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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
八森家の次期当主

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11 急な連絡


「カエデさん、少しいいですか?」


 カエデがアズマの外出に付き添うために準備を整えていたところ、彼からそう声を掛けられた。

 アズマの表情は少し強張っている。これは何かあったなとカエデは思いながら「問題が起きましたか?」 と尋ねると、


「相変わらず察しがいいですね。その通りです」


 アズマは少しだけ緊張を緩めて、こくりと頷いた。


「急な話ですが、お客さんが来ることになりましたので、今日の予定を後日に変更します」

「お客さんですか?」


 それは本当に急な話だなとカエデは思った。

 夕食の時にはそんな話はなかったので、今朝にでも連絡が来たのだろう。


 怪域の治安維持を任されている篠塚家は来客が多い。

 アズマやユキメの友人や知人がやって来ることはたまにあるが、ほとんどの場合は仕事の関係者だ。彼らは揉め事の解決や助言を求めて篠塚邸を訪れる。


 アズマの口振りや若干緊張した表情から考えて、そのお客さんとやらは仕事関係だろう。

 あまり機嫌も良くなさそうなので、印象の悪い相手のようだ。


「分かりました。ちなみにどなたですか?」

「八森家のご長男だそうです」


 おや、とカエデは目を軽く開いた。


「もしかして先日の件の謝罪ですか?」

「電話ではそう言っていましたね。妹が迷惑をかけたから、ちゃんと謝罪に伺いたいのだそうです」

「なるほど……」


 これだけを聞けば八森家の長男は、当主と同じく真面目そうな印象を受けるが、アズマの表情は硬い。


(八森のご長男と言えば……)


 名前は八森カサイ。歳はアズマと同じ二十四歳の男性だ。

 表と裏の会合の際に、八森家の当主と一緒に行動しているのをカエデも見たことがある。次の代の八森家当主だと、他に家の者たちに顔を見せていたのだろう。

 思い出してみれば、カサイは黒色の髪にハシバミ色の瞳と、容姿が妹のナデシコと似ていた。


(もっとも印象はだいぶ違いますが)


 カサイはあまり体が強くないようで、あまり外へは出ていないらしく肌が白い。

 どこか憂いを感じる微笑みを常に浮かべており、それらが合わさって儚げな雰囲気を醸し出していた。気の強さが顔に出ているナデシコとは、同じ顔立ちをしていても受ける印象がだいぶ違う。


「妹さんが引っ付いて来ないといいですね」

「そこは本当にそうですが、今回はカサイさんが護衛のモノノ怪と二人だけで来るらしいので大丈夫……大丈夫だと……思います」


 最後にちょっと不安を感じたのか、アズマの目が若干泳ぐ。

 昨日の騒動を目の当たりにしていると、断言したくても出来ないのだろう。

 その気持ちはよく分かりますよ、とカエデは苦笑いを浮かべて頷く。


「ユキメさんは同席されますか?」

「いえ、今日は診療所で診察してもらう日なので。おばあ様も予定を変更すると言ってくれたのですが、体の方が大事ですからお断りしました。それに、いつまでもおばあ様に頼りっきりというわけにはいきません」


 自分が篠塚家の当主なのだからと、胸に手を当ててアズマは言う。

 それを見ていたら、カエデは何だかほろりと涙が出そうになった。


「坊っちゃん、立派になって……」

「ちょっと、その呼び方はしないでって言ったでしょう!」


 思わず昔の呼び方がぽろっと口から零れてしまい、アズマがぎょっと目を剥く。


 篠塚家に引き取られたばかりの頃、カエデはアズマのことを坊っちゃん、ユキメのことを奥様と呼んでいた。

 お世話になっている身なので、せめて使用人らしい振る舞いをしようと、怪域の旧家で働く人たちの真似をしたのである。

 アズマとユキメからの評判は微妙だったが、それでも二年ほどそう呼んでいたため癖として残っていて、たまにこうして出てしまうのだ。


 呼ぶのをやめた理由は、アズマの十六歳の誕生日の時に、彼への贈り物を考えていたカエデが「何か欲しいものはないですか」と訊いたら「名前で呼んでほしい」と言われたからだ。

 それが誕生日のお祝いになるのか甚だ疑問だったが、本人からそうして欲しいと言われたので、その時からアズマのことを「アズマさん」と名前で呼ぶようになった。もちろん、贈り物も別で用意をした上で、だが。

 そして、それを耳にしたユキメが「私も名前で呼んでほしいわ」と便乗し、今の呼び方となったのである。


「そうでした。失礼しました、アズマさん」

「はあ……さすがに来客中はやめてくださいね?」

「気をつけます」


 そこはしっかりとカエデも頷いておく。

 他人の前で、篠塚家の当主を坊っちゃんなんて呼んでしまえば、アズマが気まずい思いをするのは分かるからだ。


(やっぱり別の呼び方を、癖になるくらいにしておいた方が良いのでは)


 例えばそう――昨日の通り「旦那様」とか。

 まぁあれも、別の意味で気まずい思いをさせてしまいそうなので、封印かもしれないが。


「何時にいらっしゃいますか?」

「十時半くらいになりそうとのことです」


 上着のポケットから小さな懐中時計を取り出して時間を確認する。

 予定まで、あと四十分くらいだ。

 掃除をして、お茶の用意をして、ゆっくり待てるくらいの余裕がある。


「分かりました。では準備をしますね」

「お願いします。僕もロウやすずめ食堂さんに連絡してきます」


 アズマはほっとしたように笑うと、そう告げて歩いて行った。



 * * *



 十時二十五分。

 そろそろ到着予定時間だなと思い、カエデが玄関の前で待っていると、空の方から風を切る音が耳に届いた。

 顔を上げると白く長い布のモノノ怪――一反木綿と、その背中に長い黒髪の青年が、椅子に腰かけるように乗って足を揺らしているのが見える。着物の裾と、猫と稲穂の家紋が入った羽織りが、風を受けて緩やかにはためいていた。


 あれが八森カサイだ。

 カエデが軽く頭を下げると、カサイも同じように返してくれる。


 一反木綿はこちらへ向かってゆっくりと降下し、カサイを地面に下ろした。


「こんにちは、お邪魔します。お久しぶりですね、カエデさん」


 カサイは胸に手を当てて、にこりと微笑む。笑顔と一緒にほんの僅かに顔が傾き、前髪や、首の後ろで結ばれた長い髪がさらりと揺れた。


(名前を覚えられているとは)


 カエデは少し驚いた。

 ユキメやアズマの護衛として傍に控えているだけなので、会釈くらいはしたがそれだけだ。軽く紹介はされた覚えはあるが、話をしたことはない。 

 仕事上でも、カエデからすればほとんど関りもないので、恐らく謝罪に来る関係で調べたのだろう。


「お久しぶりです、八森さん。どうぞこちらへ」


 真面目だなと思いながらひとまずそう返し、カエデは彼らを屋敷の中へ案内した。


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