18 八森家からの電話
「と言うことで、本日からロウに、うちで働いてもらうことになりました」
「よろしくな!」
会合の翌日。
何が「と言うことで」なのかはさっぱりだが、そういうことになったらしい。よほど気が合ったのだろう。
カエデはぱちぱちと拍手をしながら、
(護衛役が増えるのはありがたいですねぇ)
とも思った。
篠塚家の護衛役は今はカエデ一人だ。昔は何人かいたらしいが、結婚をしたり、家業を継ぐために辞めたりあって、カエデが来るまではしばらく護衛を任せられる者がいなかったらしい。
表の世と比べて怪域は色々と物騒な部分がある。様々な特性、能力を持ったモノノ怪たちが跋扈する世界だ。いくら法律があると言っても、人間が勝手に決めた奴だろうと、聞く耳を持たない者もいるのである。
治安維持という仕事上、そういうモノノ怪と接する機会も多いため、護衛役が必要なのだ。
(一線を越えればそのまま退治もしますから)
これはカエデだけではなく、アズマもユキメも、表側の会合参加者もそうだ。
法律で決まっているから――ではなくて、これに関してはモノノ怪側の常識なのである。
悪さをして、それが度を越えれば、命を落としても仕方がない。すべて自己責任だ。
そして、そうなった場合に相手を恨むことはない。
基本的にモノノ怪というものは、ある意味でシンプルなのだ。
良いのか悪いのかカエデには正直よく分からないが、そうやって後腐れなくやっている。
「ロウさんはお強かったので、安心しておまかせ出来ますね」
「はっはっはっ。そうだろう、そうだろう。今の万全な状態でお前とやり合ったら、今度は負けねぇぞ」
「おや、言いましたね。やりますか」
「おう、やろうぜ。リベンジしてやる」
「待て。待ちなさい、こら、そこの戦闘狂共。ダメですからね?」
うっかり血が騒いで手合わせしようとしたら、呆れ顔のアズマに止められてしまった。
* * *
その日の午後、カエデが洗濯物を畳んでいると、家の電話が鳴った。
篠塚家の電話は、今では珍しい回転式のダイヤル電話だ。
ちなみにただの電話ではない。怪域と表の世を繋ぐことができる画期的な発明品である。
霊力や妖力を込めながらダイヤルを回すことで、それらが糸のように紡がれて、向こうの世に繋がるのだ。
だからこその、この形状だ。
ただ形のせいで、表の世のリサイクルショップでは、たまに普通のダイヤル式電話に混ざっていることがある。そして買った者が遊びでダイヤルを回したら怪域に繋がってしまった――なんてことも起きているのだとか。
カエデは面白そうなことが起きているなと思ったものだが、表の世では怪談話になっていると聞いた時には一驚したが。
「はい、篠塚です」
受話器を取って言えば、
『こんにちは、八森です』
と返ってきた。この繊細そうな柔らかい声は八森カサイだ。
どうも最近妙に縁がある。
「こんにちは。どうなさいましたか?」
『実は折り入ってお願いがありまして……アズマさんか、ユキメさんはご在宅でしょうか?』
「はい、大丈夫ですよ。少々お待ちください」
カエデはそう言うと、音を立てないように受話器を置いて、アズマを呼びに行く。
先ほど自室に戻って行ったのを見たので、そこにいるだろう。
廊下を進み、途中にある襖の前で立ち止まる。
「アズマさん、いらっしゃいますか?」
「ええ、どうぞ」
「失礼します」
声を掛けて、そっと襖を開ける。
部屋でアズマは机に向かい、書き物をしているようだった。
カエデが中へ入ると、アズマは手を止めてこちらへと体を向ける。
「どうしました?」
「八森カサイさんからお電話です。アズマさんかユキメさん宛てで、折り入ってお願いがあるとのことで」
「お願い……。分かりました、代わりますね」
「よろしくお願いします」
アズマは一瞬思案するような顔をしたが、頷いて立ち上がる。
「妙なお願いでないといいのですけれど」
部屋を出て歩く彼から零れたごくごく小さな呟きを、カエデの耳は拾った。
* * *
カサイとの電話を終えたアズマは、洗濯物畳みを再開したカエデの元へやって来た。
「モノノ怪退治の協力要請でした」
眉根を寄せた彼の顔を見て、これは何か気がかりなことがあるなとカエデは察した。
「モノノ怪退治ですか?」
「ええ。八森家の管轄で暴れているモノノ怪がいるそうです。八森のご当主が入院しているのと、妹さんを監視しなければならないのとで人手が足りず、手伝ってもらえないかということですが……」
アズマはそこで一度言葉を区切り、眉間のしわを深めて腕を組む。
「僕たちに助力を請うというのがね」
そこに引っ掛かりを覚えたとアズマは言う。
(それは確かにそう)
今までにも表の世側の者たちから、何度か仕事を手伝ってほしいと頼まれたことはある。
その大体は、表の世側の全体が多忙で人手が足りない時だ。頼める相手がいない時に、篠塚家へ連絡が来るのである。
これは篠塚家が他の家と上手くやれていない――ではなく、単純に表の世側の方が人員が豊富で、怪域側は篠塚家しかいないからだ。
人手不足はこちらもそう。
しかし、その辺りは怪域に住む者にも協力してもらっているため、上手く回っている。篠塚家の代々当主の努力の賜物だ。
そんな事情で、現地の協力で何とかなっている篠塚家に手伝いを頼むのは、最後の手段との認識が表の世の関係者にはある。
「術の関係で大変だったようですが、そこまで忙しい状況ではなさそうでしたよね」
「そうなんですよ。一応ね、表側の協力は得られなかったのか確認したのですが……僕たちなら信頼出来るからお願いしやすくて、と」
「……そこまで親しくないですよね」
「……そうなんですよ。むしろ気まずいのでは」
アズマは神妙な顔で頷いた。
ナデシコによって引き起こされた騒動の件だ。表の世でもそれで大事になっていたのだから、当事者である篠塚家に頼りたいという気持ちなるというのは、どうにも違和感がある。
(その類の感情に鈍い人……ではなさそうだしな)
どちらかと言えば聡いようにも見える。
カサイは会合の時も、参加者の顔をよく観察していた。そうやって相手の心の動きを読みながら、言葉を選んで話をしていたのだ。
それを出来る人間が、相手の感情に無頓着な行動を取るはずがない。
「受けるんですか?」
「ええ、明日の早朝に向かいます。困った時は協力し合うのが、我々の決めごとですからね。……まぁ本音を言えば、断る良い理由が思いつかなかっただけですけれど」
「あ、断るおつもりでいたと」
「そりゃあね。何か妙な話を聞きますし」
アズマはそう言うと、カエデの方へ一歩近づいた。
そしてカエデの髪飾りに指先でそっと触れる。日差しを受けて、光の欠片が瞬くように藤の花を模した細工がキラキラと揺れる。
「……白い犬が欲しいって奴ですよ」
「あー、あれですか」
「そうですとも。すごく不快。カエデさん本人を指していなかったとしてもね」
アズマは口をへの字に曲げた。子供の頃に、不満があるとたまにしていた表情だ。
大人になったらほとんど見ることがなくなったので、たぶんこれはわざとだろう。
(懐かしいものを見ました)
思わずカエデは、んふふ、と笑う。
「ちょっと。笑っている場合じゃないんですが?」
「失礼しました。ちょっと昔を思い出しまして。まぁ、欲しいと言われても、アズマさんたちがいらないと言わない限りは、どこへも行きませんよ」
「言いませんよ、そんなの。絶対に」
「そうですか」
「……だから、どうして先ほどよりも笑顔になるんです」
「そりゃあ嬉しいからですよ。それに……」
カエデは晴れやかに笑うと、自信満々に胸を叩く。
「私はアズマさんの奥さんですからね。ですのでそもそも、アズマさん以外に興味がありませんのでご安心を」
「んぐっ」
堂々と言い切ったところ、アズマは蛙が潰れたような声を出して狼狽えた。
それから忙しなく視線を彷徨わせながら、
「……そうですか」
と、安心した様子で呟く。見れば口角が上がっていて、口がもにょもにょと動いている。機嫌が直ったようで何よりである。
(警戒し過ぎ……でしょうかね。私も)
ちりちりと嫌な勘が働いているからかもしれない。
もっとも護衛役としては、そのくらいの方が良いかもしれないと思いながら、カエデはアズマを眺めていたのだった。




