第3話 『酔いどれ聖女と人違い』
その瞬間、みるみるうちに白い顔が赤くなっていく。
「くぇー。これ、お酒ですかぁー。ひっく、葡萄果汁だと思ったー。うひひひっ!」
奇妙な笑い声を上げながら千鳥足で歩くレイラ。そこには一瞬にして何処から見ても完璧な酔っ払いが完成していた。
あまりに急激な変化に私とリリーは呆然としてしまった。その間にもレイラはふらふらと私たちから離れていく。
「ちょっと! レイラ! 何処に行くの?!」
一足早く冷静になったリリーは慌ててレイラを追いかける。
「おやおやー。モル先輩が増えているぞぉ」
視点の定まらぬ目であたりを見据えて一つうなずくと、『あなたが本物ですね』と言いながらとある生徒に抱きついた。
「それ違う人!! モルはこっち!!」
抱きつかれたのは男子生徒のようだ。
「このホウキダケみたいなピンクの飾り、ふさふさしてていいですねぇ。流石お貴族様、いい糸使ってますなー」
レイラは満面の笑みで抱きついた男子生徒の髪を引っ張っていた。 とんでもねー光景である。
遠目からは美少女が顔を赤らめながら自分の髪をいじっているように見えるのが救いか。
「ちょっ! ばかっ! それ糸じゃなくて髪!! ひっぱっちダメなやつよ!!」
リリーの方が先に追いついてレイラの手から髪をとろうとする。
「この子、結構握力あるわね……! モルも突っ立っていないで手伝って!!」
すると髪を掴まれた男子生徒は、加勢しようと近づく私を制するように手をかざす。
そして羽織っていたローブの中から大振りのナイフを取り出した。
切っ先の鋭く、刀身が真っ黒な珍しい見た目のそれを躊躇なく振り上げて、自分の髪の毛を切った。
「とったどー!!」
唖然とする私たちと、切り取られた髪の毛を掲げ、満足げに男から離れるレイラ。その行動によって、見えなかった男子生徒の顔が露わになった。
「カールハタン先輩?!」
リリーが悲鳴を上げるように名前を言う。
ウィリアム・カールハタン。最上級生の先輩だ。
たしか、難関と呼ばれる魔導師の資格を最年少で取った魔術の天才だ。物腰の柔らかさと顔の秀麗さも相まって貴族社会で彼の名前を知らない者はいない。
「も、申し訳ございません!! 酔っているとはいえ、とんだご無礼を!!」
商人仕込みのきれいな角度で頭を下げるリリー。
「見たところ新入生のようですし、成人したばかりで加減が分からず飲みすぎたのでしょう。 お気になさらず」
「しかし、髪を……」
「よほど気に入られたようですね、物凄い勢いで掴んで来られて驚きましたよ」
話は終は終わったと、リリーの話をさえぎってレイラに話しかけるウィリム。
「はい。この飾りは大切な時に着る服につけようと思います。ありがとうございますモル先輩」
神妙な顔で言っているがそれは髪の毛である。そしてその先輩は私じゃない。
「それは光栄です」
自分の髪をいとおしそうに撫でるレイラに突っ込むこともせず、真面目に言葉をかえす。
「お酒は魂を救うが胃に悪いと言います。今後はほどほどにと、酔いがさめたら伝えてあげてください」
二コリと効果音が付きそうな完璧な笑顔の先輩に『一杯で酔ったんです』とは言えず、しどろもどろに感謝の気持ちと謝罪の言葉をリリーは伝えた。
「それでは失礼します。良いパーティーを」
そのまま何事もなかったように一部だけ短くなった桃色の髪を翻して去っていくウィルム。
「カールハタン先輩は誰にでも温厚で親切と言うのは本当のことだったのね。貴族とは思えないぐらいできた人だわ」
「信じられないぐらい、いい人だね」
というか、人違いの上に、酔っ払いに絡まれて髪を引っ張られ他というのに、この対応、もはやいい人を通り越して聖人じゃなかろうか?
「ちょっと、レイラ! さっきから静かだと思ったら、立ったまま寝てる?! こっちの気も知らないであんたわっ!」
レイラはウィルムの髪を持ったまま幸せそうな顔だ。酔いが醒めたらどうなるんだろう。記憶が残ってたら、自ら入る穴を掘り始めそうだ。
「起きる気配がないな。ここで突っ立ってても仕方ないし、いったん壁脇のソファーに移動しよう」
「そうね。全く、進級早々に胃が縮んだわ。こんなのモルがラリってドーハイン先生のズラを取ったとき以来よ」
「あぁ。あの後謝罪しに行ったら、『髪が後退したんじゃない。私が前進していただけなんだ、ということに気が付いたのです』って全てを悟った笑顔で言ってて、なぜか全く怒られなかったな」
「何よそれ。モルの身分のせいで叱るわけにいかなかったんじゃないかしら?」
「そうかも。申し訳ないことしちゃったな。髪が生えてくる魔法薬でも作ろうか」
リリーと一緒にレイラをソファーに座らせる。見た目以上に軽かったので、私はすぐに食べ物を寮室に贈ろうと決意した。
いつの間にか曲が変わり、踊り始める人が出てきていた。ぼんやりとその様子を眺める。
「リリーは踊りにいかないの?」
「誰と踊るのよ」
「そんなの、ジオルド以外に誰がいるの?」
「は? ジオルド様ってあの第二王子の護衛騎士よね?」
「なんでそんな他行儀なのさ。この間全校生徒の前で告白されて、付き合うことになったんじゃ……?」
「……は?」
「……え?」
顔を見合わせる私たち。
信じられない2割、こいつまたイかれた戯言をという哀れみ8割りの顔を見て全てを悟る。
あ、これ未来の話だった。
「あ、ごめん。撤回。今のなし。リリーはに独占欲の強い恋人なんてできてない。またいつもの私の幻覚、妄想!!」
「何処をどう見て荒唐無稽で珍妙な考えに至ったかは知らないけれど、私は貴族と付き合うつもりないから」
「ソウダネー」
どうやら、誤魔化せたようだ。
2回目の時に分かったことだが、私が見てきた未来の話はどんなに些細なことでも何故か全く信じてもらえない。全て私の冗談か、妄想として相手に認識されるのだ。
1人で抱えるには大きすぎる絶望的な未来。
誰にも信じてもらえない孤独の中でもがいた末に私が得たのは、変わらぬ友の死と絶望的に強大な敵だ。
何か不思議な圧力が働いているのか。それとも、決まった未来なんて存在しないのだから、私の見てきたものなんて信じられるほど確定したものでは無いということか。
そうだったらいいな。
決まっていないのならば、いくらでも私の望むように変わるのであれば。
「未来、変えないとな」
「ん? なんか言った?」
きょとんとリリーは私の顔を見ている。
「私もリリーもレイラもみんな死なせない、って言っただけ」
「……? 私、死ぬつもりないわよ」
「そうだね!」
絶対にみんなで1年後の新入生歓迎パーティーを乗り切るぞと決意を新たにする。
一回目はわけもわからずこのパーティー会場で爆破に巻き込まれた。
幾重にも張り巡らされた防御結界は簡単に粉砕され、吹き飛ばされてきたガラス片によって死亡。
二回目は怪物に食いちぎられた。
一回目の死因を探るべく、爆発する要因はないか学園の隅々を探ったが見つからなかった。
今考えれば爆破要因は突如現れたショルトゴスと呼ばれる化け物なのだから、学園を探る意味は全くなかったのだけれど。
(無駄に校舎について詳しくなったよ。でも、門を通らずに王都に行く抜け道とか、放置された実験室とかを見つけたときは興奮したな……)
校内から要因えお見つけられなかった私は、勇者と仲良くなることにした。
最後に『強大な攻撃が来る! 防御しろ!!』と血まみれになって警告してくれた彼は何かしらを知っていると思ったからだ。
結果は『最後まで何も分からず、起こった時にはもう手遅れだった』、だ。
唯一の成果は爆発の原因が、突然現れたショルトゴスと言う名の怪物だった、と知れたことだ。
(ほんと、何なんだ。ショルトゴスって。なんの予兆もなく森から出てきたし、魔法吸収するし、物理攻撃は回復するし。最後には爆発って)
魔物生態学を教えているシモン先生は確か『過去の文献によると』と言っていた。無駄死にはしたくないと死ぬ間際に必死に聞いた言葉だ。一言一句覚えている。
(まずは図書室でショルトゴスを調べてみよう。先生が読んだ文献も蔵書の中にあるかもしれない)
運よく倒し方が書かれた本が見つかんないかな。封印方法でもいい。
(なにはともあれ、やることは決まった)
三回目の目的は二回目と同じ。『私も誰も死なずに一年先の未来を掴みとること』
その障害となる怪物をどうにかするのが二回目とは違う行動の指針。
そう決めたからには一日だって無駄にはできない。