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逃げろ、勇者! 〜最弱にして最強、そして最速〜

作者: 怪人工房
掲載日:2026/02/18


一章 ゴミ勇者、魔王城へ

「……また逃げられた」

ギルドマスターのオルガ=ハルバートは、分厚い眼鏡の奥で目を細め、羊皮紙の報告書を机に叩きつけた。

報告書の題名は——『勇者カイト、本日の失態記録(第七十二報)』。

カイト=アルヴィン、十九歳。

称号:勇者


力  :12

素早さ:11

魔力 :3

防御 :9

知力 :14


……以上。

「他の戦士クラスの新人でも力が五十はあるのに」

とオルガは頭を抱えた。

「なんで『勇者』のジョブ持ちが、こんなにゴミなんだ」

一方、当の本人はというと。

魔王城の正門前で、ひざに手をついて盛大に息を切らしていた。

「はぁ……はぁ……来ちゃった」

来るつもりはなかった。

ギルドに「様子を見てこい」と言われて、本当に遠くから様子だけ見て帰るつもりだったのに。

なぜか足が城門をくぐっていた。なぜか廊下を進んでいた。

なぜか魔物を全部かわしながら(戦ってはいない)最上階まで来ていた。

「俺って……ほんとドジだな……」

彼が自分に言えることはそれだけだった。

扉が、重々しい音を立てて、開いた。

二章 魔王、登場

玉座の間は薄暗く、紫の燭台がぼんやりと室内を照らしていた。

玉座に座っていたのは——


 「…………え」


カイトは目をこすった。

もう一度見た。


 やっぱりそこにいたのは、膝まである銀髪を無造作に流した、見るからに年下(推定十六歳くらい)の少女だった。頭には漆黒の角。背には小さな翼。瞳は深紅で、その目がカイトをじとりと見下ろしている。

「……ずいぶん、遅かったわね」

声は涼しく、どこか眠たそうだった。

「え、あの、すみません、ここって魔王城ですよね? 魔王様は——」

「私よ」

「……え」

「だから、私が魔王。ルシア=ヴォルガ・ド・テネブラ。闇の覇王の異名を持ち、七大魔将を従え、世界の半分を支配下に置く、現役最強の魔王よ」


少女は細い足を組み、頬杖をついた。

「で? あなたが今代の勇者?」

「……は、はい」

「ふーん」

ルシアはカイトをじろじろと眺め回した。

 上から下まで。下から上まで。

「弱そう」

「……否定できないです」

「ステータスは?」

「力が……12で……」

「十二?」

「はい」

「うちの門番より低いわよ」

「知ってます」

三章 プロポーズ

沈黙が降りた。

カイトは剣の柄に手をかけ——放した。戦っても勝てない。逃げようにも、玉座を囲む魔将たちが四方を固めている。詰んだ、と思った。

ところが。

ルシアは玉座から立ち上がり、トン、と軽やかに床に降り立つと、カイトの正面まで歩いてきた。身長差でいえば、カイトの肩くらいまでしかない。それなのに、異様な威圧感があった。

深紅の瞳が、真正面からカイトを射抜く。

「……あなた、おもしろいわ」

「は?」

「ここまで来た勇者は七人いたけど、全員、門番に蹴散らされた。あなただけよ、私の前に立ったのは」

「それは……逃げるのが得意なので……かわしながら来たら……」

「そう」

ルシアはにこり、と笑った。


 それが、この物語で最もタチの悪い笑顔だったと、後にカイトは語る。

「じゃあ、決めた」

「な、何をですか」

「あなたと結婚する」



……………………。


「……は?」


「私を倒したら結婚してあげる♡ って言おうと思ったんだけど——倒せなくても来たんだから、もういいわ。私が気に入ったら十分。カイト、あなたを私の夫候補に指名するわ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」

「何?」

「俺、ゴミですよ!? 力12ですよ!? 魔王と結婚なんて、そんな、つりあいが——」

「黙りなさい」

ルシアは人差し指をカイトの唇に押し当てた。

「つりあいを決めるのは私よ。文句ある?」

「……あります」

「減点一」

「減点って何の——」

「配偶者ポイント。百点満点で審査するから、逃げたらゼロよ」

「逃げます」

カイトは即答し、踵を返して全力で走り出した。

四章 最弱の足

「捕まえなさい!!」

魔王城の廊下に、ルシアの怒号が響いた。

七大魔将のうち四人が追撃に動く。

最速の魔将・ファング(移動速度:Aランク)が先頭に立って廊下を駆けた。

……が。

「な、なんだこいつ……!?」

追いつけない。

勇者のステータスに、素早さ:11と書いてあった。これは本当だ。数値としては本当だ。

しかし。

カイトの「隠しパラメータ」には、こう記されていた。

【危機回避本能】S+++

【地形把握】S+

【直感移動速度補正】×280

本人は一切知らない。

ステータス画面を開いても、隠しパラメータは表示されない仕様だった。そして本人は、ただひたすら「逃げるのが得意」だと思っている。

「はぁっ、はぁっ……! 俺なんで走るのだけは速いんだ……!」

自問しながら城を脱出するカイト。

後ろでルシアが窓から顔を出す。

「逃げても無駄よ! あなた、もう私のお気に入りリストに登録したから!!」

「やめてください何ですかそれ!!」

五章 ギルドに戻る

「魔王城から生還した……?」

翌朝、ギルドのカウンターでオルガは絶句した。

「はい。でも戦ってないです。逃げてただけです」

「魔将を振り切って?」

「走ってたら振り切れてました」

「……あなた、何なの」

「ゴミ勇者です」


 カイトは消え入りそうな声で言った。

オルガは腕を組んだ。報告書を読んだ。

もう一度カイトを見た。


「……ねえ、一個聞いていい」

「はい」

「魔王と、会った?」

「会いました」

「どんな相手だった」

カイトは少し黙った。

深紅の瞳が脳裏をよぎった。

「つりあいを決めるのは私よ」

と言った声が耳に残っている。

「……強くて、怖くて、わけわかんない人でした」

「倒せそう?」

「絶対無理です」

「そっか」

とオルガは静かに言った。

「じゃあ、逃げ続ける方法を考えましょう」

それが、この物語における最も現実的な作戦だった。

六章 魔王、追いかける

それから三ヶ月。

カイトは逃げ続けた。

ルシアは追いかけ続けた。

街の市場に現れたカイトを捕捉して魔将を送り込み、カイトは野菜売り場を駆け抜けて逃げた。

隣国の港に現れたカイトを追って飛行型魔物を放ち、カイトは船から船へ飛び移って逃げた。

山岳地帯の迷宮に潜んだカイトを囲い込もうとして、カイトはなぜか一度も罠にかからず脱出した。

そのたびにルシアは窓から(あるいは魔法の通信鏡越しに)叫ぶ。

「カイト!! いい加減諦めなさい!!」

「諦めません!!」

「なんで!!」

「魔王と結婚したら国が滅ぶじゃないですか!!」

「あなたが私の夫になれば私が国を滅ぼすのをやめてあげる!!」

「……え」

カイトは走りながら考えた。

それは、もしかして、悪くない取引なのでは?

「で、でも! 俺、弱いですよ!? 力12ですよ!?」

「知ってる!! だから何!!」

「魔王の夫がゴミじゃ格好つかないじゃないですか!!」

「うるさい!! 私の夫に私以上の強さが必要だと思うの!? 私が最強なんだから夫は弱くていいでしょ!!」

「そういう問題じゃ——」

「好きだって言ってるんだけど!? これ以上何が必要なの!?」

カイトは、転んだ。

走りながら転ぶという謎の失態をやらかし、石畳に盛大に転がった。

「……今、なんて」

通信鏡の向こうで、ルシアが真っ赤になっていた。

「……き、聞こえなかった? じゃあ聞こえなかったことにして——」

「聞こえました」

「……」

「魔王が、俺のこと」

「……好きだって言ったわよ!! 悪い!?!?」


 ルシアは鏡を叩き割った。通信が切れた。

カイトは石畳に寝転がったまま、夕焼けを見た。

……困った。

とても、困った。

なぜなら。

(……俺も)

ゴミ勇者には、隠しパラメータがもう一つあった。

【共感力】S+

【好感度補正・対象:ルシア=ヴォルガ 現在値:MAX】


本人は、まだ知らない。

終章 最弱の答え

次の日。

カイトは魔王城の正門を、自分から叩いた。

出てきた門番が、驚きで武器を落とした。

「し、侵入者……じゃなくて……えっ、勇者……? なんで正面から……」

「魔王に会わせてください」

「は、はい……」

玉座の間。

ルシアは昨日と同じ場所に座っていたが、昨日より少しだけ目が赤かった。カイトを見た瞬間、ぎょっと身を固くした。

「……なんで来たの」

「謝りに来ました」

「……謝る?」

「逃げてばかりで、すみませんでした」

カイトは玉座の前に立ち、まっすぐルシアを見た。

「俺、本当に弱いです。力も魔力も、たぶんこれからも大して上がらないと思います。魔王のパートナーなんて、全然つりあわないです」

「……それが謝罪?」とルシアは静かに言った。

「謝られても………」

「でも!!」

カイトは続けた。

「逃げるのだけは得意です。だから、あなたが何かから逃げなきゃいけない時には、絶対一緒に逃げます!!」

ルシアは目を瞬かせた。

「魔王が逃げるわけないでしょ!?」

「いつかそういう時が来るかもしれない。その時のために、俺を置いといてください……あなたの隣に!」

「……ばか」

「はい…」

「ゴミ勇者のくせに……」

「はい…」

「……」

長い沈黙の後。

ルシアは玉座から立ち上がり、カイトの前に降り立ち、上目遣いで——人差し指で、カイトの胸を突いた。

「配偶者ポイント、今百二十点よ」

「百点満点じゃ——」

「私がルール。文句ある?」

「……ないです」

「よろしい」

ルシアは小さく鼻を鳴らし、ふいと視線を逸らした。

耳が、赤かった。

数週間後、世界中に奇妙な布告が届いた。

『魔王ルシア=ヴォルガ・ド・テネブラより。当面の間、世界征服は保留とする。理由は——個人的事情につき、開示しない。以上。』

ギルドマスターのオルガは、その布告を読んで、深いため息をついた。

そして報告書を開き、題名を書いた。

『勇者カイト、魔王を(逃げながら)攻略完了。第一報——最終報』

羊皮紙に、インクが走った。

最弱の勇者は、一度も剣を抜かずに。

最強の魔王を、落としていた。

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