第三話 会敵
今回からもっと読みやすい長さに区切って投稿します。じわじわと無名の拙作をお読みくださる方がいらっしゃいまして、嬉しいです。有難うございます!それでは続きをどうぞです。
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迷宮中層、通称熱帯林。様々な樹木がうず高く乱立し、気候変動の激しい危険地帯だ。当然モンスターも跋扈しており、この層では生物系モンスターが多くみられる。
そして改めて確認する依頼内容は生物系モンスター複数種からの血液サンプルの採取だ。とはいえ生け捕りにする必要はない、死骸が新鮮なうちに採血すればいい。
持ち帰る血液サンプルは祖国ノヴァ連合の科学者達によって分析研究されるといったところなのだろう。詳しい用途までは一介のシーカーには知らされない、高ランクシーカーへのみ向けられた依頼であるところを鑑みるに、それだけ機密性の高い研究ということか。何にせよ俺達のすることは昔から変わらない。モンスターを屠り糧を得る、ただそれだけだ。
「妙に静かだな」
「モンスターの気配がない、アクティブスキャンをかけるか?」
「頼む」
手元のマッパーに付随する機能の一つに、アクティブスキャンというものがあり、明暗に関わらず周囲一定距離内の地形情報と熱源を感知することができる。欠点としてはスキャンの波形が逆感知され易く、こちらのおおまかな所在が高確率でバレてしまうことだ。だがそのリスクよりもリターンが勝る状況は少なくない。
「...周囲500m範囲内に目立った反応なし、スキャン半径を広げる......!...北西1km先に反応あり、移動している」
「数は?」
「増加中だ、しかも移動速度が速い!それにこの進路....どうやら間もなく接敵する」
「目を付けられてしまったか、迎撃するぞ。おおかた戦意旺盛な敵国の連中に違いない」
想定されるのは当地点から国境線が近いジラーニ共和国の手勢か。主権領域一歩手前の緩衝地帯であっても、侵入すれば重大な領土侵犯と同等の対処をしてくるようになって何年経っただろうか。
かの国の兵士は大半が高度な魔導技術を活用する兵装で全身を拡張改造された生体兵器と言って差し支えない精兵であり、近年では長年互角に渡り合っている宿敵国家のサンアウル帝国特有の機械技術をも鹵獲研究して前線に持ち出してきている。
十中八九国境守備を担う部隊と接敵するであろう状況だ、敵兵の練度と装備の質は全く侮れない。
「虎の子の魔術攪乱装置を起動する。これで付近の魔術そのものの発動と維持を妨害し、いくらか魔導兵装の機能を阻害できるはずだ」
言いつつ手近な大木の陰に隠すように小型化された装置を地面に突き刺すようにして設置起動し、さらにその上に偽装網をかけて極力発見されづらくしておく。
「敵の先頭が見えたぞ!視界不良ではっきりしないが視認数5、レーダーでは10だ。敵の魔導装甲を鑑みるにまだ有効射程距離外、この密林だ、無駄弾は撃たんぞ」
いつの間にか大木の上に登り、狙撃銃のスコープを鋭い目で覗いていたディアがそう告げる。俺のタクティカルヘルムの視界端のソナー表示にも同数の敵が映り込んでいる。
静かに凪いだ湖面を心に思い描き、精神を目前の戦いへと収束させていく。数は相手方が上、だがディアと二人なら負ける気は自然としなかった。劣勢を少しづつ覆す冷徹な戦いを、いつも通り演じるだけでいいのだから。
――接敵まであと300メートル――
「対象を敵性国家所属のシーカー二名と目視で断定、所在はマークした大樹の上とその根元です。交戦規定に則り迅速に排除します」
「数的劣勢の上に実力にも開きがあるでしょうけれど、悪く思わないでほしいわね」
「この領域でも遭遇するとは、シーカーってやつはどこにでも湧くな。いい加減駆除するのにも飽きてきた」
「無駄口はそのへんにしておけ。寡兵といえども迷宮中層まで進出してきているシーカーだ、一筋縄ではいかないと思え」
通信機越しに壮年の男の重厚でよく通る声が女性ばかりの部隊員たちを一瞬で統率する。国境警備任務というのは表向きの話、この地点まで進出してきたのには別の密命があることを部隊長である彼だけが知っている。
そしてこの場所に現れた、普通4名以上の徒党を組むはずなのにたった二人だけのシーカー。何かが今までの一方的な雑兵シーカー狩りとは違う。彼の磨き抜かれた老練の直感が、そう告げて闘争本能に警鐘を鳴らしている。
「ティアレス、ヴィー、ルエ、二人ずつ連れて三個分隊を構成、三方向から半包囲飽和攻撃を仕掛ける。樹上からの狙撃に当たってやるなよ」
「「「了解!」」」
彼我の距離は250メートル。この密林環境では遠距離攻撃は著しく通りにくく、最終的には白兵戦が物を言うだろう。敵の構成はリアルタイム画像解析情報によれば狙撃手と思わしき者が一人と重装機兵が一人、伏兵を何度も警戒して探しているが見当たらない。
おそらく見たままの人数が真実か。並みの腕前の狙撃手ではこの状況で高速滑空移動している防御魔術と魔導装甲に覆われた我々に有効打を与えることは不可能だ。せいぜい無駄弾を撃って悪あがきし、距離のアドバンテージを失うがいい――
――ドゴォン――
重々しく轟いた銃声の直後、信じがたい光景が広がる。木片だ。夥しい量の木片が舞い散っていくその先で一人の部隊員の上半身が消滅していた。
制御を失った魔導装甲の脚部にかかっていた高速滑空移動の魔術が術者を失って途切れ、地面に墜ちて勢いよく横転し無残に転げまわり、一本の大樹に激突して静止すると同時に下半身から溢れ出た臓物と血液が大量に樹の幹に付着する。
一瞬理解が追い付かなかったが、ここで思考を止めれば死ぬと本能で理解している。
「総員視界攪乱術式!敵の弾は樹を貫通してくるぞ!」
戦況に即応してそう命令を下しつつ、冷静に敵を分析する。迷宮製のクソほど硬い大樹はほとんどの実体弾を無効化する盾として機能するはずだった。
しかし実際には大樹を盾に的確に射線を切りつつ高速移動していた部下が仕留められてしまっている。...認めざるを得ない、敵の狙撃手は手練れであり、使用している銃と弾丸も特級品だ。
これほどの相手を前に、同士討ちのリスクと遠距離攻撃の選択肢が減ずるのを嫌って視界攪乱術式を温存するべきではなかった、失策だ――
――ドゴォン――
「隊長!ラフィが被弾!直撃は回避したものの右腕をごっそりもっていかれてます、戦域離脱を指示しました」
「なんなんですかあの狙撃は!迷宮の密林がまるで盾として機能していません!」
「我々の動きが読まれているのか!?まさか」
部隊員たちの動揺した声音が異口同音に告げているのは敵の予想以上の脅威度だ。たった二発で戦況を支配してきた。もはやこれは幾たびも経験してきた雑兵シーカー狩りなどではない。戦争の表象だ。
脳裏をよぎるのは、奪われてばかりだった少年時代の苦々しい記憶の数々。厳格でありながら最後にはいつも優しかった父も、才覚に奢らず努力家であった尊敬する兄も、共に高めあい、背中を預けあった友人たちも。戦争が全員灰も残さず奪い去っていった。
いつも何故か特別ではない自分だけが生き残り、虚無感と厭世観に苛まれ、戦争を心の底から憎悪した。だからこそ、命ある限り兵士として戦い抜くと誓ったのだ。ならばこれ以上、奪わせてはならない。
「総員蒼炎術式用意、役に立たん邪魔な密林を焼き払うぞ!逃げ場と隠れ蓑を奪い、着実に連中を追い詰める。火遊びの時間だ!」
「「「了解!」」」
――彼我の距離、残り100メートル――
小説家になろう初投稿初日を無事に終えようとしております。正直な話、PV数一桁未満を覚悟しつつ投稿に踏み切ったので、少しでも読んでくださる方がいらっしゃるとやはり励みになるなと体感しております。明日以降もできるだけ二日に一回は更新できるように頑張って物語を紡いでみようと思います。改めて有難うございます!