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第二話 シーカー稼業



結論から言おう、リアとナーラが早起きして作ってくれた朝食は旨かった。ディアはいつも通り真顔で淡々と完食していたが、スプーンの動く速度が異様に速かったので気に入ったのだろう。


それにしても昨日はバグマシーンの狡猾な待ち伏せで酷い目に遭った。防壁に詰めてる索敵部隊にはクレームを入れておいたが、今後もこういったことはなくならないだろう。


別に彼ら正規軍の防衛隊とて手を抜いているわけではないと分かってはいるつもりだ。モンスターは年々進化し、賢くなり、凶悪さを増しているのだから。


「ジードさん、ディアさん、本日のご予定は?」


リアが朝食の下膳をしつつ、上目遣いで聞いてくる。俺はディアと軽く目配せをして、既に昨夜決めていた内容を告げた。


要約すると、今日はディアと二人でランクⅥシーカー向けの深い層まで迷宮探索に挑み、依頼をこなしつつ実績と資金を稼ぐということだ。


リアとナーラ用に装備の調達が急務で、金が入り用である。また、実績を適度に稼いでおかなくては有名無実のランクⅥシーカーとして最悪降格されることもある。


今回受注した依頼の概要は迷宮中層におけるモンスター由来の素材収集であり、実質の討伐依頼となる。まだランクⅠのルーキー達を連れて行ける領域ではないので、新米姉妹には別の重大任務を任せておく。というのも――


「あー、悪いんだが俺達が留守にしてる間、拠点の清掃作業を頼めないだろうか」


「はぁ、それでしたら昨日から少しずつ始めてますよ。なんというか、その、あちこち汚いので」


――そう、俺とディアには整理整頓どころか健全な生活を営む技能が備わっていないのである。荒れ放題でジャングルと化した庭、外が着色して見える汚れた窓、足の踏み場もない散らかりきった床などなど、不健全で荒れた刹那的なシーカー生活の産物たる拠点の荒廃が目に余る有様だ。


だって仕方ないじゃないか、孤児の俺達には生まれてこのかた片付けや掃除の仕方など訓練された覚えはないし、戦闘技能以外の教養もない。


俺もディアも身一つを頼みに力任せで迷宮に挑み、日々の糧を得て生きてきた。そこに健全な微笑ましい生活が介在する余地も余裕もなかったのだから。


「お前らはしっかり片付けをしておけ。晩飯の用意も忘れるなよ、くれぐれもな」


「ディア、誰かが作ってくれる晩飯が楽しみだと素直に言えないのか...」


「...勘違いするな、例えジードが許しても、私は半人前どもにまだ気を許したわけではない」


「なんかこうディアは辛辣なこと言ってるが、実は結構気に入られてるから気にしなくていいからな二人とも」


「ジード、いちいち茶化すな。殴るぞ」


「わーこわいたすけてー」


そうこう言い合っているうちに俺達の仲の良さは伝わっていたのか、リアとナーラはくすくすと年頃の少女らしく可憐に微笑んでいたのがどこか印象的だった。



▽▲▽―――――▽▲▽



前回は大人数だったので第3突入口を用いたが、今回は俺とディアだけで別ルートを用いて迷宮へ進入する。この稼業も長くなれば迷宮への裏道の一つや二つ確保できていなければ仕事にならない。


ランクⅢ時代から付き合いの長い迷宮案内人に依頼して、恒常的な突入口とは異なり、変則的に出現しては消滅してを繰り返す細い進入路を迷宮内部に向かって進んでいく。


「ディア、昨日の特異個体だが」


「ああ、あのバグマシーンは少し妙だったな」


「殺し方や眼のゆらぎを見れば殺戮を楽しんでいるのは明らかだったが、それほどの知性がありながら、何故ああもあっけなく仕留められた?」


「そして待ち伏せをしてまで何を狙っていたのか、というのは少々考えすぎか。まさか知性体にまで変異した

モンスターの望みが木っ端シーカーども数十人の命だけというほど無欲でもあるまい」


「...斥候である可能性は?」


「モンスターによる逆侵攻、その尖兵という予想か。一理あるとは思うが、前例がなさすぎる」


「ギルドに詳しく再報告だけしておくか」


「今のところはその程度で静観するしかないだろうな。迷宮で大きな動きがあるならその予兆も掴めることだろう」


「今回はその調査も兼ねるとしようか」


「お二方、そろそろ新しく出現した進入路に入ります。警戒のほどを」


中年の落ち着いた迷宮案内人に言われて前方を覗けば、森林の只中の大樹の幹に深く大きな亀裂が入っており、その中はぽっかりと空いた大穴の如く先が見通せない暗闇になっている。


街からそれなりに離れており、位置的に案内なしではまず辿り着かないであろう辺鄙な場所だ。つくづく迷宮案内人という職人達はよくこういった進入路を先んじて発見できるものだと感心する。


「それではご依頼頂いた案内はここまでです、くれぐれも場所の口外はなさらないようお願い致します。毎度のことながら、それがお二方の御安全にも繋がりましょう。では、お先に失礼致します。どうか無事のご帰還を」


「お心遣い痛み入る。依頼料は指定の口座に送金した、確認してくれ。それではな」


俺が手にしているシーカーコールが数度瞬き、口座間の送金が完了する。今のは依頼達成報酬、もう半分は前金で渡してある。この案内人とはいつもそういう契約だ。


森林の気配を背後に、俺とディアは警戒を強めつつ迷宮に進入する。異界の気配で周囲が満ちていき、やがて迷宮の醸し出す独特の雰囲気に空間が支配されていった。


まずは迷宮最上層の広域に渡る洞窟地帯を抜け出さねば話にならない。ここで出現する主な敵性モンスターは土と岩の身体をもつ大柄な自律人形であり、ギルドではゴーレムと総称されている。


その容貌や形態は多岐に渡るが、獣を模した形状をしたものや人型のゴーレムが多いという。動きが緩慢で隙が多く、知能も低い相手ではあるのだが、その耐久性と純粋な膂力、パワーにだけは注意を要する。


「分かっているなジード、こんな金にならん陰湿なエリアはいつも通り最短で抜けるぞ」


「無論だ、土人形の相手は基本的に徒労だからな」


過去にゴーレムから希少な資源やレガシー級の装備装置などが入手できたという報告は皆無であり、唯一ゴーレムの心臓とも言える魔導石が安価で取引されているのみだ。倒す手間に稼ぎが釣り合わないビギナー向けですらない獲物であり、今回ゴーレムに用はない。


ということで変則的に内部構造が変化し、地図が意味をなさない迷宮内でも通用する特殊な装備を持ってきている。通称〝マッパー〟という高速地図作成ツールであり、起動した時点における一定範囲内一定高度の地形構造を記録してくれる優れものだ。


一応過去に腐心して中層と下層の境界付近で入手したレガシー級未満のいわばエピック級装備なので、この類の装備の存在を秘匿して隠し持っている高ランクシーカーは多いらしい。


マッパーのトリガーを軽く引いて起動し、迷宮最上層の現在の地形図を詳らかにする。それと同時に一部機械化された脳内のプライベートサーバーに最短経路を割り出すのに必要な情報を全てインストールしていく。このプライベートサーバーはディアとだけ共有しているので、これで彼女の視界にも俺のと同じルート設定がなされた筈だ。


「今回の経路は比較的短いな、当たりか」


「あまり視覚情報に頼り過ぎないようにな、上層はトラップの類も厄介だ」


「誰に講釈を垂れている、ジード」


「俺の余計なお節介は今に始まったことじゃない、リアとナーラが同行している場合を想定して練習しておかないとな」


「全く、そこらのルーキーと一緒にされては困る」


「それにディアに怪我でもされたら、俺は自身の不覚を許せない」


「相変わらずお前は責任感が強いな。だが先ずは自分の身を守ることに専念するんだぞ。ジードが傷つくのは、私とて不快なのだからな」


などと二人で仲良くのろけているうちにも迷宮探索は高速で進めており、進路上のゴーレムの排除、トラップの回避、経路の再確認などはほぼ無意識で常に行っている。


目指す先は中層、最上層で足踏みをしている時間はない。高い集中を保ったまま二人の熟練者という少人数編成の身軽さもあり、数十分後には俺達は最上層の洞窟を抜け出し、上層の砂漠地帯へと足を踏み入れていた。



▽▲▽―――――▽▲▽



「ふむ、歓迎のようだな」


「あぁ、砂塵の上り方から計測して直線距離800、バルチャーが十機未満の小規模単種部隊と推測される」


遠方から不自然に荒々しく立ち上る砂塵が敵の接近を告げている。バルチャーはフロート技術により砂漠を超低空飛行で滑空するように高速移動する、上層において頻繁に接敵報告のある小型種の機械系モンスターだ。


数の利と速度を活かした一撃離脱包囲戦を得意としており、バルチャーの数や迷宮に持ち込んだ武器の照準追尾性能などが噛み合わないと痛手を被ることは必至となる厄介な相手だ。とはいえ、俺とディアも今までの上層探索で散々お世話になった連中だ、対処法は熟知している。


「ジード肩を貸せ、対物ライフル直接連続照準だ」


おもむろに長大な射程と破壊力を誇る対物ライフルのバレルを俺の左肩に載せ、照準器を手早く調整したディアは弾倉を安価な通常弾のものに差し替えていた。


「あんな小物どもに徹甲弾は威力過剰だ。満足いくまでこいつを喰らわせてやる」


ディアの義眼化された右目がライトグリーンに煌めき、戦場の風速、狙撃距離をリアルタイム解析で算出して予測弾道をその瞳に描いていく。それが描ききられる前に最初の一発は放たれていた。


―バァン―


遠くの方でそんな着弾音が聞こえた気がする。バルチャーの薄い傾斜装甲と通常狙撃弾が激突した結果、バルチャーがその内蔵物を広範囲にぶちまけることになったと射手に知らせる音だ。


その後も矢継ぎ早に第二射、第三射、第四射までが放たれ、ほぼ同様に機械部品を四散させたところでディアの狙撃が不自然に止まる。


「どうした?」


「羊飼いのお出ましだ」


バルチャーハンドラー、そう呼称される比較的大型のバルチャーは子機にあたる通常バルチャーの指揮系統の上位に位置する機械系モンスターだ。下位のバルチャー達を指揮統率する司令塔としての役割だけでなく、垂直ミサイルやレールガン、プラズマランチャーといった強力な兵装を有していることが多く、その脅威度は通常の小型バルチャーの比ではない。


そのバルチャーハンドラーが二機、多数の通常バルチャーを従えて急速に接近してきている。そしてたった今、複数の垂直ミサイルハッチが開かれ、そこから一挙に垂直上昇してから標的に向かって頭上から襲い来る無数の垂直ミサイルが斉射される。上層砂漠地帯名物とも言える大層なご挨拶だ。


「ミサイルは任せろ、狙撃に集中してくれ」


「そのつもりだ、防御は頼んだぞ」


バルチャーハンドラーにシーカーが遭遇する事例はそれほど多くないらしいが、ディアとの熟練の連携があれば万に一つも負ける気がしない。


俺は迷いなく高出力エナジーシールドを大盾の上に重ねるように拡張展開し、その効力範囲を適度に広げる。更に胸部に吊り下げていた小型筒状のチャフフレア放出装置を2本起動し、上空へと放り投げた。次の瞬間にはそれぞれの放出装置から夥しい数の小さい高熱源体が四方八方へと投射され、それらが効果的に垂直ミサイルの熱源感知を搔き乱してあらぬ方向へと進路をとらせる。


こうして垂直ミサイル群の大半が標的を見失ったところで、残りのミサイルもエナジーシールドに衝撃ごとその威力を吸収相殺され、垂直ミサイル群の猛攻はあっけなく熟練シーカーの片割れによって対処されていったのだった。


「右の個体から片付ける」


そう短く告げたディアがいつのまにか徹甲弾の弾倉に差し替えられている対物ライフルを片膝をついた姿勢で構え、一瞬の照準で狂いなく発砲する。


だが、その徹甲弾は標的であるバルチャーハンドラーを射貫く前に射線上に割り込んできた複数の小型バルチャーによって身を挺して防がれ、軌道を逸らされてしまう。


「砂漠のハイエナ風情が、小賢しいな」


咄嗟の即応を見せたバルチャーの指揮連携の高度さよりも、俺にはますます不機嫌そうに呟くディアの冷酷な声音のほうが恐ろしかった。


―ドゴォンドゴォンドゴォン―


速射に切り替えられた鬼気迫る狙撃はまるでバルチャーの接近を許さず、スクラップの山を遠方に築いていく。


この状態に入ったディアを止められるモンスターは上層には存在しないと、俺は断言できる。


研ぎ澄まされた集中、高度な狙撃演算、洗練された手さばき。拡張弾倉を交換する頃には小型バルチャーの大群は10機未満にまで大きく数を減じていた。


そこで堪らずといったところか、バルチャーハンドラーが機体側面に備え付けられたスモークディスチャージャーを起動し、広域に煙幕を展開してくる。


「私の眼は、その程度の煙では欺けない」


おもむろに眼帯を外したディアの機械化された左眼が露わになる。かつて数度に渡る大手術の末に彼女の視神経と接続された戦術兵器があった。


大迷宮で産出されたその義眼は、物体を透視するばかりでなく戦場を常に俯瞰するかのような空間掌握能力をその脳髄にもたらす。


ディアが隻眼の射手という異名で畏れられる理由の真髄が、まさしくこの稀有な戦術義眼とそれを使いこなす熟練の技量に集約されている。


「ここだな」


そう確信を込めて呟いた歴戦の狙撃手は、引鉄さえも精密に引き絞り、哀れな標的に引導を渡す。二機のバルチャーハンドラーの不規則な高速移動の軌道が重なる一瞬、その一瞬に弱点であるコアブロックを二機同時に正確に射貫く妙技。


戦いはその一撃で終局を迎える。


「手間取ったな。残敵を警戒しつつ先を急ぐぞ」


砂塵の中に駆け去っていく二人の背後には、残骸となった砂漠のハイエナ達が転がるのみ。



▽▲▽―――――▽▲▽


第二話まで投稿して本日の更新はここまでとさせて頂きます。ご閲覧頂き誠に有難うございます!

もし宜しければ、頂けるとモチベーション向上に直結しますので、評価や感想などお待ちしております。

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