最終話 勝負のゆくえ
「では料理も運ばれてきたことだし、今度は味をみてみようではないか。まずは噴火ハンバーグから」
店長が進行をすすめる。
シャオミンはナイフとフォークを使ってハンバーグを切り分けた。
(こ、これは何? ハンバーグの中に何か入ってる)
シャオミンの表情が変化したのに気付いたバードが解説を始めた。
「気が付いたようだね。そう、ハンバーグの中に入っているのはパン。通常パンとハンバーグの組み合わせで思いつくのはハンバーガーだが、私は肉が大好物でね。だから肉とパンのバランスを逆転させてみた。これなら肉好きも納得。もうハンバーガーの肉をダブルにするなどという無粋なことはさせないよ」
見たこともないハンバーグに懐疑心を抱くシャオミンだったが(マズければマズイで返って好都合なのよ)と、彼女はパン入りのハンバーグを一切れ口に運んだ。
目を見開くジャスミン。
(な、なんて美味しいハンバーグなの!? 噛むと肉汁が溢れてくる。そうか、これはパンにしみ込んだ肉汁ね。鉄板にこぼれるハズの肉汁がしっかりとパンに吸収されているのよ)
「お、美味し……」
思わず言いそうになったがなんとか踏みとどまった。
「お、美味それと言うことか分からないけど、見た目がイマイチね。センスが無いわ」
チラリと横を見ると、陸がハンバーグを美味しそうにムシャムシャと食べている。
(マズイ、マズイことになったわよ。このままではでは陸が「美味しい」と言ってしまう……。そうだ、あの手があったわ!)
「ハンバーガーと言えばケチャップとマスタード。これは世界の常識よね。さあカンフーガールズ、陸君のハンバーグにケチャップとマスタードをかけて差し上げて」
「はーい」
黄色い声で返事してケチャップとマスタードを取りに行くカンフーガールズ。
(フッ、これでどんなにいい肉を使ったハンバーグであっても、二流のファーストフードに格下げね)
ニヤリと口角を上げるシャオミン。
数刻後、調味料を手にしたカンフーガールズが戻ってきた。
「お待たせしましたー。ケチャップとマスタードでーす」
ガールズが陸のハンバーグにケチャップをかけようとしたとき、衝撃の事実が発覚した。
皿の上にはハンバーグはおろか、付け合わせの人参まで無かったのである。
陸はハンバーグを口の中でモグモグさせながらこう言った。
「シャオミンさん! これ最高っすよ! めちゃめちゃ美味しい!!」
それを聞いたシャオミンは、眉をしかめながら蚊の鳴くような声で陸をなじった。
(まったく、口に物を入れながら喋るんじゃないわよ。何が「最高っす!」よ。しかも、何? なんか食べるの早過ぎなんですけど。ここはネイサンズの大食い大会会場じゃねぇっつうの)
「何か言いました?」
「いいえ! 何も!」
上目遣いに陸を睨むのが、今のシャオミンにできる精一杯の抵抗であった。
「では次はシャオミンが考案した『苺モンスター』の番じゃの」
進行係の店長が、皆に試食を促した。
バードはパフェスプーンを手に取り、頂上に乗っかった苺を食べようと試みる。
しかしスプーンを差し込もうとすると、上部のクリーム部分が丸ごとエナジードリンクに沈んでしまい中々苺をすくえない。
(こ、こんなことに手こずるとは、小癪な。しかし、金魚すくいでも俺は1匹もすくえずに紙を破いてしまうタイプだからな。もしかするとだが、俺は不器用なのか?)
横にいる陸の手元をのぞいてみた。
陸はバードと同じように苺をすくうのに苦戦していた。
なんなら、少しテーブルにクリームを落としていた。
(間違いない! 俺は不器用なんかじゃない。このドリンクの盛り付けが食べづらいんだ!)
確信したバードはシャオミンに向かってこう言った。
「ちょっといいかな。シャオミン君、このパフェどうやって食べたらいいんだ?」
それまで、にこやかだったシャオミンの表情が一変、軽蔑の眼差しになってバードに向けられた。
「あなたって本当に世話が焼ける人ね。初めて見る食べ物があったら何でも人に食べ方を聞くの? たい焼きだってスイカだって焼き鳥だって、あなた好きなように食べてるんでしょ? だったら好きなように食べなさいよ」
「し、しかし、思うように苺がすくえなくて……」
つぶやくバード。
「専用の道具を使ってカニを食べるわけじゃないんだから、少々間違えたってケガはしないわよ。それに、オシャレな食べ物って大抵食べづらく盛り付けられているものよ。あなた、ラーメン丼に盛られたパフェを見たことある?」
「…………。」
黙り込むバードの横で、陸が苺を頬張りながらこう言った。
「バードさん、バードさん。頂上の苺を食べてしまえば、あとはすんなりスプーンが入りますよ。ほら、こうやって一番上の苺を手でつまんで食べてしまえばいいんです!」
得意気な顔で苺をつまむ陸が、バードには無性に腹立たしく感じられた。
「フンッ! 今そうやって食べようとしてたところだ」
(こうなったら、一口食べて味に難癖つけてやる)
バードは苺に生クリームをつけて口に放り込むと、さらに続けてストローでエナジードリンクをすすった。
(クックック。これだけ色んな物を口の中で混ぜてしまえば、味が濁るのは必定ましてやドリンクはエナジードリンクなのだからな)
口の中に出来上がった『ミニ苺モンスター』をハグハグと豪快に咀嚼するバード。
「ふっやはり思ったとおりだ。こんなものが美味しい訳が……。美味しい訳が……」
言葉に詰まって苺モンスターに目を向ける。
(な、なんというハーモニー。甘さの中に爽やかさがある。それでいて飽きが来ない。こんな美味しいデザートをシャオミンごときが開発するとは! 苺モンスター。名前のイメージで侮っていたわ! マズイ、これはマズイことになったぞ。このままでは陸が「美味しい」と口走ってしまうではないか)
脂汗をかいたバードの脳裏に、あるアイディアが閃いた。
「ハッハッハ。シャオミン君。私はこれをパフェとは呼びたくない。何故ならコーンフレークが入っていないからだ。コーンフレークはアメリカの魂。魂の入っていないパフェなど、ただのドリンクだ!」
「私、最初からドリンクって言ってるけど?」
「うるさい、うるさい。BRガールズ! 悪いがキッチンに行ってコーンフレークを持って来てくれ。皆さんにコーンフレークをトッピングして差し上げるんだ」
「OK BOY! L・O・V・E・lovely・苺モンスター! F・I・GHT・戦えシャオミンWhoo!!」
ボンボンを振りながらコーンフレークを取りに向かうガールズ。
バードはその背中を見ながらこう思った。
(ガールズめ、ハンバーグの所を勝手に苺モンスターに変えてしまいおって、しかも応援の名前が俺じゃなくシャオミンになってしまってるじゃないか。まあいい、細かいことを気にしている場合ではない。コーンフレークが届いたらもうこちらのもの。素材が4つに増えれば味のバランスが崩壊するのは間違いない。お笑いグループだって、4人になったら誰かしら名前が覚えられないヤツが出てくるものだからな)
やがて、戻ってきたガールズはコーンフレークをパフェに振りかけた。
「ニヤニヤ。さあ、これで魂が注入された。味はどう変化したかな?」
バードは隣の席の陸に目を向けた。
陸は不思議そうな顔をしながらコーンフレークが乗った生クリームをすくい上げると、それを口にパクリとくわえこんだ。
「バ、バードさん……。これ……」
眉をしかめがならバードを振り向く陸。
(や、やったぞ。これは間違いなくマズイ物を食べた時の反応)
バードは机の下で小さく拳を握り込んで上下させた。
「こ、これがどうしたんだ? さあ、早く、早く言いたまえ」
「バードさん、これ……、めっちゃ美味しいです!!」
ガラガラ ドシャーン
バードのプライドを守るコンクリートの壁が音を立てて崩れ落ちた。
「バードさんも食べてみてくださいよ! コーンフレークが足されたことで触感にインパクトが出ましたよ! アメリカの魂を乗せる作戦、大成功ですね!」
バードは歯がゆさのあまり、わなわなと背中を震わせた。
(なにが「大成功ですね!」だよ。コーンフレークのことを軽々しく語るんじゃない!)
バードは思ったが、とりあえず
「ま、まあ、コーンフレークは、な、何と組み合わせても、あ、相性がいいからな」
と、動揺を悟られないように、無難な受け答えを返すのだった。
「あらまぁ。コーンフレークにそんな効果があったとはねぇ。まあ、これはこれでアリかもしれないわね。さあ、陸さんの感想も聞けたことだし、そろそろ新メニューの採択を始めませんこと?」
シャオミンがここぞとばかりに採択の決断を皆に迫った。
店長に視線を送る『シャオミン』『バード』『陸』の3人。
長かった戦いに、今決着の時が迫っている。
持てる力を全て出し切った戦士たち。
彼らが流した汗を、涙を、私たちは永遠に忘れない。
勝利の栄冠を手にするのは、はたして『噴火バーグ』なのか、それとも『苺モンスター』なのか。
レストランもしもしバーグに一瞬の静寂が訪れる中、店長は重々しく口を開いた。
「2つのメニュー。どっちも美味しかったのう。だから両方採用じゃ」
「…………。」
黙り込む3人。
(それでいいんだったら、最初からそう言っといてくれ)
店長以外、みんなそう思った。
激突! レストランもしもしバーグ第1章 終わり