第一話 迷宮と現実と
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明朝、シーカーギルド併設の買い取り所では大迷宮探索で回収搬送された迷宮産の希少資源や装備装置といった類のものを鑑定解析し、用途を明らかにし、売却可能な物品に関しては然るべき価格で買い取りがなされる。今朝は昨夜持ち込まれた比較的損壊状態の悪くないアークリアクターが高値で取引されているのが見えた。
ギルドのカウンターで据え付けのタッチパネル式端末を操作し、シーカーランクごとに細分化された今日の依頼の数々にまずは目を通すのが、俺に限らず全シーカーの日課と言えよう。
ギルドが斡旋するそれらシーカー向け依頼の数々から自身のシーカーランクや危険度や報酬を勘案して受注する依頼を決定し、仕事に取り掛かるのがシーカーの基本的なルーチンである。
俺は昨日数日間に渡る依頼を完遂したところだったので、今朝は傍らのディアと並んで端末を閲覧し、次に受注する依頼を吟味していたところ、胸元に括り付けるようにして携行していたシーカーコール(シーカーランクⅢ以降の中堅シーカー以上に支給される携帯端末)に着信がきた。このシーカーコールの耐久性重視の無骨なデザインと独特なバイブレーションが気に入ってたりする。
「新人の教導の要請だな。ギルド直々の推薦依頼で、実入りは良いほうだが...」
「またか...我々もそういう立場になったということだな。相手によっては下手な討伐依頼よりも難易度が高くなるというのに」
「因みに先方のランクはⅠで、迷宮内での実戦形式をご希望だ」
「今から頭が痛いな」
教導とはまだシーカーになって経験が浅く、ついでに日も浅いこともある駆け出しシーカーに大迷宮探索のノウハウを先達が各々の方法で仕込む、という主旨の依頼であり、信頼と実績のあるシーカーランクⅢ~Ⅵの中堅~上級シーカーにギルドが推薦する形で舞い込むことが多い。
要はギルドによる増えすぎた新人シーカー育成の実質の放任であり、教導中に新人シーカーがPTSDで廃人になろうが身体欠損しようが責任は新人側にあるという暗黙の了解がある。
「集合場所は?最低でも受注前に顔合わせが必要だろう」
「そのへんの交渉は俺達に任せるってよ」
「折角の信頼と実績も重荷にしかならんな」
「全くだな。...シーカーオフィスの個室を予約した、そこに件のルーキーを呼ぶよ」
そのまま不確定要素の多い今日の依頼に漠然とした不安と懸念を抱きつつギルドカウンターを後にした俺達だったが、ギルドから出たところで突如呼び止められることになった。
「あのー、すみません!シーカーオフィスのルーム113を予約された方々でしょうか?」
正面からパタパタと俺達に向かって小走りしてきた若年の二人組は、まがりなりにもシーカー風の出で立ちをしており、同業者であることが判る少女達であった。
アサルトライフルを背負った長髪を両端で結んだ大人しそうな子と、エナジーブレードを二本腰に佩いたショートヘアを肩口で切りそろえている快活そうな子だ。
彼女らを一目見た俺の感想は駆け出しシーカー見習いといったところで、精々ランクⅠの前半に届いていれば及第点であろうという程度。戦闘面では貧弱な装備的にも到底期待できないが、資源採集の補助と荷運びくらいには彼女らの纏っている身体のラインがくっきり出るデザインの薄手の安価なパワードスーツベースの性能的に役立ってくれるだろう。
...という内容の思案を数秒で済ませ、傍らで同じ結論に至り渋い顔を隠そうともしていないディアに目くばせしつつ俺は返答する。
「そうだが、君達が教導依頼をしてくれたのかな?」
「はい!本日はご教導宜しくお願い致します!」
そう笑顔で元気一杯に言うが早いか二人揃って直角に一礼してくる。礼儀正しくて断り辛い。気が付けばシーカーオフィスのルーム113の中でブリーフィングテーブルを囲んでしまっている。いや、状況に流されてはいかん。いかにシーカー業界で非常に稀少な、いかにも可憐で純情そうな少女達に予期せず遭遇したからといって甘やかすわけにはいかない。
横で不機嫌そうなディアの視線が刺さって痛い。そう、何を隠そう俺はこういう良い子そうな少女の扱いが苦手なのだ。
「...ゴホン、まず聞かせてほしいんだが、何故シーカーになったんだ?」
「私達は姉妹でして、両親は優秀なシーカーでした。それで跡を継ぐことにしたんです。あっ、両親は数週間前に迷宮探索中に亡くなりました」
「...それだったら正規軍に入隊したほうが安全だろうし、安定した収入が得られたんじゃないのか?」
「軍隊で厳しい軍法と規律に縛られて生活するよりも、自由に大迷宮を探索してみたいと思いました。最近は前線の戦況も厳しいと聞きますし...。貯蓄は今の装備を整えるのに使い果たしまして、両親の遺産も色々あって親戚に全て取られてしまいました」
「...分かった、えー、あー、君達の名前は?」
「こっちが妹のリアで、あたしがナーラです」
「...因みに聞いておくが、今回の依頼料はどう工面したんだ?」
「初心シーカー割引制度と、あとの二割は借金です」
「...マジかよ」
詰んでる。この子達多分というか絶対借金返せないだろうし、迷宮舐めてるから死ぬだろうし、身寄りもなさそうだし弱そうだし頭悪そうだしetc...
「ジード、私は決めたぞ!」
そこで思考のるつぼに嵌まって抜け出せなくなりかけていた俺にディアが助け船を出してくれた。
「こいつらを徹底的に鍛えて死んでも死なないシーカーにする」
「わぁ!ありがt「誰が貴様に発言を許した!!」」
心底嬉しそうに感謝を述べようとしたナーラの言葉をディアの凄まじい剣幕が叩き潰す。ナーラとリアが瞠目して硬直する。流石はランクⅥシーカーの恫喝である。
「いいか!これから貴様らは私の許可なしに喋ることも喰うことも寝ることも許さん!シーカー稼業を舐め腐った性根を叩き直して、シーカーになろうと安易に足を踏み入れたことを一生後悔させてやるから覚悟しろ!このクソ餓鬼どもが!返事はどうした!」
「は、はぃぃ「違う!シーカーと腹の底から叫べ!」」
「し、シーカ「声が小せぇっ!!」」
「「シーカーっ!」」
なんか俺そっちのけで軍隊の教練みたいなの始まっちゃった。どうしよう。俺もこれやるの?あ、ディアが睨んでる。分かりました俺もやりますそうします。
多分ディアもこの子達に死んでほしくないと思ったんだろうな。でなければこんな割に合わない依頼断ってるし、受けたとしても適当に流してる。ここまで本気になることもない。
仕方ない、俺も世話焼きジードとか言われてるくらいだし、少しくらい甲斐性を見せますか。まずはモンスターの怖さを教えるところから始めようそうしよう。
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大迷宮の突入口の位置は各国家によって厳重に把握・管理・警備されている。というのも、各国家は大陸の地下で大迷宮を通じて全て繋がっており、大迷宮の出入口が即ち他国への侵攻路になっているからだ。よって、大迷宮へシーカーを送り込むのは国家の軍事に密接にかかわっており、大迷宮から産出される稀少資源やレガシー級の兵器・装置は他国との軍事的パワーバランスを左右する都合上シーカーの出入りや収穫は厳密に記録管理される。
とはいえ、あまりにも融通が利かないとシーカーの数が減り、軍事的資源の産出も減ってしまう為、シーカーギルドと正規軍は大迷宮へのアクセス権限を折半して運営することとなっている。
そして今俺達は新人2名を加えた4人分隊で当国家ノヴァ連合の保有する第3突入口の前に並び立ち、装備の最終点検をしている。
「実戦は初めてか?」
有事の際には正規軍の大型戦車や人型機動兵器や無人兵器の類も通行できるように整備されている巨大なメインゲートの前では数多くのシーカー達が臨戦態勢を整えており、これまで夥しい数の未帰還者を出している大迷宮へのゲートが開くのを、ある者は緊張した面持ちで、またある者は好戦的に微笑んで今か今かと待機していた。
ゲートの周囲の防壁には多くの正規兵が常駐しており、今は開放直前のゲートの先へ向けて多数の銃火器や重粒子砲や重機関砲が照準を合わせている。
その異様な喧騒と熱気と緊迫が支配する空間において、新人のリアとナーラは完全に萎縮してしまっていた。
「は、はい」
「過去にはゲート開放と同時に迷宮から強化個体が急襲してきて、ゲート前に詰めてた奴らが皆殺しになったこともあったらしい。警戒を怠らず、迅速に行動しろ」
大迷宮の中は異世界であると言っても過言ではない。その異界を隔てる重厚なゲートが今まさに開かれようとしている、俺も毎度のことではあるものの、この緊迫感には未だに慣れない。ディアはゲートの向こう側を静かに睨み、集中を高めているようだ。
「ゲート開放まで30秒!祖国ノヴァのシーカー部隊に主神の御加護を!」
「「「主神の御加護を!」」」
「無事の生還を祈る!」
「生きて帰って来いよ、クソったれ共!」
「レガシーを持ち帰って伝説になれ!」
ゲート開放間近になり、3方のうず高い防壁に詰めている正規兵達や整備兵達が口々にシーカー達に声援を送ったり無事を祈ったりする声が出始めた。
微笑ましい光景だが、ここで俺も決意を新たにしなくてはならない。リアとナーラは絶対に生かして連れ帰る。それが依頼を受けたシーカーとしての矜持だ。
分厚い三重のゲートが目と鼻の先で段階的に開いていき、その先にぽっかりと空いた穴のような暗闇が見え始めた、その時だった。
「来るぞ」
耳元でディアがそう囁いた気がした時にはもう遅かった。俺はほぼ反射的にリアとナーラの上に覆いかぶさるようにして身を伏せた。
その頭上を何か大きな物体が豪速で滑空していったのが分かった。
――肉と骨が千切れて砕ける音がした――
振り返れば、両隣に立っていたシーカーの上半身が無い。背後の防壁の中腹に細長い岩のような物体が激突してめり込んでいた。
「ジード!何をやっている、早く立て馬鹿者!」
ディアが近くでそう叫んでいる気がして、条件反射的に左腕側面のラージシールドにエナジーフィールドを重ね掛けし、両手に大剣をやや斜めに構えて立ち上がる。
目の前の暗闇から、太い重機のような腕が4本、開きかけのゲートを内側から掴んでこじ開け、深紅の単眼が3つ、更に4本の脚部がゲートの隙間からせり出してくる。
それは大型の異形であり、大迷宮が産み落とした狂気の重機兵であった。ゲートの向こう側でスリープモードで待ち構えてレーダー網を搔い潜り、ゲートが開くのを待ち伏せしていたのだろう。知能の高い迷宮下層のモンスターがこうした奇襲を仕掛けてくると聞いたことがある。そしてゲートの開放に合わせて巨石を投石してきたということだ。
「推定、バグマシーン!シーカー部隊、応戦して時間を稼げ!」
「無理だ!こんなもんどうすれべぉあぅっ」
防壁の管制塔からシーカーコールに緊急任務連絡が入ると同時に、目の前で一人のシーカーが巨大なバグマシーンの剛腕で殴り飛ばされ、宙を高く舞う。
頭から落下した彼の首からゴギッと鈍い音が響き、ビクビクと痙攣して動かなくなったので絶命したことは誰の目にも明らかだった。周囲に悪臭が漂い、それがこの場に撒き散らされた大量の血液と死体から漏れ出た排泄物の臭いであることに気付いて吐き気を催す。
冷静に考えて、状況は最悪だった。バグマシーンは迷宮下層の領域で出没するランクⅤ以上の上級シーカーにしか対処できないとされている難敵だ。
巨大で俊敏で剛力で耐久性も高く、視野が広いので四腕四脚を活かした隙のないトリッキーな攻撃を繰り出してくる。しかも今は3方を防壁に囲まれてシーカー達には退路がなく、ゲート前の限られた空間で正規軍の増援到着まで持ち堪えなければならない。
リアとナーラにはこれでもう説明するまでもなく解っただろう。シーカーは栄誉に満ちた自由な冒険者などではなく、時にモンスターに屠殺されるただの肉塊に過ぎないのだと。
「リアとナーラは下がってろ、邪魔だ。俺とディアで片付ける」
また一人逃げようとした男性シーカーがバグマシーンの脚に腹部を踏みつぶされ激しく吐血しつつ絶命し、果敢に立ち向かった女性シーカーもバグマシーンの四腕に四肢を掴まれ、そのまま四肢を千切り取られて地面に落下しあまりの激痛と流血に獣の如く絶叫している。頭部を掴まれたまま全身を持ち上げられたまた別のシーカーはバグマシーンの剛腕を必死に叩いて抵抗するも虚しく頭部をグシャりと握り潰されて動かなくなった。
「ジード!脚から吹っ飛ばすぞ!合わせろ!」
「了解だ!」
ディアの武装は装甲貫徹力に特化した対物ライフルであり、幸いなことにバグマシーンのような機械系モンスターとの相性が良い。この状況を想定していたのかもしれない。
以前から幾度となくこういったディアの機転に救われてきた気がする。ディアが腰を落として、俺の盾の背後で堂に入った狙撃姿勢をとると、照準は一瞬だった。
―ドゴォン―
凄まじい銃声とマズルフラッシュの直後にバグマシーンの太い右前脚が中ほどから千切れ飛び、緑黄色の液体が撒き散らされる。バグマシーンの血液なのだろうか。
突然軸脚を一本失い大きく体勢を崩したバグマシーンに向かって、戦術機動装甲のブースターの推進力で高速接近した俺は正中に構えた大剣へのエネルギー供給を一時的に極大にして切断力を向上させ、勢いよく振り下ろしバグマシーンの右半身を両断することに成功した。緑黄色の返り血が派手に飛散する。
「ジード!距離をとれ、機銃掃射だ!」
ディアの悲鳴のような警告に即応して戦術機動装甲のブースターの逆噴射でバグマシーンから大きく距離をとると同時に、3方の防壁から一斉に猛烈な機銃掃射が始まり、俺はディアとリアとナーラをラージシールドを拡張展開して守りつつ砲火が止むまで耐えるしかなかった。
正規兵達による機銃掃射が終わった時、防壁とゲートの間の突入待機場で生き残っているシーカーは4人しかいなかった。俺の分隊だけ、ということだ。
当初は30余名いたはずなのだが、バグマシーンの待ち伏せに低ランクシーカーばかりの突入部隊で当たればこういう結末になるのだ。
あと少しリアとナーラを庇うのが遅れていれば生存者は2名にまで減るところだった。そう考えれば大したビギナーズラックである。
「シーカー、バグマシーンが沈黙した今、このまま突入を続行することも可能だが、どうする?判断は任せるぞ」
防壁の管制塔からシーカーコールにそう通信があったが、俺は惨劇を目の当たりにして憔悴し切っているリアとナーラの状態を見て、
「いや、今回はリスクが大きくて割に合いそうにない。撤退する」
そう告げてその日の散々な迷宮探索を打ち切ったのだった。
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「よく生き残ったな、偉いぞ~よしよし」
「あの程度で足がすくんで何もできなくなるようでは先が思いやられる、甘やかすなジード」
バグマシーンの撃破貢献の功績が認定されて俺とディアにはそこそこの臨時収入が入ったので、今日の探索を当てにして今晩の宿代もないというリアとナーラを、俺とディアが共同で購入していた拠点に当面は居候させることにした。
シーカー稼業は常に不確定要素と致命的なリスクに満ちている、そのことを初回探索で理解できただけでも新人二人にとっては良い経験になっただろう。ディアは相変わらず辛辣だが、俺は新人二人があの状況でパニックを起こして余計な手間を増やさなかっただけでも上出来であり、肝が据わっていると評価している。特に貢献自体はしていなかったが、最低限のポテンシャルは感じられた。
「あの、ごめんなさい、あの時何も力になれなくて」
「すみませんでした」
「謝るくらいなら強くなれ、特訓だ」
「まぁまぁ、二人も精神的な疲労が大きいだろうし、今夜くらいは休ませてもいいだろう。ほれ、腹減っただろ?旨い携行糧食あるぞ」
「仕方ないか...ジード、少しは気を利かせて手料理のひとつでも作れるようになれ。今晩は私が作るが、明日からは料理はリアとナーラの仕事だ」
「!...任せてください、料理でも雑用でも何でもします!」
「あんまり戦闘訓練以外で消耗させないでくれよ、ディア」
こういう経緯で拠点に居候が増えるのは別に初めてのことではない。一人前のシーカーになって巣立っていったり、探索中に戦死していなくなったり。
そんな別れが今まで幾度となくあったので、今回リアとナーラを受け入れることに抵抗がなかったのだ。
しかしそういった経験を経ても俺とディアは人付き合いに不器用なところが多々あるので、未だに他人と共同生活することに不安は絶えない。
「...土の味がする」
「見た目もまるでゲロのようだ」
「異臭が漂っています...」
実際、今晩ディアの作った手料理?は壊滅的な出来だった。本人は真顔で完食していたのでどう感じていたのかは判らないが、少なくともディア以外は顔を顰めてディアの作った謎の流動体を胃に流し込む苦行に従事せざるを得なかった。
リアとナーラの調理スキルがディアよりも高度であることを祈るばかりだ。