12 来客
カサイをアズマの待つ客間へ案内した後、カエデは二人にお茶を淹れて、部屋の外の廊下にそっと正座をした。
隣では、カサイを乗せてきた一反木綿が、体の下半分を綺麗に折り畳んで座っている。
(おやまぁ。器用ですね、このモノノ怪)
呑気にそんなことを思っていると、アズマたちの話が始まった。
内容は事前に聞いていた通り、ナデシコのしたことに対する謝罪だった。
「この度は、我が妹が大変ご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
そう言って、カサイは深々と頭を下げた。
彼が言うには、何でもナデシコは母親から大層甘やかされたため、我儘に育ってしまったのだそうだ。
八森家の当主やカサイは、ナデシコの将来のためにもどうにかしようと頑張ったが上手く行かず。
それでも自分たちが注意すれば、渋々とではあるが聞いてくれるため、目の届く範囲に置いて何とかやっていたのだそう。
けれども、やむを得ない状況で僅かに目を離してしまったとたんに、サッと抜け出されてしまったため、昨日の事件が起きたということだ。
「なるほど、経緯は理解しました。では一つお伺いさせていただきたいのですが」
「何でしょう?」
「八森家は従属の術を日常的に使っているのですか?」
アズマは率直にそう質問した。
ロウの件で一番気になっていた部分だ。
表の世で治安維持を担当する家の一つである八森家。
そんな立場にいる者が、モノノ怪たちから蛇蝎の如く嫌われる術を、平気な顔で使っているとしたら新たな火種を生む。
特に、それを怪域のモノノ怪たちに知られれば、大きな反発を生むだろう。
アズマはそれを防ぐ目的もあり彼に確認したのだ。
(とは言え全員がそうだとは、やはり考え難い)
アズマが聞きたいのは、従属の術を頻繁に使用しているのが八森家なのか、それともナデシコ個人なのかだ。
サングラス越しの三白眼の黒い瞳が、真っ直ぐにカサイへ向けられる。
カサイは僅かに目を開き、ややあってから首を横に振る。
「いいえ。八森家は従属の術の使用を禁止しています」
そしてそう答えた。
「ですが万が一の時のために、知識としては学んでいます。ナデシコもそうです」
「なるほど」
アズマは軽く頷いた。想定の範囲内の答えだったのだろう。
日常的に使ってはいないという言葉を引き出せただけで十分だ。
ちなみにアズマも、カサイの言った通り勉強はしている。
ロウにかけられた従属の術が発動した時にアズマがそれを止めたが、あれも術の仕組みを理解していないと出来ないものだ。
自ら使うなんてことはしないが、術を解くためには学ぶ必要がある。
そういう事情でアズマは従属の術を習得している。
(私も掛けられた時、アズマさんに解いてもらいましたっけ)
アズマの護衛として、表の世にある高校へ付き添うようになった時、半妖のカエデに面白がって従属の術を掛けた者がいた。
半妖に術が効くか試してみたかったのだそうだ。
結果としては、効いた。
それはそうだ。半分とは言え、モノノ怪の血を引いているのだ。世代が変わり、だんだんと血が薄くなっていけば分からないが、少なくともカエデの中に流れるモノノ怪の血は濃い。
だから従属の術は、この上なく効いた。
光の首輪が嵌められた瞬間、首を絞められるような息苦しさと、全身を雷で撃たれたかのような痛みが走り、カエデは思わず意識を失いそうになった。
歯を食いしばって耐えていると、アズマが駆けつけて来てくれて、術を解いてくれたのだ。
その時のアズマの必死の形相を、カエデは今も鮮明に思い出せる。
(あの後、アズマさんから少しの間、避けられてしまったんですよね……)
当時のカエデは、アズマが従属の術を使えるとは知らなかったし、そもそも助けてもらった時点では、アズマが優秀だから術を解けたくらいにしか思っていなかった。
だから避けられる理由が分からなかった。もしかしたらカエデの不甲斐なさに愛想を尽かして、嫌われてしまったのではないかとも悩みさえした。
悩んで、悩んで、嫌われたなら悲しいなと思ったら涙が出てしまって。
誰にも見られないようにと庭の隅で、尻尾を丸めてぐすぐすと泣いていたところ、ユキメに見つかり理由を聞かれた。
カエデがしゃくりを上げながら答えると、ユキメは「あの子は……」とつぶやき、すぐにアズマを呼んで、どうして避けていたのかを尋ねたのだ。
するとアズマは気まずそうに、モノノ怪の血を引くカエデに、従属の術が使えると知って嫌われたくなかったからだと答えた。
どうやらお互いに、同じようなことで悩んでいたらしい。
それぞれの理由を知ってからは、避けられることもなくなって、いつも通りに戻ったのだが――術を知る者からはそのくらい慎重に扱われるものなのだ。
使えるが、使わない。それが従属の術である。
「あの様子を見る限り、ナデシコさんはだいぶ気軽に使ってらっしゃるようですが」
「注意はしているのですが……事情がありまして……」
カサイは目を伏せる。何度言っても繰り返しているということだろう。これはだいぶ頭の痛い問題だ。
しかし――。
(事情とは何でしょうね)
もっとも何かあったとしても、他人に被害を及ぼすことに肯定は出来ないけれど。
ふむ、と思いながら聞いていると、アズマはすうと目を細くする。
「なるほど。それでは、ちゃんと理解するまで、彼女には怪域への出入りの禁止させていただきます。ナデシコさんの行動は、怪域の治安維持に影響を及ぼしますから」
「それはもちろんです。こちらも妹への監視を厳しくします」
アズマの要求に、カサイはしっかりと頷く。
(申し訳ないけれど、どこまでそれがどこまで出来るかは微妙ですね)
こちらも怪域の門付近を監視しておいた方が良いかもしれない。
もっとも、ナデシコが怪域へ来たくないと思ってくれていれば、それが一番なのだけれど。
(アズマさんにあれだけ厳しく言われたから、結婚は諦め……ていたらいいなぁ)
カエデは、うーん、と小声で唸った。
アズマはそこそこモテるので、異性から時折告白されている。中にはかなり横柄な物言いをする相手もいて、そういう人に対してはなかなか辛辣な物言いでお断りをしていた。
基本的にそれで諦めるのがほとんどだが、たまに「そのギャップが良い……」と余計に恋心を燃え上がらせる人もいた。
そんなにギャップがあっただろうかと、近しい場所にいるカエデにはよく分からなかったが、そういう嗜好の人もいるのだ。
ナデシコがそうでないことを祈るばかりである。
* * *
ひと通り話を終えた頃には、時刻は昼の十二時を回っていた。
「時間も時間ですし、良かったらお昼を食べていってください」
アズマがそう提案したため、カエデは直ぐに昼食の準備を取りかかる。
事前に相談されていたので、メニューも何となく考えていた。
海老天蕎麦だ。
虹ノ小間物店の店主が、カエデとアズマが結婚したことを大きな声で叫んで、それを聞いた黄昏通りの住人が結婚のお祝いに、色々と持って来てくれたのである。
その中に海老があったのだ。
蕎麦はアズマやユキメの好物だし、屋敷に滞在しているロウも好き嫌いはないと言っていたので、昼食にちょうど良いだろう。
一応、作る前にカサイたちに食べられるか確認をしたら、二人共問題ないとのことだったのでそれにした。
(美味しく揚がりますように)
そんなことを考えながら天ぷらを揚げていると、後ろにアズマの匂いを感じた。
顔を向けると目が合って、彼はにこっと笑う。
「カエデさん、何か手伝いますか?」
「あ、では箸と、冷蔵庫から漬物を持って行ってもらえますか?」
「分かりました。……良い香りですね」
アスマが天ぷら用鍋を覗き込んで言う。
「食べます?」
網の上に置いた海老天を菜箸でつまみ、醤油をちょろっとかけてアズマの方へ差し出す。
するとアズマは目を瞬くと、僅かに視線を彷徨わせてから、ぱくりと食べた。
「あふ、あふ…………美味しい」
「良かった」
ふふ、と笑う。
ややあって、
「……これ、何か夫婦っぽいですね?」
ということに気が付く。
「夫婦っぽいじゃなくて、夫婦なんですよ」
するとアズマはそう言って苦笑したのだった。




