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半妖従者と拗らせ主人の契約結婚と初恋事情  作者: 石動なつめ
カエデとアズマの契約結婚

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10/21

10 呼び方

「やってしまった……」


 ナデシコを怪域の外へ送り届け、篠塚家の屋敷へ戻ってユキメに騒動の顛末を報告した後。

 居間に移動して、カエデの淹れたお茶を一気に飲み干した直後に、アズマは両手で顔を覆ってそう嘆き始めた。


 つい先ほどまで涼しい顔をしていたのに、今は耳まで真っ赤である。

 お茶を飲んでほっとして、緊張の糸でも切れたのだろうか。

 カエデが苦笑しつつ、空になった湯呑みに二杯目を注ぐ。


「とりあえず、何とかなって良かったですね」

「……そうですね」


 顔を覆ったまま、アズマは頷く。

 あのままナデシコが居座って、強引に他の術を使おうとしたら、もっと大事になっていただろう。ひとまずそれがなかっただけ良かったとカエデは思う。


 ちなみにナデシコを怪域の外へ放り出した段階で、アズマが八森家へ連絡をしたのだが、とんでもない勢いで謝罪されたそうだ。

 直ぐに迎えを寄こしてくれると言って、本当にあっと言う間に遣いのモノノ怪がやって来た。

 椿柄の美しい着物姿の、尻尾が二本に分かれた猫のモノノ怪だった。


(あのモノノ怪には、ナデシコさんも頭が上がらないみたいでしたね)


 暴れずに帰ってくれて良かったとカエデが思い出していると、


「……あの、カエデさん」


 と、アズマから気まずそうに名前を呼ばれた。


「はい、何でしょう?」

「その……ですね。さっきは……すみません」

「さっき?」


 謝られてしまったが思い当たる節がなく、カエデは首を傾げる。

 するとアズマは顔を赤くしたまま、


「カエデさんを妻や奥さんと呼んだり、勝手に肩を……その、えっと……抱いたことです……」


 と続けた。

 ああ、そのことかと、カエデは理解して小さく笑う。


「アズマさんと結婚したので、妻も奥さんも合っていますよ。肩の方も特にお気になさらず。それを言うならば私だって、結婚前からアズマさんを抱き上げているじゃないですか」


 いわゆるお姫様抱っこという奴だ。

 護衛の際や移動時間の短縮で、カエデはアズマを抱き上げて走ることがある。

 接触がどうのと気にしているのならば、あれの方が肩を抱く以上ではないだろうか。


 アズマから嫌がられないため続けているが、そう言えば成人男性を横抱きにして走り回るのは、いかがなものだろうか……などと一瞬カエデは考えた。

 あれも止めた方が良いのかもしれないと思っていると、


「それはそうなのですが……契約結婚がどうのとか、いつも通りで良いとか言ったのは僕なのに……これはあまりにも、あまりにも……っ」


 アズマはわなわなと震えながらそう言った。

 どうやら接触云々の部分を気にしているわけではなさそうだ。


(アズマさんは真面目ですねぇ)


 口は悪くなるし態度も尊大な時はあるが、こういう部分もまたカエデの主の良いところだ。

 ただ契約結婚とは言え、今後も同じような対応をする場合は、度々起こるだろう。そのたびにこうして落ち込ませてしまうのは、カエデもちょっと嫌だ。

 アズマは元気な姿が一番だ。楽しそうに笑う主を見るのが、カエデにとって日々の楽しみの一つなのである。


 ならば、どうすれば良いだろう。もうこれは慣れてもらうしかないのではないか?

 ぽん、とカエデは両手を合わせた。


「では、それがいつも通りになるように練習をしましょうか」

「え? 練習?」

「はい。夫婦であることに慣れる練習です。私にも必要なことですから。そうですねぇ、まずは呼び方に慣れた方が良いんでしょうかね」

「は、はぁ……呼び方……?」

「ええ。名前はいつも呼んでいますから他の呼び方……何かこう、例えば、そうですねぇ……うーん……あ、そうだ。ええと、こほん……旦那様?」


 これはどうだと胸に手を当ててカエデが笑うと、アズマはポカンと口を開けた。

 ややあって、ぼんっ、と音が聞こえそうなくらい一気に顔が赤くなる。


「だっ、だっ、だっ、だん……っ⁉」


 わなわなと小刻みに身を震わせながら、ぱくぱくと口を動かすアズマを見て、これは時間がかかりそうだとカエデは悟った。

 ――それにしても。


(こんなに照れられると、こちらまでつられそうですね……)


 何となく自分の顔まで熱くなってきた気がする。

 指でぽりぽりと頬をかいて、カエデは少しだけ視線を彷徨わせて、


「…………と、とりあえず、のんびり行きますか」


 と言うと、アズマはこくこくと何度も頷く。


「え、ええ、そうしましょう。心臓がいくつあっても足りませんからね」

「そんなに?」

「そんなにですよ、はぁ……」


 何となく残念そうな表情で息を吐くアズマ。

 良い提案だと思ったが、どうにも余計に疲れさせてしまったようだ。


 しまったな、と思いながらカエデは自分の湯呑みに手を伸ばす。

 顔が熱いせいか、飲んだお茶が少しぬるく感じた。



 * * *



(旦那様と呼ばれた……)


 自室に戻ったアズマは壁に背中を預けながら、先ほどのことをぼんやりと思い出していた。


「旦那様」


 カエデの口から、そんな言葉が出るなんて思いもよらなかった。

 しかも、はにかみながらだ。

 あれは予想外だった。まさか、あんな不意打ちを受けるなんて。


 その光景が頭の中で蘇ってアズマの顔が赤くなる。

 思わず叫びそうになり、慌てて手で口を覆って堪える。


「これはまずい……」


 アズマは呻いて頭を抱える。


 なるべく態度に出さないようにしていたが、初恋の相手(カエデ)と籍を入れられたことに、実のところアズマはだいぶ浮かれていた。

 そこへ「旦那様」である。

 あの一言を聞いたら、アズマの我慢なんて一瞬で崩壊してしまった。


(カエデさんの前でああも真っ赤になるなんて……)


 あれでは自分の気持ちを、自分でバラしているようなものではないか。

 アズマは悲鳴を上げたくなる。

 もっともカエデは、こういうことにそこまで聡くないので、気付いてはいなさそうだけれど。


 それでも精神的にダメージを負ったアズマが、胃の辺りに手を当ててげっそりとした顔をしていると、座卓の上に置いた袋が目に入った。

 虹ノ小間物店の袋だ。中にはカエデに内緒で買った藤の花の髪飾りが入っている。


 そっと手に取って髪飾りを中から出した。

 しゃらり、と藤の花弁を模した飾りが揺れる。


(渡せなかったなぁ)


 今日一日ゆっくり過ごして、家へ帰る前くらいに渡すつもりでいた。

 それがナデシコのせいで、後始末やら連絡やらに追われて、渡す機会をすっかり逃してしまったのだ。


 時間を置くと、ますます渡せなくなってしまう。


(なるべく早めに、タイミングを見て渡そう)


 そう思いながらアズマは髪飾りを袋の中へと戻した。

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