魔王の"元"娘、諦めない
「言っておくが、私はまだ諦めた訳ではないぞ」
『分かってるよ……これうまっ』
ダンジョンでの一件が終わり、私達は迷宮都市まで帰ってきていた。
そこの適当な飲食店に入り、夜食を食べる。皿いっぱいの山盛りミートソーススパゲティ。ミートボールも幾つか転がっている、一皿大銅貨三枚のお高めの食事だ。普段なら絶対に注文しないが今日は無性に散財したくなった。
『ル○ンで見たやつ……ホントにうまいんだな』
取り分けた皿の分をガツガツを食うカイ、既に顔はソース塗れだ。まあ今日くらいは汚しても良いだろう。私も品を気にせずに食べ続ける。
「お前がさっき言いかけていた物、それを言うのだ」
『さっき……?』
「まだ俺にはあてがある、そう叫んでいただろう」
月の塔深部にて私を立ち直らせる為に言ったであろうその言葉。あまり期待はしていないが聞くだけならば無料である。
『ああ、あれな。未到達領域って知ってるか?』
「勿論知ってるが……まさか、あの中にあるとか言わないだろうな」
『ご明察』
「はあ……」
私はこめかみを押さえ、今日何度目か分からないため息をつく。
"未到達領域"───その名の通り、未だかつて何人たりとも到達した事がない領域の事である。
スカーレット公国がある"ヒューロニア大陸"。その西部には大洋が広がっている。そこには小さな大陸があり、その更に西には分厚い雲と激しい気流に囲まれた領域が存在する。その二つが侵入者を防いでおり、発見されてから数千年間、誰一人として侵入を果たした事はない。
『タバコ好きの森!!』
「は?」
『……コホン。ともかく、そこはゲームでも存在してて、そして辿り着いたプレイヤーは一人しか居ない。その一人が言ったんだ───「あの場所には"力"がある」ってね!』
余りにもアバウトで具体性の欠片も無い話だ。
彼は続けた。そのプレイヤーについては「到達した」事以外何も分かっておらず、具体的に何があるかは全く分かっていないのだという。
『ただ、態々そんな場所が設定されてるんだ。何かあるとは思わないか?』
「それはそうだが……そこまで言うのならば分かっているのだろうな? 侵入する方法を」
到達した事がないから"未到達領域"なのだ。
『勿論』
「でもお前の世界でも一人しか侵入出来ていないのだろう?」
『うっ……でも、方法は分かってるんだ。ただピースが一つ足りなかっただけで』
彼は言う。
"小さき太陽 音が消えた日 龍の導き 魔女の足 障害を打ち崩すべし"。これがゲーム内で手に入れられる侵入方法。
小さき太陽とは日食。この世界の月は三日月の様に欠けており、太陽に重なっても完全に覆い隠す事は出来ず小さな太陽が生まれるのだ。
音が消えた日とは凪。風が消え、その音が完全に消える。この日、未到達領域を隔てる気流が僅かに弱まるのだ。
龍の導きはその言葉の通り、侵入経路を龍が案内してくれるらしい。
魔女の足とは箒。彼の世界では箒に乗るのは魔女という認識があるらしい。侵入経路を通るには箒の様な小さな乗り物でしか無理らしい。
そして最後の、障害を打ち崩すべし。これは侵入経路を通った最後にある障害物を破壊しろ、という意味だ。これが並外れた火力でなければならないらしく、彼の言う"足りないピース"とはこれの事だ。要するに、火力が足りない。
『ゲーム内で覚えられる魔法だとどうしても無理だったんだ。寧ろその一人がどうやったんだ、ってくらいには。でもここは現実、システムの壁は無い』
「だから行ける、と?」
『ああ。それが出来るだけの魔法があるかもしれないだろ? いや、きっとある!』
彼は言い切る。
そこまで言われると、確かにある様に思えてくる。実際カイにとっては私の存在そのものが想定外だった様であるし。私はエールを呷りながら考える。
『……お前、さっきから酒飲みすぎじゃない?』
「別にいいだろう、今日くらい。宴だ宴。ほらお前も飲め飲め!」
『絶対今日だけじゃないだろ……酒臭っ!! っていうか俺は飲まないよ!!』
私の周りには空になったジョッキが五つ。ここまで飲むのは初めてだ。
『周りの人の視線が痛い! 正気に戻───』
「ガハハハハ!!!」
そこからの記憶は残っていない。
気付けば、私は机に突っ伏して眠っていた。ふと胸元を見ると、私の腕に掴まれてぐったりと寝ているカイの姿。多分私がやったのだろう。肌触りは良いのだ。
『うー……ようやく起きたか、リーフ……』
「……ああ」
頭がクラクラする。酒はまだ残っている。
懐中時計を取り出し、見る。午前4時、直に日の出だ。あわや酔っ払ったまま日光に焼かれる所だった。
私は立ち上がり、この場を後にしようとする。ポーチを開け、財布をだ……
「……財布が無い」
『まあこんな所で寝てたらな』
冒険者というのは大抵ゴロツキの集まりだ。それが集まる迷宮都市は控えめに言っても治安は悪い。寧ろ財布以外が無事だった事を喜ぶべきだろう。
『どうするんだよ、このままだと代金払えないし帰れないぞ。食い逃げしてキセルするか?』
「誇り高き吸血鬼がそんな事出来るか……こんな事もあろうかと、事前に設定しておいた」
『設定?』
「ああ……来い」
私がそう呟くと、掌に財布が現れる。
「リーフィレイロで領域を財布に設定しておいた。これで盗まれてもいつでも取り返せる、という訳だ」
『……ホント便利だなそれ』
「そうだな」
『未到達領域の侵入経路は、そう名前は付いてるがやっぱり風は強いんだ。だから箒の出力だけだと流されて死ぬ』
「とんだ罠だな」
ローゴスへと帰る船に乗っている最中、私達は誰も居ない甲板で今後の詳細について話していた。
侵入する際に使用する箒、それは普通の物では駄目らしい。
『そこで、箒の尾にロケットを付ける』
「ロケット? えらく脳筋な解決法だな……何か高度な魔法でも使うのかと思ったぞ」
『その方がよかったか?』
「いいや、遠慮しておこう。私にそんな魔法は扱えまい」
彼は続ける。
尾にロケットを付けて無理矢理出力を上げる。それに必要な材料は幾つかあり、マテライト合金パイプの2.5セルトが1メルト、1セルトが1.2メルト。月光魔銀が20g、陽光結晶が15gなど……そして、火の魔核が一つ。
この中で入手難易度が最も高いのは火の魔核だ。魔核とは魔法の詠唱を刻む事で魔力を流すだけで魔法効果を発生させる物であり、高位の神が作り出す事でのみ生み出される。
そして、火の魔核を製造可能な火の神はかつて母様が殺してしまっており、新たに生み出される事はない。よって価値は年々高騰し、今となっては……考えたくもない。
その他の素材も中々に貴重な物ばかりで、金の力で集めるのはまず不可能だ。
また、仮に全て集められたとしても───
「……で、どうやって作るのだ? そんな機構は今のこの世界には存在しないぞ」
そう。そもそもどうやって開発するのか、という問題がある。私もそれなりに頭は良い方だが、魔導工学方面の知識は殆ど無い。
『え? そりゃあクラフトボタンを……あっ』
「クラフトボタン?」
『あー……ゲームだったら素材集めてクラフトのボタンを押すだけで作れたから……』
「……つまり、どうやって作るかまでは考えていなかった、と?」
『……はい』
彼の言葉がすぼむ。
「ならば作れそうな者に頼むしかあるまい。誰か心当たりは居るか?」
『心当たり、か……リーフの方があるんじゃないか? ほら、王家お抱えの技術者とかいるだろ?』
「簡単に言ってくれる……」
確かに彼の言う通り、王家にはお抱えの魔導技術者が何人もおりその誰もが優秀だ。
しかし、母様にどうやっても知られてしまうので彼らに頼む事は出来ない。よしんば出来たとしてその報酬を私は用意する事も出来ないし、またそもそも出来るかどうかすら定かではないのだ。
『うーん……あ!!』
と、そこで彼が何かに気付いた様な声を上げる。
「心当たりがあるのか?」
『ああ。条件ドンピシャの人材……いや、神材が居たのを思い出した』
そして、彼は驚くべき提案をする。
『───神様に頼もう!』