第六話 約束
本日より投稿再開致します。改めまして宜しくお願いします。
「...終わったのか?」
とは図らずも共に死線を潜り抜けることになった術士隊長の言葉だ。既にこちらへの敵意はなく、超常の存在と交戦し生き残ったという純然たる事実だけが実感を伴い始めていた。ディアは緊張の糸が切れたのか、俺の腕の中でこんこんと眠りに落ち、髪の色も銀髪に戻っている。
「隊長~生きててよかった」
「どれだけ心配させれば気が済むの」
「ずっと共に戦い続けると、約束したはずですよ」
そこへ戻ってきたのはディアに足止めを任せていた三名の高位術士だ。彼女達の話によるとどうやら先ほどの装甲生命体との交戦中、俺と術士隊長を中心に物理的な出入りを阻むフォースフィールドが展開されていたらしく、その結界を破る為に必死の魔導干渉をディアを筆頭にして行っていたそうだ。
「そのシーカーさん、鬼気迫る勢いで術式構築して壁を破るのに一番貢献してくれました」
「結果的に隊長のことも救っているから、実質命の恩人ということになる」
「何か感謝の印となるものがあればいいんだけれど」
なにやら術士隊長を置き去りにして話が進んでいく。団結した女性達の圧力は侮れないな。贈り物をしてくれるつもりならちょうどいい土産が転がっている、それを譲ってもらうことにしよう。
「そういうことなら、装甲生命体の腕の残骸を回収させてもらいたい」
「それなんだがな、どうやら本体から離れて一定時間経過すると自壊する物質で構成されていたようで...既に消滅した」
それを聞いて惜しいとは思ったが、これで良かったのかもしれない。国家機密レベルのテクノロジーが凝縮されているであろう装甲生命体の腕の所有権を奪い合って、再び彼らと交戦する必要に駆られなくて済んだのだから。ディアがいつ目を覚ますか分からない現状、彼らの気が変わる前に戦域を離脱するべきだろう。
「そうか、ならもうここに用はないな。追撃はしないでもらえると助かる」
「とんでもない、こちらこそ今回は思いがけず助けられることになった。改めて礼を言う。最後に、名前を尋ねても構わないか?」
最大級の危機にあって背中を預け合った奇縁だ、単なる好奇心というわけでもないのだろう。ここで安直に偽名を告げて俺の知らない何者かがジラーニ共和国で有名になるかもしれない、というのも少し気に食わないので、ここは本名でいくことにする。不思議とこの術士隊長とはまたどこかで会うような予感に後押しされた。
「ジード。ただのジードだ」
「...ジード...貴殿の御名、確かに受け取った。私はリベレーターだ。またいずれ戦場でお会いしよう」
そう丁寧に名乗ると、おもむろにリベレーターは自分のヘルムを外し、素顔を晒して真っ直ぐな瞳でこちらを見つめる。
短く切り揃えられた白髪の前髪から覗く、強靭な意志を感じさせる薄緑の双眸を、俺は素直に綺麗だと思った。武人の極みにある者特有の尊さの顕れである気がして。
いつの間にか差し出されていた彼の右手を、俺は居住まいを正してから握り、武骨で大きい手がしっかりと握手を交わす。
「次は肩を並べて共に戦えることを切に願う」
良好な雰囲気に浸って言ってしまってから気付いたが、流石に無理がありすぎる願いである。ちょっと気まずくなってどうしたものかと押し黙っていると。
「本気でそういうことを言えるのだな、君は」
リベレーターは軽やかに微笑み、こちらの為人を僅かに知ったとばかりに喜ばしそうにしている。そして、
「モンスター討伐戦の偶発的な共闘とかなら、あるいはそれも叶うかもしれないな」
▽▲▽―――――▽▲▽
閑静な地に聳える大樹の幹にぽっかりと空いていた亀裂のような大穴。それが今、俺とディアの背後でゆっくりと閉じていった。このようにして限界を迎えた細い迷宮進入路は人知れず閉じ、次いつそこが開くかは未知数であるというのが定説だ。
なんとか迷宮から無事に脱出できた。こういう風に感じること自体が久方ぶりで、少し新人時代が懐かしくもなる。迷宮出口で時折待ち伏せしていることがある盗賊まがいの連中を警戒していると、背負っていたディアが目を覚ましたようだ。少し身じろぎしている。
「ディア、体調はどうだ?どこか痛かったりしないか?」
「うみゅ...ジード。もう少しお前の傍で眠らせてくれ」
「...悪いがここはまだ危険だ、このまま拠点に急ぐから良い子にしてるんだぞ?」
少し茶化してみたものの、それ以降ディアは答えず。沈黙が二人の間を漂ってはどこかへ消えゆくような感覚。そしてその沈黙を破ったのは、彼女の真剣な声音であった。
「なぜ独りで装甲生命体に立ち向かった?また私を置き去りにして無茶をしたな」
「...そうだな。あの時、初手で合流に動くという選択肢もあったはずだった」
いや、違う。ディアはそんな答えがほしくてこう言っているわけではない。だから俺みたいな愚鈍にもちゃんと分かるように、言葉を尽くして、心を込めて、俺の背中から降りて真正面から目と目を合わせて、ああ言ってくれるのだろう。
「お前だけの命ではないと、あと何度言えば分かってくれるんだ?」
...心の底に今も鮮明な、ディアとの忘れ得ない記憶の数々が灯っては消え、その明滅が次第に激しくなって荒波の如く胸に押し寄せる。
生きる時も滅びる時も、ずっと一緒だと。病も傷も、憎悪も怨嗟も呪いも全てを二人で分かち合い、そしていつか必ず二人で幸せになってみせると誓ったではないか。
「お前を救う為なら私は何度でも無茶苦茶をしてやるぞ。限界も摂理もクソ喰らえだ。まぁ、後片付けは手伝ってやれないかもしれないが」
そう啖呵を切って一度大きく俯いたディアの顔の下から、雫が落ち、月光を反射して静かに輝く。
「教えてくれジード...私ではまだ及ばないか...?」
顔を上げた彼女の白銀の右目からは大粒の澄んだ涙が、酷使された左の戦術義眼からは赤褐色の血涙のような流体が滴り落ちて。
ディアの両頬を伝う涙を思わず俺は両手で拭って、拭っても拭ってもどんどん溢れていって、ついには地面に落ちてしまう。
彼女の心の、その一部であった存在が、次々と眼前で消え去っていく。その光景が切なくて、あまりにもやるせない。
よく見れば、装甲生命体の力場を強引に突破した時にできた傷だろうか、ディアの両腕は肘の上あたりまで魔力暴走で酷く焼けただれてしまっている。
ディレクス鋼弾を放った反動で両手の爪は殆どが剥がれ落ち、何本かの指は骨が折れているようだ。戦術義眼も機械眼も絶え間ない莫大なデータ量の弾道演算と空間掌握に酷使され過ぎてとっくに限界を超えて強制スリープモードに移行して久しい。つまり、ディアは今、視力すらも完全に失っている。
「......ディア、愛している。何があろうと、これからもずっと一緒だ。約束する」
「もう決して独りで戦うな。私はお前と共に生きると、そう誓ったのだからな」
今日も冷たい微風が日の没した地平線から夜闇を運んでくる。だが、風の冷たさも、夜闇の深さも、強くお互いの体を抱きしめ合う二人には関係のない事象であった。
月明かりに照らされたその姿は、永遠を誓ってお互いの片翼を補い合う比翼の鳥のようにも幻視されて。




