魔王の"元"娘と水の都の守り神
「ここじゃ何だし、移動しましょうか」
正体を現したエル改めエルーブルーが指をパチン、と鳴らす。
次の瞬間、私達は全く別の場所───机と椅子のある、執務室の様な部屋に居た。テレポートだ。
『テレポート!? って事は間違いなく……』
「神、エルーブルー……」
「さんをつけなさいさんを。で、要件は何かしら?」
椅子に座り足を組んで言う。
「単刀直入に言う。マキナにやってもらいたい事がある」
「……へえ」
私がその名を告げた瞬間、彼女の蒼色の眉がピクリと動く。
「その仔猫ちゃんの入れ知恵かしら?」
「っ……」
『おー……あれ、もしかして聞こえてます?』
「勿論。私を何だと思ってるの?」
エルーブルーが不敵な笑みを浮かべる。
その動作が一々様になっていて美しく、神が人とは別の存在であるという事を感じさせる。
カイは彼女に話した。念の為にこの世界がゲームとして存在する世界から来た、という事は伏せ、あくまでも"何故か"この世界について知識を自分は持っている、という事にして。
私を強くしたい、その為に未到達領域に入りたく、その為に箒にロケットを付けなければならない。そのロケットを作って欲しい、そう言った。
「……ま、いいわ」
「いいのか!?」
「色々と引っ掛かる所はあるけど、その概念さえ知ってればいつかあなた達は作るでしょうし」
それならば自分が手網を握れた方がいい、そう付け加える。
しかし、ここまであっさりと了承されるとは思ってもみなかった。数週間、長ければ数ヶ月単位で粘る事も覚悟していたのだが拍子抜けだ。
「3つ条件があるわ」
「む……当然か」
その直後、彼女が言う。
「1つ、この技術を無断で他人に開示しない事。2つ、材料は全てそちら持ちにする事」
その2つは最初から覚悟していた事だ。火の魔核については……まあ、何とかしよう。
「で、3つ目。貴女に探して欲しい人がいるの」
「探して欲しい人?」
『……あ、これって』
彼女の言葉にカイが反応する。
「まあ簡単に言えば───私の娘、かしら。そっちの仔猫ちゃんは心当たりがあるみたいね」
『ああ……』
いつもになく自信が無さげな声を上げる。それ程までに難易度の高い依頼なのだろうか。
彼女は続ける。
娘、というのはあくまでも比喩であり、実際に生んだ訳ではないようだ。現象に対する人々の想いの集合体を"精霊"と呼び、それに意思を与えるのが"神"なのだ。だから、意思を与えた妖精の事を神々は往々にして子供と呼ぶ。
彼女が探しているのは1人の水の妖精。百年程前に突如消息を断ち、神である自分でも位置を探れない。幾度となくギルドに依頼を出したが遂ぞ見つからなかったらしい。
彼女は最後に撮った写真を出す。青い長髪に半透明の一対二枚の羽根が特徴的な少女。名はレフィリー。
居場所についてのヒントは何も無く、この情報だけ聞けば絶望的な依頼に思える。しかし。
『場所は分かる』
「分かるのか」
『ああ。レプティル大陸のオスアール大森林だ』
レプティル大陸。ヒューロニア大陸西部にある大洋に浮かぶ小さめの大陸の名だ。その更に西部に行くと未到達領域がある。
オスアール大森林とはその中央部に広がる森だ。強力な魔物が数多く生息し、しかしそれだけの場所だ。100年の間に捜索が入らなかったとも考えづらく、カイが上位存在である、という前情報が無ければ信じられない情報だ。
これまで見つからなかったのは高度な結界で隠されているかららしい。ただ、その解除方法は分かっているから安心してほしい、との事だった。
「場所も知ってる、見つけ方も知ってる……で、どうしてあなたはそんなに不安そうなのかしら?」
エルーブルーの双眸がカイの感情を見抜く。
『一つはまず、リーフの強さだ』
「確かにオスアール大森林の推奨レベルは240だものね、不安なのは分かるわ」
「面目ない……」
私は視線を床に落とす。
そうだ、月の塔では何とかなったがあまりにも強さが離れていると搦め手は通用しなくなる。近付く事は出来ても私の攻撃力では魔物の表皮を貫く事が出来ないのだ。
「まあそこは安心して。私も同行するから」
「……えっ」
「当然じゃない、100年探し続けたものの手がかりがようやく見つかったのよ。他人にだけ任せてられる様な神じゃないわ、私」
私は思わず顔を上げる。
「で、さっきの言い方だともう一つ不安要素があるみたいだけど」
『……あ、ああ。もう一つは……いや、でも神様が来てくれるなら何とかなると思う』
彼は言い、それに彼女は「そ、ならよかったわ」と返すのみだった。その眼が何を見ていたのか、私には分からなかった。
兎も角、これで次の目的地は決まった訳である。思わぬ同行者が出来てしまったが、まあ不安要素にはならないだろう。
と、そこで私はある物の事を思い出す。
「そういえば、月の塔で変な物を拾ったのだが何か知っているだろうか」
そう言い、私はあそこの深部で拾った撃てない銃を取り出す。
それを見た瞬間、彼女の目が見開かれたのを私は見逃さなかった。
「───アンタ、それ……そう、まだ残ってたのね」
と、意味深な事を呟きながら私の手から銃を受け取る。
「これもアンタの"知識"?」
『い、いやそれに関しては俺も完全に予想外で』
「ふうん……」
そう言うと、彼女はそれを私に突き返す。
「ならこれはアンタが持っておくべきね。きっと銃が選んだのよ」
穏やかな目でそう話しかける。
だが、私はそれを拒否した。何しろ───
「いや、結構嵩張るし扱いに困っていたのだ。それが何か知っているのならあなたが持っておくべきだ。というか貰ってくれ」
その銃は長さが35セルト程もあるのだ。正直私の体格には全く合っていない。
「それに撃てないし」
「撃てない? 何処にも傷なんて無いのに……ああ、成程」
リーフの言葉に眉をひそめ、彼女は銃を見る。そして何かに得心がいったという風な表情をし、言う。
「ならしばらく借りておくわね。撃てるようにしたら返すわ」
「直せるのか」
「分からないけど、まあ何とかなりそうね」
「あとグリップに刻んである文字の意味は分かるだろうか」
私はついでにそれについても尋ねておく。この場で少しでも疑問は解消しておくべきだった。
「これ? Elias Schneider……多分人名ね。前の持ち主のじゃないかしら」
「人名……ああ」
これを拾った時の事を思い出す。
廊下で倒れていた白骨死体が握っていた物だ。となると、その名前は彼、もしくは彼女の物なのだろう。
そんな事を話しつつ、その場は終わる。
その後はアクアスの温泉───天然ではなく、かつて火の神らと協力して作ったらしい、所謂神造温泉───に入るなどして休養を取り、エルーブルーに合わせて夜に寝るという不摂生極まりない行為をし、そして翌日の日の出、私達は出発する事になった。
目指すは西の地、オスアール大森林である。