。アズマは見た目は胡散臭いが、とても動物好きなのだ。なのでかわいらしい兎が出てきたと思ったら、どう考えても普通の動物じゃないことに少々がっかりしているようだった。

 カエデは苦笑しつつ、


「それは失礼しました。ですが、あなたは兎ではないでしょう? そういうモノノ怪でもなさそうだ」


 と返す。

 カエデのように獣の姿を持つモノノ怪や半妖は、匂いもそれらしくなるのだ。

 しかし目の前の兎からはほぼ(・・)それがない。多少は交ざっているが、とても薄い匂いだった。


「あなたが鵺ですか?」


 カエデが問いかけると、兎は面白そうに目を細め、にんまりと笑った。


「ま、そら分かるよなぁ。八森の息子はんと一緒なら、うちのことも知っておいやすわなぁ」


 そう言うと、兎の体に変化が現れ始めた。

 手のひらに乗るくらいの大きさの光の泡が兎の体の周りに集まり、カッと光を放ったかと思うと、目の前には猿のお面を被った女性が立っていた。椿の花柄の着物が美しい。


(……うん?)


 その姿を見て、カエデは既視感を覚えた。

 どこで見ただろうかと考えていると、


「お話するんやったら、こっちの方がええやろ」


 鵺はころころと笑う。


(こっちの方がいいと言っても、顔を見せるつもりはないですか)


 仮面の下の表情は見えない。

 声だけは明るいが、実際にどんな表情をしているのか、カエデたちからは分からない。分かるのは、警戒されているのだろうということだけだ。


「そっちのは篠塚の息子はんと、そこの護衛の子やろ? 初めまして、うちはツバキ。よろしゅうお願いします」

「これはご丁寧に。篠塚アズマです」

「カエ……篠塚カエデです。初めまして」


 アズマに続いて、いつも通りに名乗ろうとして――結婚したんだよなと考えて、カエデはそう挨拶をした。するとアズマが、ぱっと顔を上げた。

 それを見てツバキがお面の口を手で押え「あらまあ」と楽しそうな声を出す。


「こっちもこっちでかいらしぃわぁ。もしかして新婚はん?」

「あ、ええ、はい……つい先日……」

「そうですとも、新婚さんです」


 指で頬をかきながら照れるアズマと、胸に手を当てて堂々と答えるカエデ。二人の行動を見て、カサイは「おやおや」と笑い、ツバキは「ええねぇ」と呟く。


「ほんなら、八森はんに関わるのはやめたほうがええ」


 先ほどまでの柔らかい雰囲気とは一変して、冷めた声で彼女は言った。

 カエデはカサイを一瞥する。彼の表情は変わらず、柔らかなそれだ。言われ慣れているのか、それとも上手く隠しているのか――考えながらカエデは、もう一度ツバキの方を見る。


「従属の術以外の理由があるのでしょうか?」

「素直な子ぉやね。いや、度胸があると言うた方がええか……。本人の目の前でよう訊くことが出来るなぁ。アズマはん、ええの?」

「状況が状況なので、忖度しても仕方ありませんからね」


 アズマもにこっと笑って答えると、ツバキは肩を震わせて笑い出す。


「んはは。ええね。シンプルなんはうちも好きや。……うちはな、八森はんところの子に従属の術を掛けられそうになった。そやけど、何とか逃げることが出来たんや。ここまでは知ってるか?」

「はい。聞きました」

「うん」


 ツバキは頷くと、右手を持ち上げ、人差し指を天に向かって立てた。すると指先にばちばちと光――雷だろう――が集まり始めた。


「これ、ばちばちってなぁ」

「あらま、痛そうですねぇ」

「そうそう。そやさかい、気ぃ付けてな?」


 カエデはアズマやカサイに攻撃が当たらないように、すっと立ち位置を調整する。 

 ツバキにもそれが見えただろうけれど、彼女は気にすることなく、そのままの状態で言葉を継ぐ。


「何でうちにそんないなことをしたと思う?」


 ――ああ、そうだ。

 そこの情報が足りていなかったと、カエデは気付いた。


 こんなことがあった、だからこうした。出た情報のほとんどは行動に対しての結果だけだ。

 肝心の理由の部分が未だ不明瞭な点が多い。


『母がナデシコを唆して鵺に従属の術を掛け、そして抵抗され、失敗した。――鵺はそのことに怒り狂って暴れたのです』


 先ほどカサイはその述べたが、唆した理由は語っていない。

 カサイを見るが、顔色一つ変わっていない。

 アズマもカエデと同じようにカサイを見ていると、彼はややあって口を開いた。


「怪域をナデシコにあげたいからですよ」

「はい?」

「何ですって?」


 カエデとアズマは揃って怪訝な顔になった。


「怪域は誰の所有物でもありませんよ。何を言っているんですか」

「ええ、その通りです。その通りなんです。けれども母は、それを理解していない。篠塚家が怪域を支配していると考えているのですよ」


 両腕を軽く開いて、カサイは肩をすくめる。その表情には諦めと呆れ、そして嫌悪感が浮かんでいた。

 アズマは渋面になり、指でサングラスを押し上げる。


「……うちが怪域を支配だって? あり得ませんね。何をどう受け取ったら、そういう話になるんです」

「そうやな。うちもそう思うで。そやけど、それを本気で信じてるんや。ほんまに迷惑な話やな」

「言い訳のしようもありません」


 カサイは神妙な表情でそう言うが――カエデは指で顎を軽く撫でて眉根を寄せる。

 ずいぶん突拍子のない話だが、被害者の立場であるツバキが言うならば、多少は信ぴょう性があるかもしれない。


(だけど……)


 何故か、嫌な予感がする。

 獣の特性を持つモノノ怪は勘が鋭くなる。それは半妖のカエデも同じだ。妙な違和感と予感に、首の後ろがぞわぞわする。思わず手でそこをさすっていると、


「うーん、なるほどね……。あ、カエデさん、ちょっといいですか?」


 アズマから呼ばれた。カエデは頷くと、ツバキの方を向いたまま、アズマの方へ後ろ歩きで近寄る。


「はーい。どうしました?」

「警戒していて」


 短くそう囁かれた。お、と思いつつカエデは僅かに頷く。


「本当に迷惑なお話ですよねぇ。でも、ねぇツバキさん」

「なんえ?」

「君、カサイさんのお母様と面識があるのですね? 確か、八森の奥様はあまり外へ出たがらないと聞いたことがあるのですが……」

あまり(・・・)どすえ。たまでやあらしまへん」


 着物の袖をお面の口の辺りまで持って行き、くすくすとツバキは笑う。

 彼女の名前と同じ、椿柄の着物。


(――あ)


 その時、カエデの頭の中で既視感の正体が浮かび上がった。

 カエデはあの着物と同じものを、つい先日見たことがある。


(あの猫又と同じ……!)


 ハッと理解した瞬間。

 突然カサイとツバキが、同時にカエデたちに向かって雷の術を放ち。


 ――次の瞬間、爆発が起きた。

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