魔王の"元"娘、挫折しかける
その後も私は何度か戦闘を行い、遂に目的地へと辿り着いた。
「……ただの床だが」
『いや、これは扉だ。特定の番号を打ち込むと開くのさ』
「扉? これが?」
辿り着いたのは単なる床……の様に見える、扉らしい。
そこは植物の根や苔に覆われ、誰もが通り過ぎてしまうであろう場所。また、ダンジョン内部の構造物にしては珍しく外壁と同じ純粋マテライトで出来ており、破壊は困難だろう。
なるほど、これならば今まで見つけられなかったのも理解出来る。
『そこの石を退けてくれ』
「これをか……"リーフィレイロ"」
その脇にある巨石を退けろ、とカイは言う。筋力では到底無理そうだったので私はリーフィレイロを出し、矢を石に向け放つ。
それは魔力を込めた矢。石を覆う様に"領域"が形成される。
私はポーチからポーションを取り出し、一気に呷る。そうして魔力を回復させた私は石に手を当て、別の場所へとテレポートさせる。
領域内にある物もテレポートさせる事が出来るのだ。自分をやる時よりも遥かに魔力を消費する為ポーション必須だが、こういう時には実に便利な能力である。
「……これは」
『そこに2978032700015と入力してくれ。そうすれば開く筈だ』
「どれが1でどれが9なんだ」
『あっ、そうか。その左上から1、2、3で四段目中央が0だ』
石の下に隠れていたのは色褪せた幾つかのボタン。書いてあるのは未知の言語。私は彼の言う通りの位置のボタンを押していく。
最後の"5"を押した瞬間、扉に変化が訪れる。
『おおっ、ちゃんと動いた!』
ズズズズズ、と音を立てて扉が動いていく。ぎこちない、しかしどこか異次元の滑らかさを感じさせる動き。
「……何だ、ここは」
扉が開き切った先にあったのは、荒れ果てたダンジョン内部とは打って変わって綺麗な空間だった。
勿論所々ヒビが入っていたりはするものの苔やキノコなどは一切生えておらず───
「これが、月の塔の元の姿……なのか」
『やっぱり宇宙船だなあ』
───未来的な空間。何の素材を使っているのかすら分からない、そんな通路。私から見れば床に空いた穴だが、それは通路としか形容しようがない場所だった。
最近あまり使っていない翼───飛ぶのは苦手だ───を開き、カイを肩に乗せてゆっくりと降りていく。箒は管理施設に預けているのでこうするしか無いのだった。
『こっちだ』
下まで降り、先程までと同じ様にカイが先導していく。私は血を飲んで感覚を研ぎ澄ませるが、瘴気が無いからなのだろうか、打って変わってモンスターの気配はしなかった。
「スケルトン……いや、単なる死体か」
道中で倒れている骸骨を見つける。一瞬モンスターかと思ったが、それは私が触れても動く事はなかった。
それの頭蓋には左右を貫通する様に孔が空いており、右手にはピストルの様な何かが握られている。自決したのだろうか。
「これは……見た事がない銃だな」
『ん? 何だそれ』
「お前も知らないのか」
『ああ。この骸骨は調べても何も手に入れられなかった筈……』
握られていた銃は黒い金属製、しかし何の金属で出来ているかは分からない。リボルバー式にも見えるが、肝心のリボルバー部分が取り外せず、そもそも弾を入れる穴が空いていない。
何の為に使うのか分からない銃。何も無い所に銃口を向け、引き金を引く。ガチリ、という音が鳴るだけで何も起こらない。
グリップ部分に何か刻まれているが、読めない。未知の言語だ。
『この文字……アルファベット? でも英語じゃないな……うーん、分からん』
どうやらカイにも分からないらしい。
撃てない、弾も入れられないと現状無用の長物ではあるが、何かの役に立つかもしれないので一応ポーチに仕舞い、足を進める。
数分後、私達は最終目的地に辿り着く。
そこはそれなりに広い部屋……だったであろう狭い空間。月の塔では珍しく外壁が破れており、外部から侵入した土で部屋の大半が埋まってしまっている。
「何処にお前の言う強化アイテムがあるのだ?」
『そこの座席近くを調べてみてくれ』
「座席……あれか」
唯一飛び出しているのは座席の様な物。私から見れば壁から生えている様に見えるそれは、しかし本来の向きで考えれば床に設置されているのだろう。
この謎の空間に入った時の通路から考えて、既に私は月の塔が"地面に突き刺さった船"であるという説で確信していた。
そんな座席の近くを調べていく。それはすぐに見つかった。
「これが、か?」
『ああ。それがお目当ての強化アイテム───って違う! それじゃないぞ?』
「これじゃないのか? しかし他には何も無かったぞ」
私が見つけたのは半透明の紫色な小さな丸い宝石がはめ込まれた指輪。明らかに強化アイテムの様なそれは、しかし彼が求めていた物ではないらしい。
そんな馬鹿な、彼がそう呟いて私が探していた辺りを掘り返し始める。だが、見つかるのは石ころばかり。
『そ、そんな。何で無いんだ』
「貴様が勘違いしていただけで本当はこれなのではないか? すり替えられた痕跡などは無かったのだし」
『それはそうなんだが……』
この指輪は相当古い物だ。それに先程の扉も開かれた形跡などは一切感じられなかった。
『ゲームのテクスチャでああなってただけで本当はこうなのか……? いやでもアレはペンダントだし……』
「取り敢えず着けてみてもいいか?」
『い、いややめといた方が……ってああ! 判断が早い!?』
彼が止めるのも構わず、私はそれを親指───そこじゃないと抜けてしまう───にはめる。
『何で聞いた! 何で聞いた!?』
「どうせここしかあては無いのだ。いつはめても同じだろうて」
『ええ……せめてもっと安全な場所でさあ……で、何か効果はあったか? 俺が思っている物と同じなら魔力量と筋力が上がる筈なんだが』
「……いや、何ともないな」
ぴょんぴょんと飛んでみるがいつもより飛距離が上がったりといった事はない。体内の魔力も増えた様子は感じなかった。
偽物、もしくは雰囲気だけのただの指輪。私は落胆し、指輪を外そうとする。
「……」
『どうした?』
「……外れないのだが」
しかし、外れない。上手くはまってしまった、そんな様子ではない。明らかに何らかの力が働いている感覚だ。
私はリーフィレイロを出し、自らの床を"領域"にして指輪をテレポートさせる。そちらは無事に成功し、指輪は私の掌に転がった。
「ふう……呪いの指輪じゃないか」
『マジかよ』
「マジかよ、ではないが」
特に害がある訳ではなかったが、しかし外れないのは問題だ。無事に外れてよかったが、同時にずっしりと倦怠感がのしかかる。こちらは呪いではなく、ここまで来た私の努力が全て無駄だった、という事実からの物だ。
強化アイテムどころか見つかったのは謎の呪いの指輪だけ。しかしこんな物でも高く買ってくれる者は居るので取り敢えずポーチに仕舞っておく。
「……はあ……」
そして、その場に座り込んでため息をつく。
そもそもアイテムなんぞに頼ろうとしたのが間違いだったのかもしれない。こんな怪しい猫擬きの口車にまんまと乗せられ、ホイホイとこんな所までついてきた私が馬鹿だったのだ。
「もう……疲れたな」
『だ、大丈夫か?』
「はは……私が強くなるなんて夢のまた夢だったという訳だ。こんな所まで来て……」
ぽつ、ぽつと地面に涙が染み込んでいく。
『ま、まだだ! まだ俺にはあてがある!』
「もういい、もういいんだ……」
気休めか、本気かは分からない。ただ、私にはもう何をする気力も残ってはいなかった。
このダンジョンで朽ち果ててもいいかもしれない、そんな気持ちすら湧き出てしまう。
私が死ねば、母様は悲しんでくれるだろうか? いや、絶縁されてもう"母"ではないのだからいつもの仏頂面を変えず淡々と処理するだけだろうか……きっと後者だろう。
『お前は! 本当はもう死んでいる筈なんだ!』
そんな私に、彼は言った。
「……何の話だ」
『だから、ゲームではもうとっくにお前は死んでる筈なんだよ。「アイリーン・グロリア・スカーレットによって絶縁を言い渡されたリーフ・レマリア・スカーレットは出奔してから10日後、ダンジョン内部で遺体で見つかった」……ゲームでのお前の登場は、その一文だけなんだ』
ゲーム───それは、この世界そのもの。つまり、本来の歴史であれば私は数日前に死んでいる、彼はそう言った。
『きっと何かが原因で運命が変わってるんだ。それに死んだダンジョンの推奨レベルは100、150のここでもあれだけ戦えるお前がそんな場所で死ぬとは思えない……つまり、お前は確実にゲームよりも強いんだ』
「……そうか。で、それが何になる。その"歴史"とやらを私は知らない。そこで何が起ころうが……今、この私だけが私にとっての真実だ。弱いという事実は変わらない」
『違う違う! この世の全ての事には必ず意味がある。お前が生きてる事にだって必ず意味がある筈なんだ! そう、例えば昨日のあの時あの場所で俺と出逢う事とか!』
「それならば私は意味を果たした訳だ。首輪を解いてやるから好きな場所へ行くといい。お前の見た目ならば別の誰かが飼ってくれるだろう」
『俺にとっては! お前は強い!!』
彼の言葉が脳内に響き渡る。
『俺は絶対にこんなダンジョンでなんて生きていけない。ゲームだったからいけたけど生身だったきっとどれだけ強くても逃げ帰って引きこもってると思う。でも、お前は自分よりも強いスケルトンに肉薄して、倒しきった。そんな奴が強くない筈がない!』
「……」
『小細工がなんだ、結局勝った奴だけが勝者だ! お前は勝者なんだよ!』
彼が言っている事は結局彼の主観で、持論で、私には到底賛同し難い意見だった。
『あと何よりも───』
「……?」
『───俺はお前が好きだーーッ!!』
「───はぁ?」
突然の告白。私は先程までも沈んだ気分すら忘れて呆気に取られる。
『拾ってくれた、あの時一目見た時からお前の事が好きだ! 辛口言葉投げてくるけどなんやかんや近くに置いといてくれるその優しさが好きだ! なんやかんや信頼してここまで来てくれた事実自体が好きだ!』
「お、おい貴様何を言って」
『あと罵倒されるのもちょっとクセになってきたし! これからももっと罵倒してくれ!』
「気持ち悪いぞ!!!」
俗に言う"ドМ"という人種。奴はそれらしい、いや、私が目覚めさせてしまったのだろうか。
冬の筈なのになんだか無性に暑くなってきた。
『だから頼む、生きてくれ!!』
「……」
『生きてればきっと何か良い事あるし!』
「……ふふ」
先程までなんやかんや理屈をつけていたのに突然軽くなるその言いぐさに、私は表情を緩ませる。
『あ、笑った!』
「笑ってないが」
『今笑っただろ! 誤魔化されないぞ!』
「笑ってないといっているだろう! 蹴るぞ」
『ありがとうございます!』
「気持ち悪い!」
『ありがとうございます!』
話していれば無限に気持ち悪くなっていくカイ。いつの間にか私は、笑っていた。
「……はあ、なんだか考え込んでいた私が馬鹿みたいに思えてきたな」
『計画通り……』
「嘘付け」
……私は良い仲間をもったのかもしれない。強くもない、可愛げもない、気持ち悪く、現状何の役にも立っていない。
そんな猫擬きを、しかし私はこれからも面倒を見ようと思っていた。思ってしまった。きっとそれは苦労の連続になるだろう。後悔もするかもしれない。
それでも、今は。
「……帰るか」
『……ああ!』
「私達の家に……な」