第七話 先へ進んで行く為に
折角の休日前に風邪を引いてしまった.....ならばやることは一つ!小説だぁー!ということで寝込んで起きたら小説書き書き、寝込んで起きたら小説読み読みという二日間でした。ネット小説って素晴らしいですね。
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大地を揺るがす行軍の、悠然たる足並みと、その轟き。
やがてそれは嘘のように静まり、いつしか二列に流麗に別れた軍団によって、ひとつの大きく広い道が形作られ、それは陽光の宿る地平線まで果てしなく続いているかのよう。
見渡す限りの壁が...否、高く聳える大盾の整然たる防壁がどこまでも続いている。そんな異様な、されどどこか荘厳な、一つの光景。
ふと、静謐に包まれつつあった黄昏の空間に、道の中央に、一人の戦士が佇んでいることに気が付く。
そして今回も、盾を構えし精兵達の呼び掛けが始まる。
「聞こえるかジード、皆がお前の為に再び集ったぞ。誰一人欠けることなく、在りし日のように」
「聖女アーモリーの呼び声に応え、深層から選りすぐりの勇士達が勢揃いですよ」
老兵と青年兵、それぞれが口を開く。
「地上に悠久の平穏をもたらす時が来たのかもしれないな」
預言の書に綴られた一節をそらんじるように、また一人が呟く。
「見てくれ、歴戦の渦中で磨き抜かれた皆の盾の輝きを」
「我らが誇る、世界をも守護せんと切望する守り手達だ」
兵達の皆が親しげに、温かく自信に満ちた言葉を掛けていく。そこに不思議と違和感はない。
やがて最初に声を発した老兵が、道の中央に佇む一人の戦士に、ジードに泰然と歩み寄る。
「ジード、お前はその手にした盾で、聖女様をお守りするのだ。我々の分までしっかりとな」
厳かに告げられた使命に、偽りは介在し得ない。だから静かに頷くことで返答に代える。
「そうすればいかなる悪意も暴虐も破滅も、アーモリーの御名を、慈雨の恩寵を穢すことは叶わない」
「そしてお前は必ずここに戻ってくると全員が固く信じている」
「我らが祭壇を...到達不能点を一心に目指すがいい。いつまでも待っている」
一人、また一人と守り手がジードに歩み寄り、言葉を紡いでいく。
「盾砕け、矢弾尽き、その身朽ち果てようとも」
「どんなに無様でも、這いずり回って全てを救おうではないか」
「喪われゆく命の為に」
「滅びゆく世界の為に」
「万物の主が必ずお見守りになる」
「そうであろう、我らが同胞...盾人よ」
優しく伸べられた武骨な籠手に包まれた手が、無数の手がひとえに聖女と主神の御名を称え、また一人の戦士を勇気づける。
おのずと自分の手も、その波のような洗礼へと加わろうとしていた――
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「――夢...だったか」
あの光景を目にしたのはいつ以来だっただろうか。幾たびも見ているが展開は毎回少しずつ異なるようだ。
「...聖女を守れ、か。今さら言われるまでもない」
ここは拠点の地下に築いた一室、治療室とでも呼ぶべき場所。命と安全には代えられないと、大枚はたいて購入した全身の高度な治癒を可能とする医療ポッドが設置されている。その中で件の聖女....ディアは眠っていた。医療用の薄着だけを纏った傷だらけの身体を、力なく横たえて。
「こんなにボロボロになるまで戦って、俺を独りにはしないって?」
剥がれ落ちた爪も、折れた指も、焼けただれた腕も、盲目と化した両目も。醜く歪ませてしまったその姿が、けれど変わらず愛おしく、込み上げる感情が抑えきれず、それだけに一層哀切だった。
「いつもこうやって君は、守る為なら喜んで傷ついていく。君の盾であるはずの俺でさえ、守ろうとしてしまう」
彼女の内に秘められた慈悲深さか、愛情の豊かさがそうさせるのだろうか。悲痛な面持ちで若干の無力感に苛まれ始めたところで、治療室の扉が開く。
「ジードさん、帰還されてからずっとつきっきりで看病されてて、さぞやお疲れでしょう」
「お姉ちゃんと温かいスープを作ったんです、どうか休憩されてください」
「今朝からこの昼にかけての目ぼしいニュースというか、情報を集めておきました。ご査収ください」
リアとナーラが気を利かせて食事と情報を運んできてくれたようだ。俺は意識して気持ちを切り替えつつ、立ち上がって二人の頭を撫で、その労をねぎらう。
「二人ともありがとう。ディアにはもう少し時間が必要そうだ。その間、二人の戦闘訓練でもして有意義に過ごそう」
シーカーギルドには併設の訓練施設がある。そこに予約して本格的な訓練をつけておくべきかと思っていたのだ。
「ディア、少し出かけてくる。起きたら連絡をくれ、夜には戻る」
そう声をかけてもやはり返事は得られないのだが、一時とはいえ傍を離れる寂しさを少しでも紛らわす為には必要な声掛けであった。
「...お姉ちゃん、やっぱりジードさんとディアさんって...」
「...おアツいってやつ?」
ディアが昏睡している医療ポッドの表面に手を添えて、暫しの別れを惜しむように声を掛ける後ろ姿を目撃して、年若い二人の少女は憧憬めいた感情を抱かされ、そう小声で囁いていた。
「いつでもアツアツに決まってるだろ?」
部屋を後にして追従してくる二人に向かって、顔だけやや振り返りつつジードが告げた一言は、少女達を熱狂させたという。
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「しかし拠点がかなり綺麗になっていたな。なんというか、見違えたぞ」
まるで荒れ果てた廃墟と化していたジードとディアの拠点は、僅か2日未満で見違えるほどその外見も中身も小綺麗に清掃されていたのだ。かなり手際よく献身的に掃除に集中しなければこうはならないだろう。そう思い至って、ジードなりに姉妹への褒賞を考えていた。
「今向かっている訓練施設を実際に利用するのは初めてだろうが、今日で二人の適性や戦闘スタイルを見定めて、訓練後は装備の新調に行きたいと考えている。拠点清掃への貢献大と認めて、特別にだからな。キツイ訓練にはなるが、頑張ろう」
「本当ですか!?頑張ります!」
「俄然気合が入ってきました!」
小さくガッツポーズまでして喜色満開といった雰囲気の姉妹を微笑ましく見つつ、ギルドのゲートをくぐる。ここから先は、二人の孤児の親代わりのような存在ではなく、厳格な訓練教官としての自分で立ち合わなければならない。そう己に言い聞かせて、集中を高めていく。
そうしてまずは訓練施設内の白兵戦訓練場に入り、常駐している訓練教官の男に指南役不要の旨を伝えてギルドカードを提示する。ランクⅥなら思うようにさせて問題なしと判断した訓練教官は利用時間の確認などを軽く済ませ、それ以降は身を引いて放任してくれた。これが低ランクシーカーの場合であると親切に訓練場のルールや武具の取り扱いについてなどの教導が入るのだが、ここはランクⅥとしての高い信用と確かな実績が物を言った場面と言えるだろう。
「よし、ナーラ。早速この近接兵装の中から今の自分に最適な得物を選べ。リアもな」
訓練場に常備されているメンテナンスの行き届いた非殺傷性の訓練用武器群を見せて、姉妹に選択を促す。そう、訓練は既に始まっているのだ。
「は、はい。えーと、色々あるんですね...」
「私は銃しか使ったことがないのですが、こういった近接武器の経験も積むべきということでしょうか?」
もともと近接兵装主体のナーラと、アサルトライフルを今も担いでいるリアとでは反応が分かれたが、想定の範囲内でしかない。
「まずナーラ、最適な近接武器を選ぶためには自身の体格や膂力、戦闘時に好む立ち回り方を整理してそれらに合致する得物を選ぶようにするといい。一発でこれと決めろとは言わない。何種類か試してみろ。そしてリア、銃の方が好みなのは知っているが、至近距離ではどうしても近接武器の方が有効な場合が多いのも事実だ。そして戦闘は常にこちらが万全な状態で始まるとは限らない、というかある程度消耗した状態で始まってしまうことが殆どだ。そういった時に手持ちの銃弾に余裕がなかったり、底をついてしまっていたらどうする?...そうだ、最終的に頼れるのは己の拳か近接武器、ならば近接武器の修練を積んでおくことの重要性はもう解ったな?」
「「はい、分かりました!」」
異口同音に真剣な面持ちで答える姉妹にやや満足感さえ覚えつつ、武器をあれこれと選び始めた二人の初々しさを見守る。
「それと、ディアも普段は対物ライフルを主兵装に据えているが、ちゃんと近接武器の扱いにも熟達してるんだぞ」
「そうなんですか?ディアさんはどんな武器を使われるのでしょうか?」
「それは秘密だな。シーカーたるもの、自分の情報はある程度隠匿して、状況を打破する為の切り札にとっておくものだ。だがそれをするのは余裕ができてからでいい。まずはメインウェポンでの戦型を確立するところから始めよう」
少しして、ナーラは中型のロングソードを、リアはダガーとソードブレイカーを両手に持って俺に対峙した。
(...なるほど、これから二人一組で迷宮探索をしていくにあたって、早速武装構成でも役割分担をしてきたか。お互いに前衛を務められるポテンシャルのある武器に、攻守のバランスが良いロングソード、手数の多いダガー、そして攻撃と同時に防御も可能とするソードブレイカーとは、初心者なりにからめ手も意識している。正直悪くない選択だ)
既に動かない訓練標的相手に基礎的な近接武器の正しい振るい方は教導してあるので、早速練習の成果を実戦形式で見せてもらうこととしよう。
「二人とも、準備はいいな?俺を迷宮のモンスターだと想定して、上手く連携して追い詰めてみせろ。訓練再開だ」
「はぁぁーっ!」
威勢の良い咆哮とともにまず先手を奪いにきたのはナーラのロングソードだ。敢えて下段を狙い、横なぎに振るおうとしているのが見て取れる。狙いは悪くないが若干大振りに過ぎる感は否めない。バックアップにリアがナーラの陰に隠れるようにして高速移動し、一気に間合いに入ってダガーの突きを放とうとしている狙いも丸見えだ。
「甘いっ!」
なので手加減としてショートソード一本装備の俺でも十分以上に対処できることをしっかり見せておく必要がある。迷宮には弱そうな外見で獲物の油断を誘うモンスターも確認されているからだ。まず、俺は敢えて大きく踏み込み、武器を持っていない方の左手でナーラのロングソードの一撃を彼女の腕自体を掴むことで無効化する。それに合わせてナーラの背を踏み台にする機転を利かせてより速くダガーを突き込んできたリアの戦闘センスと柔軟性には少し感心したが、それもダガーの柄の部分を狙って正確にショートソードで打ち払うことによって防いで見せる。
少し強かに打ち過ぎたか、ダガーはそのまま宙を舞い、地面に落ちた。そのまま掴んでいた腕ごとナーラの全身を持ち上げ、行動不能にしたところにショートソードを首筋に寸止め。これでナーラは脱落だ。残されたリアはソードブレイカーを右手に持ち替えて至近してきていたものの、今度は俺の最速の蹴りで単純な直進を咎められ、蹴り飛ばされた勢いのまま地面を転がる。うつ伏せに倒れて動かないところを見ると、こちらが脱落判定をしに近づいたところで隠し持っていた第三の刃でも放つつもりでいるのだろう。狙いがバレバレなので、その手はもう少し相手が勝利を確信したタイミングでしかアテにしないように教えなければと思った。
無防備そうに歩いて倒れ伏した様子のリアに近付いていったところで、さきほど地面に落としたはずのダガーが投げナイフのように飛んできたが、俺は平然とそれをショートソードで頭上に弾き、降ってきたところをキャッチする。そして青ざめた顔でその様子を見ていたリアの瞳にダガーを突き付けて寸止め。第一試合、終了だ。
「どうだ?俺がモンスターだったら、今頃死体が二つ転がっているぞ。もっと工夫して、二手三手先まで考えて敵を翻弄しろ。少し休憩したらもう一試合だ」
「わ、分かりました」
「悔しいね、お姉ちゃん」
「作戦会議よ、リア。次こそは勝つ!」
......そうして第十試合まで教導役として監督してきたわけだが、驚かされたことがある。この姉妹、生来の才覚というか、戦闘センス的な素養が高い。失敗や敗因から迅速に課題点を洗い出し、その次の立ち合いでは既に改善を加えてくる。また、精神力も既にして強靭な部類だ。何度殴られても蹴られても(顔は狙わないように注意していたが)へこたれずに立ち上がるし、体力もある。二人の努力と潜在能力の高さに支えられて、非常に実り多い訓練となったように思う。
「よし、今回はこれまで!よく持ち堪えた、誇るがいい」
「はいっ!ご指南有難うございました!」
「次はもっと頑張ります。有難うございました!」
そしてギルドの個室で休憩がてら携行糧食を食みつつ夕方の予定について姉妹と話し、シーカー向けの武具を取り扱う店が数多く軒を連ねる街路へ、いよいよ装備の新調に向かう運びとなった。
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