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魔王の"元"娘、次の目標を立てる

 神。人々の信仰が集まってそれが人格を持った存在───と、されている。伝聞なのは、神という存在が未だ謎だらけだからだ。

 しかし、一つだけ分かっている事がある。神が生み出されるには膨大な信仰が必要であり、現状は"概念"に対してしか神は生まれていないという事だ。それは例えば火であり、水であり、草であり───


「───機械の神?」

『機械への信仰から生まれた神、マキナ。それに頼めばいい』


 彼は言う。そしてそれは、私には受け入れがたい物だった。

 何しろ、私の知る限り機械の神という物は存在しない"のだから。


『まあ知らないのも無理はない。マキナは厳重に隠されてるからな』

「誰が、何の為に」

『エルーブルーにさ』


 エルーブルー、まさかここでその名が出てくるとは思っていなかった私は目を丸くする。

 水の神エルーブルー。その名を知らない者はこの世界には居ない。それだけ古く、強い神なのだ。何しろ水という生物にとって必須の存在への信仰から生まれた神である。

 そして、私は彼女に何度か会った事がある。王家───ひいては、母様と彼女が古い付き合いなのだ。


『機械の神はこの世の全ての機械についての知識がある。そしてそれは世界に大きな混乱と戦乱をもたらす事になりかねない。それをエルーブルーは良しとしなかった……多分存在を知ってるのはお前のオカンくらいじゃないか?』

「成程……」


 彼の言った事は理解出来る。

 マキナ一人でその国の技術力を大幅に向上させられると知ればあらゆる勢力が抑えようとするだろう。そして、確実に戦争が起こる。


「……しかし、それ程までに秘匿しているのならば私に協力してくれるとは限らんだろう」

『そこなんだよなー。まあ、王家繋がりで何とかならないかな、ってさ』

「適当だな……」


 私はこめかみを押さえ、考える。

 エルーブルーとは私も何度か話した事がある。だが、それだけの関係だ。特段仲がいいという訳でもないし、何か弱みを握っている訳でもない。正直協力してくれるとは思えない。


「……まあ、取り敢えず会ってみるか」

『ああ、それがいい。何事もまずやらなきゃ分からないからな!』


 彼は言った。

 ジリ、私の顔が少し痛む。前を見ると雲海から太陽が顔を出していた。一気に体感気温が上がり、比例して私の肌は焼けていく。


「……日の出も中々、美しいな」

『だ、大丈夫か?』

「ふ……中に入るぞ」


 私はその光景を目に焼き付け、甲板を後にする。自らの座席に戻り、カーテンを閉めて瞼を閉じた。



 私達がエルテルに到着した時、既にそこは真昼だった。対日光対策の服を着ていてなお苦しい、しかし身の着のままベッドインする訳にもいかない私は銭湯に転がり込む。


「……グラス、大丈夫か?」

「あ、ああ……」


 受付の男が目を見開いて声を上げる。普段夜に来る吸血鬼が火傷しながら真昼に来たのだから当然だ。


「いつもので」

『やったー! 風呂だー!!』


 私がふらふらと彼に小銅貨6枚を差し出していると、カイが歓喜の声を上げる。

 どうやら、此奴は何か勘違いをしているようだ。


「カイ、お前は先に帰れ」

『……え?』


 私のその言葉に、カイはぽかんとした表情を浮かべる。それを横目に小さな紙にさらさらと文章を書く。


「これを宿の主人に見せれば鍵を開けてくれる筈だ」

『ちょ、ちょっと待ってくれよ』

「十分程で帰る。腹が減ったら何か勝手に食べていても」

『俺だって! 俺だって風呂に入りたいよ!! 女湯に!!』


 それは心からの叫びだった。

 だが、仕方あるまい。此奴の様な下卑た視線の前に、私は兎も角他の女性の肌を晒す訳にはいかないのだ。


「しかし……」

「グラス。従魔は小銅貨3枚だぞ」


 男が言う。


「従魔のみでの入浴は可能か?」

『えっ』

「それは……少し難しいな。誰か保護者が居ないとな」

「そうだよな……」

『いや、俺は女湯に』


 困惑するカイを置き去りに私と男は会話を進める。


「おっ、グラスじゃねえか! 珍しいな!」

「グラスちゃーん、どうしたんだー?」

「夜更かしならぬ朝更かしか?」


 と、そこに騒がしい声が現れる。

 入ってきたのは白シャツを着たオークの巨漢達。彼らはこの付近で土木作業をしており、大抵この時間に入浴する。深夜に作業をしている事もあるので私は彼らと顔馴染みになっていた。


「おお、丁度いい所に!」

「ん? どうした?」

「此奴を共に風呂に入れてやってはくれないだろうか」

『えっ』


 私はカイを彼らに差し出す。


「お? その猫は一体……」

「私が最近拾った従魔だ。従順で良い子なのだがどうしても女湯に入れられぬ理由があってな」

「ほおー、まあいいけどな。可愛いじゃないか」

「おおー! 猫ちゃん可愛いねー!」

『ちょっ、リーフ』


 差し出されたカイを彼らは受け取り、鑑賞し始める。肉体労働で溜められた汗の臭いが彼の鼻を刺激する。

 私は彼らを信用している。猪の様な顔、飛び出した大きな牙、筋骨隆々で身長も2mを優に超える彼らで中々どうして強面の彼らではあるが、その内面は純粋で温厚だ。きっとカイの事も愛でてくれるだろう。


『まってくれ、おれは』

「じゃあカイ、その人達に()()してもらうんだぞ」

『リーフ、まって』

「チビ助、お前カイっていうのか! うむ、良い名前だな」

「カイちゃん、おてて可愛いねえー!」

『たすけて』


 彼の悲痛な声も虚しく、カイは太い腕に抱えられて男湯に連れられていった。それを確認し、私も女湯に入る。


 その後、彼はその毛をツヤツヤと煌めかせて戻ってきた。石鹸の良い香りを漂わせ、しかしその目は死んでいた。私の目論見は外れていなかった様で私は満足である。

 因みにその後、しばらく彼は私と口を聞こうとしなかった。

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