第五話 雨の誘い
前回投稿から間が空いてしまい失礼いたしました。夏風邪をこじらせたり仕事に忙殺されていたりと色々ありすぎました。ともあれ、続きを投稿できるのは喜ばしい限りです!お楽しみ頂ければ幸いです。
戦況は装甲生命体の介入により大きく動いた。
「さぁ、共に捧げましょう。雨の支配する大地へその命を。雨の慈しむ空にその魂を」
両腕を大きく空へと伸べて訳のわからない台詞を吐いている装甲生命体、識別名“雨に潜む者”の情報を可能な限りアーカイブに照会しつつ探っていく。何でもいい、奴が本気でこちらを殺しに来る前により成算の高い対抗策を練る必要に駆られている。
だが、分かってはいたが情報が非常に少ない。アクセス権限のない機密情報を除けば、戦場で雨が降ると稀に遭遇することのある強力な人型モンスターという程度の表面的な情報しか得られなかった。
「シーカー、現時点をもって一時休戦と共闘を申し出る。共に伝説とやらに挑んでみないか?」
国際共通周波数で開かれた通信回線からは依然として背中合わせになっている術士隊長の、長い戦歴を思わせる壮年の声が聞こえてきていた。装甲生命体というイレギュラーとの遭遇にもかかわらず落ち着いていて、頼もしさの中に確かな勝算を秘めていそうに感じられる。
この申し出は受けるべきだろう。相手がこの非常事態にもかかわらず国家間の対立がどうこう言うような視野狭窄に陥っていなかったことに感謝するばかりだ。
「謹んでお受けする。この装甲生命体を一刻も早く退かせる。短期決戦を狙うぞ」
「あまりこき使ってくれるなよ」
雨は依然として勢いを増しており、足元もぬかるんできている。得体の知れない装甲生命体というモンスターの威圧感と、無為に経過していく時間が焦燥を募らせようとしてくる。
「あれは新月の夜のことでした、盾人の皆で祭壇の前に集って、彼の御方のご尊顔を拝しに伺ったのです」
雨に潜む者の機械音声のような声質の戯曲めいた台詞が聞こえてくる方向、その真逆から無音で殺意もなく豪速で飛来する破壊の光波。それを術士隊長との背中合わせで死角を無くすことで辛うじて防いでいく。
「私はあまりの美しさに息をのみました、ここが、この御方の封印されし場所こそが、紛うことなき世界の中枢であるのだと実感したものです」
だんだんと雨の視界不良の中から的確にこちらに飛来してくる光波攻撃の数が増えてきている。防戦一方で、雨に潜む者の動向がまるで掴めない。
「同時に理解しました。真に強き者達にしか成し得ない崇高な使命が残されていたことを」
雨に潜む者がまだ本気でないらしき今、戦況を動かす一手を切り、主導権を握るべきだろう。
「【帯雷】」
身に纏う戦術機動装甲の拡張機能にアクセスし、魔導回路を再励起、効果範囲内の敵味方を瞬時に識別して追随式の雷撃フィールドを展開する。これにより魔力を帯びた水である魔水で構成されているらしき雨水を周囲半径10メートルほどでも魔力干渉により霧散させて最低限の視界を確保する。そして開かれたその視界の先に垣間見えた影。それ目掛けて一目散に肉迫する為の魔導を瞬時に紡ぐ。
「【迅雷】」
直線的な移動に限れば音速を遥かに越える瞬間速度で一気に疾駆できる魔導だ。並みの相手であれば接近にすら気付かれる前に先手を取れる。しかし相手は実力の底知れない装甲生命体、始めから全力でバスターソードを振りかぶり、畳みかける。
「【雷光斬】」
大上段から一気に地面へと叩きつけられた雷光を纏った剛撃が、確かに装甲生命体の体躯を捉え、大地を強かに穿ち周囲に稲妻の余波をほとばしらせた。だが...
「...よく私にその刃を届かせましたね。そして脆弱な人間にしては吃驚すべきほどに重い一撃です。...それとも、貴方もすでにこちら側に立っている存在なのですか?」
雨に潜む者は余裕のある声音で、しかも片腕を軽く上げた程度の未完成な防御姿勢で正面から先の一撃を受け止め切っていた。その上、魔導をの威力も上乗せされた大剣が直撃したはずの腕にはかすり傷ひとつ見当たらないではないか。背筋が凍るとはこのことか、化け物め。
「貴方は面白いですね、これまで何人殺してきたのですか?どれだけの時を戦いに捧げて、どれほどの破壊に手を染めてきたのでしょうか?私にならその全てを明かしてもいいのですよ。貴方の全てを赦し、全てを受け容れましょう」
「シーカー、先走るな!援護する!」
ギリギリときしむような音を立ててせめぎ合っていた装甲生命体の片腕と俺のバスターソードがややこちら側に傾きつつあるのを見て形勢不利と察したのか、術士隊長が俺を対象に支援魔導を多重展開していく。物理攻撃の運動エネルギーや雷魔導の熱エネルギー、戦術機動装甲の防御性能向上などの恩恵が得られた。
「盾人の誇りにかけて、雨よ偽りの帳を穿て【ディスターブ】」
しかし、少しばかり安堵したのも束の間、片手を天高く掲げた雨に潜む者が発動した桁違いに強力な干渉魔導により、支援魔導の効力が打ち消されていく。
「盾人の信念に誓って、決して我が敵に真理を渡さず【ミラージュ】」
矢継ぎ早に紡がれた膨大な魔導出力を隠しもしない大技魔導により、今度は雨に潜む者の姿と気配、存在感そのものが無数に分裂し、本体と幻影との区別が観測機器上でも全くつかなくなった。
そうして俺と術士隊長が効果のない攻撃を繰り返して疲弊するうちに、俺はいつの間にか眼前に迫った雨に潜む者により大剣と顔面をそれぞれ強かに掴まれ、地面から持ち上げられる形で拘束されてしまった。側方では術士隊長も地面から伸びた複数の影の手によって拘束されているのが見える。
俺の戦術機動装甲の顔面を掴んだ雨に潜む者の手の平が妖しく光り、何かしらの精神干渉系魔導を構築しようとしているようだ。
「あぁ、どうかお見守りください慈雨様。必ずや私達が素養の持ち主を見つけ出し、御前へ連れ帰ります――」
「――させるか!」
――ドゴォン――
――ギィィィン――
「む!?この威力は、いったいどうしたことでしょう」
「ジード!聞こえているのかジード!返事をしろ!」
この声は、ディア?どうしたんだ随分焦っているようだが...だめだ頭がぼやけて状況をよく認識できない...
「クソっ!重徹甲弾の貫通術式付与でも少し凹む程度とは、どんな出鱈目な装甲をしている!」
ディアの放った重徹甲弾は確かに効果的な入射角で装甲生命体の腕を穿ったはずだったが、表面を多少傷つけただけで弾かれてしまっていた。
「いやはやこれはこれは、一度に二人も候補者を見つけられるとは僥倖の一言に尽きます。まとめてご案内致しましょうか」
「...貴様、私のジードからその汚い腕を放せと言っているんだ」
「あぁ、貴女のその複雑怪奇な感情、いや激情の奔流、実に興味深いですね。面白そうなので放さなかったらどうなるのか拝見させて頂きましょう」
(ジード許せ、ここで1発使わせてもらう。アーモリー、一時的に自我を明け渡す、頼んだぞ...)
ディアが感情の無い瞳でおもむろにアンチマテリアルライフルの弾倉を外し、コッキングして薬室内に残っていた弾も排莢する。そしてどこからか取り出した黒い弾丸を装填する。
「ですが、残念ですね。きっと貴女でもこの雨の中では本物の私を狙えないでしょう」
依然として降りしきる豪雨に、雨に潜む者の分身体は常に複数漂っており、それは捕まっているジードの影も同様であった。
「呪いの聖女が願う、全てを在るべき場所に取り戻す為に、宿命に導かれし戦士たちへ帰路を示せ【エーテルリンクスナイプ】」
禍々しく、かつ荘厳で、どこか儚い。義眼と機械眼の両の瞳を開いた神がかり的な照準で、夥しい量の術式付与と魔導回路構築が成された狙撃銃から放たれた極めて特殊で稀有な弾丸。それは装甲生命体が誇る最上級の生体装甲をも貫徹する。その名を、ディレクス鋼弾といった。
――バギャアァァン――
「!?なんと、これほどまでとは...」
ディアの狙撃は並み居る雨に潜む者の分身体をことごとく避け、まるで弾丸そのものが意思を持つかの如き弾道で飛翔し、装甲生命体の両腕肘部を貫通破砕することに成功していた。そうして拘束から解放されたジードが分身体の消えた戦場から術士隊長を救出しつつディアのもとまで戻ってくる。
「かなりの有効打だ!流石だなディア、助かった...ディア?」
ジードが戸惑うのも無理はない、今のディアは高度な狙撃管制の為に主人格をアーモリーに交代しているのだ。だが、その影響はディレクス鋼弾を使用した狙撃により一段と大きく、髪の色が普段の銀髪から黒一色に変じている。
「...そうですか。あなた方の絆は、私では及ばない領域に在るということですね。分かりました、惜しいですが今回はここまでに致しましょう」
雨に潜む者は、本心から惜しいといった様子で、壊れた両腕を広げながら朗々と語る。
「ですが気が変わったならば、いつでも盾人を探し求め、思いを告げ、新たな誓いを立てると良いでしょう。私達は、あなた方をお待ちしております」
そう言い残して、雨に潜む者と呼ばれる装甲生命体は雨の先へと消え去っていき、やがて長かった雨も止んでいた。
雨に潜む者,,,攻撃は苛烈ですが基本的に礼儀正しいやつです。主への忠誠心も強かったりします。
次回更新は一週間後あたりを予定しております。