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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

博士の獣人学

作者: 吉見 紺

 閉鎖的な小国に生まれた私は、子供の頃から広い世界を見たいと思っていた。

 憧れは世界有数の貿易国家であり、国民の7割が獣人という人種の坩堝(るつぼ)のホラント王国。この国を知ってからは、人間しかいない自国がとても息苦しいものに感じ、大人になったらホラント王国に住むと言い続けていた。

 大人たちは子供の夢だと思っていたようだが、成長しても気持ちは変わらず、憧れは募るばかり。幸い勉強は得意だったこともあり、両親も認めてくれたことから、ホラント王国の留学生の受け入れが多い学園へ入学することができた。


 そして、そんな憧れの国での留学2年目に入った。

 本で読んでいたとはいえ、最初は顔まで獣の姿そのままの獣人に会うたびいちいち驚いていたが、それは1ヶ月もすれば慣れた。難しかったのが食事の違いや、母国語ではない言語での生活。1年過ごしてようやく慣れてきて、なんとか周囲を気にする余裕が出てきた今日この頃。

 学園のカリキュラムも、全員同じことを学ぶ基礎学は終了。これからは自分の求める学問を追求せよと単位制になった。初回は登録せずとも受講できるので、実際に受講して興味をもった講義を選ぶことができる。

 何を選べばいいかと悩んでいたが、講義リストから「獣人に慣れていない留学生におすすめ」と書かれていたテュルプ博士の獣人学を受けてみることにした。


 この講義は人気があるらしく、100人は入りそうな広い教室が指定されていた。

 開始時間10分前だが、もう席は7割ほど埋まっている。見た限り、獣人はいないようだ。この国に来て、こんなに人や亜人ばかりが集まっているのは初めてで違和感しかない。

 軽く探してみたが友人は誰もいないようなので、空いていた前の方の席を選び座って待っていると、授業開始の鐘と同時に前のドアから背が高くヒョロリとした印象の獣人が入ってきた。

 テュルプ博士は黒豹の獣人と聞いていたが、なるほど黒髪である。耳と尻尾がそれらしいが、他は人の形のままだ。痩せ型で片眼鏡をかけ、神経質な研究者といった印象を受ける。

 彼は教壇の前に立つと、軽く咳払いをしてから話し出した。


「こんにちは、獣人学を受講希望してくれてありがとう。私はニコラウス・テュルプと申しまして、獣人、なかでも番について研究をしております。

 この講義では、獣人のなりたち、獣性の違いや変化について。また、私の研究内容である番についてをわかりやすく伝えていきます。

 留学生はもちろん、この国に住んでいても、亜人族や人族の方は意外と獣人族について知らないことも多いはずですよ。

 一般的に、獣人は他の種族から理解が難しいと言われますが、獣人といっても社会生活を営む人型の生き物です。基本的なことは他の種族と大きく変わりません。

 とはいえ、エルフが鉄をあまり好まないとか、ドワーフは乗馬が苦手だとかと同じように、良き隣人として覚えておいた方が良い獣人の特性があり、もととなる動物の違いでそれぞれにとっての禁句、禁条が異なるというのが、理解が難しいと言われる原因でしょう。

 この講義を真面目に受講してもらえたら、この国での獣人関係での小さなトラブルは格段に減ることをお約束します。」

 

 テュルプ博士は神経質そうな見た目の印象とは異なり、表情豊かで外国人でも聞き取りやすいはっきりとした発音で話してくれる。助かる。


「獣人族について詳しくない方に最もよく聞かれるのは番について、ですね。

 番というのは獣人特有の感覚です。御伽話(おとぎばなし)では、一目見た時から惹かれ合う運命の相手〜!なんてロマンチックな説明をされてたりしますね。

 留学生の方なんかはこの説明を信じている方も多いのでは?」


 博士は学生をぐるりと見渡して反応を確認する。予想通りだったのだろう、軽く頷くと続きを話し出した。


「番とは、簡単に言うと遺伝子的に相性が良い相手ってことです。我ら獣人は、そんな相手は好ましい匂いとして感じられるんですよ。

 ですから番は運命の相手なんてロマンチックなものでもないんです。なんせ相性が良いってだけなので、複数いるもんです。学園に通っていたら大体数人に出会えます。

 ん?そうです、私も妻とは学園で出会いました。それはもういい匂いがして、予定を忘れて匂いの相手を探したことを思い出します。探した先には絶世の美女がおりましてね、彼女の周りが輝いて見えて、目が離せなくなったものです。

 え?見たいのですか?だめです、興味本位で見られたら妻が減ります」


 いつの間にか満席となっている教室内から笑い声が響く。一方的に話すのではなく、適度に学生の反応を求め飽きさせない。彼の講義が人気なのも納得である。


「ま、そうして交流していく中で、趣味や性格でも相性の良い相手を見つけて婚姻するのがよくある流れですね。

 そうそう、ごく稀に、とてつもなく遺伝的な相性が良いのに、絶望的なほどに感覚、性格が合わないことがあるんです。離れたいのに番が魅力的すぎて離れられず、悲劇的な結末を迎えることもありました。

 …はい、2列目のピンクの服のドワーフのあなた、どうしました?

 ええ、そうですライオン獣人の彼もそうですね。少し昔の話ですが、ご存知でしたか?

この学園の生徒でしたからご存知の方もいらっしゃるでしょうね。」


 博士は眉を下げ、悲しそうな、困ったような顔をして言った。


 「そうですね…本筋とは離れますが、本日は初回で簡単な説明だけのつもりでしたし、いいでしょう。残りの時間はその悲劇についてお話しします。

 男の方をAくん、女の方をBさんとしましょう。2人は珍しく違う獣人でした。大体は同じ種類の獣人同士惹かれ合うもんですがね。

 Aくんはライオン、Bさんはヒョウ。違うとはいえ近い種でもあったからか、出会ってすぐ恋に落ち、2人は交流を深める前にすぐに恋人関係になったそうです。

 えー、わかる人はわかりますね、このようにお互いが強く惹かれ合うのは獣性が強いことが多い。AくんもBさんも最も獣人らしい見た目である獣面の持ち主であり、もともとの生態が性格として強く出てしまうタイプでした。


 説明しますと、獣人は見た目と獣性が比例します。私のように耳と尻尾くらいですと、人族と違うのは夜目が効くこと、番への感覚があること。それくらいです。いや、身体能力も人族よりは高いかな?

 しかし、手先足先も毛皮をもつものになると格段に身体能力が上がります。また、全身に毛皮、さらに獣面となると、力は人族が10人束になってかかっても全く敵わない。

 そして、生態元となる動物と感覚が近くなるわけです。たとえば元の生態が夜行性ですと、昼間はひどく眠くなるし、夜間の方が格段に能力が上がるのです。」


 なるほど夜間警備にヒョウやジャガーなどのネコ科獣人が多いのはそのせいなのか。しかしそうすると夜行性の獣人は昼間に学校に通うのが大変そうだなぁ、などと心配してしまう。


「さて、AくんとBさんに話を戻しましょう。

 あくまで動物についての説明ですが、ライオンは社会的な動物で、かつ群れを作ります。1〜3頭くらいのオスに対しメスが複数、いわゆるハーレムですね。そして群れを作った場合、オスの姿が目立つからかメスが狩りを行うことが多いです。

 対して、ヒョウは基本単独行動であり、繁殖期のみ伴侶を作り子孫を残します。

 もうこの時点で悪い予感しかしませんよね。

 同族同士なら、生活の仕方、習性について親族を見て知っているし事前に話し合うか、自然と受け入れるかしてしまうのですが、今回は違う種族だったことから悲劇が起こりました。」


「えー、AくんとBさんは、出会ってすぐに恋人同士となり、一緒に暮らすようになりました。生活を共にすることでAくんは彼女を群れの一員と…考えてしまったんでしょうね。

 日々、家事や課題をBさんに任せて寝て過ごし、その分元気な夜はBさんの体にばかり夢中になりました。

 Bさんは負担が大きく不満は募るものの、何せ相性は良い。別れる決意ができないまま1年ほどで子供ができました。

 獣性が強く体力があったためBさんはここまで頑張ってこられましたが、さすがに子供ができたなら体のためにも今までのような生活はできない。そう告げた数日後、AくんはBさんとの家に、別のライオンの女性を2人連れてきて一緒に暮らそうと言ったそうです。Bさんが安心して赤ちゃんを産めるよう、その間Aくんの相手をする女性も必要だし群れを作ろうと。

 そう言われたBさんは激昂し、2人の女性を薙ぎ払い、Aくんの喉笛を噛みちぎり、近くの公園のアカシアの木の上までA君を引き上げて惨殺してしまった、という話です。」


 思った以上に激しい結末に鳥肌が立った。いやこれで獣人に対して偏見を持ったりはしないけど、力の強い相手が我を失ったら、というのは正直怖い。

 生国では獣人は感情的だと言われていたけれど、この国で過ごしてみて人間よりもよっぽど理性的な種族だと感じていた。それは、もしかしたら力をコントロールするために理性的であるよう育てられているのかもしれない。


「彼女はそれまでの生活で過労気味であったことや、妊娠中で精神が不安定だったことなどから極刑は免れました。

 出産後は子供に会うことなく、獣性を抑える処置…これは獣人にとってはとても屈辱的なものなのですが、これを受けて30年の労役を課せられました。

 極刑にすべきだという声も多く、かなり世論が分かれたのですが、ライオン獣人の女性たちからのBさんへの同情の声がとても大きかったことから、この形でまとまりました。

 ライオンの女性たちこそ、ハーレムに思うところがあったのでしょうね。同じ種族で固まって村を作っていた時代ならいざ知らず、200年前にはすでに街には草食肉食の獣人が入り混じり、亜人たちも住み、価値観は変容を始めました。

 この事件があった当時は既にハーレムを作る獣人でも一夫一妻の方が多数派で、ライオンの夫婦でもほぼ半数の家庭が一夫一妻でした。

 そしてこの事件をきっかけに、交際前に結婚後の生活の希望について話し合うよう推奨され、今では殆どの獣人が交際前の確認をするようになったのです。」


「同じ種族同士だとて、生まれ育った環境が違えばお互い居心地の良い暮らしを営むのに相互理解という努力が必要です。

 どんなに相性が良かろうが、相手の種族が違う場合は基本となる生活習慣、感覚が大きく異なる可能性が高いのです。

 皆様はどうか違和感を覚えたならうやむやにせず、言語化してください。相手との対話!対話を大事にしていただきたい。

 そして、どうしても意見の擦り合わせができない場合はきちんとお別れすることが大事です。

 もし、別れてもらえないという場合は、我が校にも相談室がございます。どうか学生課に問い合わせてくださいね。」


 確かに、生国で結婚した姉の愚痴を聞いているとよくわかる。シーツやバスマットを毎日洗うか

どうかとか、些細なことで喧嘩になるとか。これも生活の感覚だよね。


「あ、そろそろ時間ですね。

 これにて初回講義を終わります。次回は実質の初回として、獣人の成り立ちからお話しします。

 もし気に入ってくれたなら正式に登録してくれると嬉しいです。」


 テュルプ博士はニコニコと笑いながら教室を出て行った。


 なかなか興味深かったので、この講義を正式に受講することにしよう。次回が楽しみだ。

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