15 報せと贈り物
あれから三日後、篠塚家に一通の手紙が届いた。
表と裏の会合が、明後日開かれることになったという連絡だ。
「急ですね。何か厄介な話なんでしょうか」
会合は二ヶ月に一度行われているが、その間に何か起きた場合に、こうやって連絡が来るのだ。
だから、どんなことが起きたのだろうかと思いながら、カエデはアズマに訊くと、
「表の世で、モノノ怪たちが騒動を起こしたらしいですよ」
「騒動? 珍しいですね」
「ええ。まぁ、引き金となったのは従属の術らしいですが」
「まさか……」
カエデの頭に八森ナデシコの顔が浮かぶ。
思わず眉根を寄せると、考えが伝ったのだろう。アズマが「ええ、八森ナデシコさんの件です」と頷いた。
「ロウに術を掛けた話が、どこからか漏れたみたいですね。事件の詳細を確認するために、ロウを連れて来て欲しいと手紙に書いてあります」
「それは……あちらでだいぶ大変だったんでしょうねぇ」
ナデシコがすずめ食堂で従属の術を使おうとした時、未然に防ぐことは出来たけれど、そのことを察知したモノノ怪たちがいた。
あの時、彼らは殺気立っていた。
アズマが彼らに説明をして、どう対応したかを伝えたおかげで、矛を収めてくれたものの、実際に術が使われていたらもっと大事になっていたはずだ。
だから実際に術が使われたと知ったモノノ怪たちは、それはもう怒っただろう。
想像して胃が痛くなる。怪域でそんな騒動が起きたら、その混乱を収拾するのはカエデたちの役目だ。
戦うのは好きだし別の良いが、倒して終わりとはならないので、後処理の膨大さを想像するだけで嫌な汗が流れる。
こちらでなくて良かったと思ってしまうくらいには厄介な話である。
(アズマさんがいてくれて良かった……)
同時にそうも思う。
アズマはこういう事態の対応が上手い。ユキメもそうだったので、彼女から学んだのだろう。そして大事な時に実践が出来ている。
カエデの主はさすがである。
「……ちょっと。突然にやにやして何なんです」
アズマから訝しんだ目を向けられてしまった。
はっとして頬に手を当ててみる。無意識に口角が上がってしまっていたようだ。
「失礼しました。うちの主のすごさを噛みしめておりました」
「まぁ、僕はすごいのは確かですがね。話の繋がりはまったく分かりませんが」
なんてアズマは言うものの、誉めたせいか少しにやっとしかけていた。
「まぁ、そういうことなので、明後日よろしくお願いします」
「分かりました」
「あー、えーっと。あの……それと……」
話は終わりかと思っていたら、アズマがもう片方の手に持っていた紙袋を持ち上げた。
袋には虹ノ小間物店と印字されている。
(あ、指輪が出来たのかな)
聞いていた納品日よりも早いなと思いながらカエデが見ていると、中から現れたのはまったく違うものだった。
藤の花を模した美しい髪飾りだ。
動くと花弁がしゃら、と小さく煌めきながら揺れる。
「これを……良ければ、会合の時につけていただけたらと」
アズマは手のひらの上に髪飾りを乗せて、カエデの方へ差し出しながら、面映ゆそうにそう言った。視線をずらし、それでもちらちらと、カエデの反応を伺っている。
驚いて、カエデはアズマと髪飾りを交互に見た。
(これは仕事で必要なもの……ではなくて)
もしかしなくても、自分への贈り物だろうか。
「良いのですか?」
「え、ええ。……ああ、その、好みでなかったらすみません」
「いえ、とても綺麗で素敵です。あの時の髪飾りですよね。……ありがとうございます、アズマさん」
体温が上がるのを感じながらカエデがお礼を言うと、アズマは安心したようにほっと表情を緩めた。
「ええ、まぁ、カエデさんも見ていましたし、何よりも似合いそうだなと思ってですね。ま、僕の見立てが正しいのは分かっていたことですが、ええ! はは、ははは!」
それからすぐにアズマは早口でまくし立てたかと思ったら、高笑いを始めた。どう考えても照れ隠しだろう。付き合いが長いので、さすがにカエデもこれは分かる。
ひとしきり笑い終えると彼は、はぁ、と息を吐いて、
「……つけさせてもらってもいいですか?」
と訊いてきた。
カエデはこくんと頷く。
「あ、それは助かります。髪飾り、自分でつけたことがないので」
「では、失礼して」
了承すると、アズマが近付いてきて、カエデの頭にそっと手を伸ばした。
着物の袖が顔をくすぐり、距離のせいでアズマの匂いも強く感じる。
生き物の匂いというのは、霊力や妖力が混ざり合うため、誰一人として同じ匂いにはならない。
ユキメは菊の花の香りに、アズマは抹茶の香りに近い。どちらもカエデの好きな匂いだ。
犬のモノノ怪の血を引くカエデは嗅覚に優れている。
誰かを探す時に匂いで判別が出来るのは便利だが、好きではない匂いの時もあるので、これが意外と大変なのだ。もちろん顔には出さないけれど。
「…………出来ました」
そんなことを考えている内に、髪飾りをつけ終えたようだ。アズマがそう言ってカエデから少しだけ体を離す。
頭の左手側に僅かな重さを感じる。手を持ち上げて、指先でそっと触れてみると、しゃらりと花弁が揺れる感触があった。
「どうですか?」
鏡がないため自分ではまだ見れないが、初めてこういう装飾品を身に着けたことで、嬉しさ半分緊張半分でアズマに訊くと、彼は見惚れたようにぼうっとしていた。
「えっあっ……に、似合います! ええ、その……」
そして顔を真っ赤にして、あたふたしながら、
「……綺麗です」
なんて言われたものだから、カエデは虚を突かれて「えっ」と声が出た。
それから――自分でもよく分からないが、いつもの誉められる時と違って、何だか心臓が高鳴って。
(何だろう、これ)
アズマと同じくらい、顔が赤くなってしまったのだった。
* * *
――同時刻。
カエデとアズマのやり取りを、廊下の曲がり角から顔を出し、そっと見守る影が二つあった。
ユキメとロウだ。
二人もまた、急遽開かれることとなった会合の話をしていたのだが、たまたま廊下からカエデとアズマの会話が聞こえて、つい覗いてしまったのである。
「あらあら、まあまあ。かわいいわぁ」
「何だ何だ、ずいぶん初心じゃねぇか。どっちも成人しているんだろう?」
カエデの耳が良いのを知っている二人は、ささやくような小さな声でそう話す。
特にユキメは、キラキラと光が灯ったような目をしていた。
「アズマは十年ずっと初恋を拗らせていたし、カエデは恋愛に興味がなさそうだったから、二人共そういうことには初心者なの」
「マジで。そいつは面白いな」
言葉通り面白い物を見つけた顔で、ロウはにやにや笑う。
そうして見ていて、はたとあることに気が付いた。
「……ん? っていうか結婚したんだろ? 恋愛じゃねぇの?」
「契約結婚らしいわ。振られるのが怖くて、アズマが言い出したことらしいけれど」
「普段の態度が尊大なくせに、そんなにへたれなのか……」
「ね~、そう思うわよねぇ」
口に手を当てて、ユキメがころころ笑う。本当に楽しそうだ。
(まぁ、孫みたいなもんだからか)
アズマは実の孫なので当然だが、その孫と同い年くらいで十年一緒に暮らしているカエデも、ユキメにとっては同じ感覚なのだろう。
(仲が良くて何よりだ)
微笑ましさを感じて、ロウは片方の口角を上げて笑う。
(しかし契約結婚ねぇ)
好きなら堂々と告白すれば良いとロウは思うが、それをして今の関係が壊れてしまうことを、アズマは一番恐れたのかもしれない。
もっとも今見た様子だと、普通に告白したところで大丈夫だっただろうなと、第三者としては思うけれど。
「カエデに嫌われるのが何よりも嫌なのよ、あの子はね」
「そっか。……ま、大丈夫じゃねぇの?」
「そう?」
「ああ。だって――」
ロウはそこで一度言葉を区切って、微笑ましい気持ちで目を細める。
「興味のない奴に、あんな風に興味を持たせたんなら、そりゃ勝ちだろ」
そしてニカッと白い歯を見せて、そう言い切ったのだった。




