魔王の"元"娘、塔に入る
タイトル詐欺回
高木が殆ど生えていない荒野、そのある場所に半径2カロ程のクレーターがあり、その中心部に建つのが私達が目指していたダンジョン───月の塔である。
少し傾いたその200メルト程の塔の表面は純粋マテライトという有数の硬度を誇る金属で出来ており破壊は困難を極める。
塔に付く様々な装飾は、しかし芸術的というよりかは何かの機械の様に見え、またそもそもの全体的な形が塔というよりも船の様な形状で、これが超古代文明が造り出した騎空艦が墜落した姿だ、という説を唱える学者も居る。
『やっぱりSFの宇宙船みたいだなあ』
「宇宙船……? そういえば、お前はこれが何か知っているのか? 上位存在」
『いや、ゲームの説明でも大した事は書いてないよ。今のは俺の感想だ』
「……役に立たん奴だ」
『なんだとぉ……』
この男、上位存在である筈なのに知識が弱すぎる。私ははあ、とため息をつき、騒がしい町の中で足を進める。
月の塔はかつては四天王の一人である"月光竜"リリノア・ドラグーンが住んでおり、彼が母様の誘いに乗って魔王軍に参加、王都へ移住してからは所有者無しのダンジョンになった。
ダンジョンは資源の宝である。そこには人が集まり、町を作り出す。ここも例外ではなく、塔の周辺にはダンジョンから生まれた資源を取引する為の町───迷宮都市が形成されている。
ガヤガヤとした喧騒の中、私は塔の根元に建てられた建物に入る。
そこはダンジョン管理施設。冒険者の安全を担保する為の活動を行っている民間団体───冒険者ギルドが運営する施設であり、ダンジョンの整備や内部で遭難した冒険者の救助等を行っている。
ダンジョンに入る為にはそこで入場届と入場料を出さなければならないのだ。
『ゲームでも思ってたけど世知辛いよなあ。何でダンジョンに入る為に金払わないといけないんだ』
「そのお陰で私達は安全にダンジョン探索を行えるのだ、仕方あるまい。さあ、今日ここに来た目的を達成するぞ。案内しろよ」
『分かってるって。でも今の俺は戦闘力皆無だから護衛頼むぞ』
「任せておけ……とは言い難いが、まあ死んでも恨むなよ」
『マジで頼むよ。二回も死ぬなんでゴメンだぜ』
朽ち果てた狭い積層式ダンジョン、それが月の塔内部である。よく分からない植物やキノコが生い茂り、発せられる瘴気で視界は悪い。そんな中で湧き出たモンスターが襲ってくるのだ。
冒険者ギルドが設定したここの推奨レベルは150。自分の身さえ守れるかどうか分からない状況下で、か弱い魔物を守れる自信など全く無かった。一応血を飲んで感覚は研ぎ澄まされているが、それも焼け石に水である。
因みに推奨レベルよりも下の者が入ろうとすると入場料を2倍払わなければならない。これで目的の物が無ければ大損である。
そんな中歩く私の眼下をカイが先導する。その歩みに迷いは無く、確固たる自信を感じさせる。これは期待していいのだろうか。
「……! モンスターだ!」
『ひょえええ!!?』
暫く進んだ所で最初のモンスターと会敵する。
動く人間の骨格標本───アンデッドエネミーの一種、スケルトンである。
ボロ衣を纏い、錆びた剣を握る骸骨、それが三体。ギルドが設定したレベルは120。力でやり合っても勝てる相手ではない。
「来い……"リーフィレイロ"」
そう、力では。
私はそう呟き、瞬間、左手の中に赤紫色の炎が現れる。それはやがて弓の様な形になり、私はそれをスケルトンに向ける。
『り、リーフ、何だそれ!?』
「私の"固有能力"だ。まあ見ていろ」
私が右手を左手の上に添え、矢を番える様な体勢を取り、そして引く。
瞬間、光の矢が形成され───その鏃は中央のスケルトンに向いていた。
矢を持っていた手を離す。ドン、という音と共に光の軌跡を残して矢が飛んでいき、近付いてきていたスケルトンに命中する。
『お、おい不発だぞ……あれ? リーフ?』
だが、その矢は刺さるのみでスケルトンには傷一つ与えられていなかった。それにカイは焦って私の方を向き───しかし、そこにもう私は居ない。
「───っ!!」
スケルトンの背後に現れた私は持っていたナイフでまず中央のスケルトンの首を断ち切る。
残った敵が私に気付き、振り向こうとする。私はその前にまず右のスケルトンを蹴り飛ばし、左の頭にナイフを突き刺す。
そして最後、壁にぶつけられたスケルトンが起き上がろうとした瞬間にその頭部に光の矢を撃ち込む。今度の矢はしっかりと突き刺さり、その頭蓋を貫いた。
遅れて三体が一斉に灰───モンスターは死ぬとそうなる───になる。これで戦闘終了だ。
「……ふぅ、何とかなったな」
『お前……強いじゃん』
ひょこひょこと歩いてきたカイが呆れた様な声を出す。私は灰の中を探りながら───モンスターは死ぬと魔石などのアイテムを落とす───彼の疑問に答える。
「小細工をしなければマトモに戦えないのは弱さの証拠だ。母様なら瞬きすらしない間に殺していた」
『上を見過ぎるのは良くないぞ』
「……私は上を見なければならない者なのだ」
魔王の娘として生まれた、この私は。
『……っていうか、その弓何だよ。あとなんかワープしてなかったか?』
「これは私の固有能力"リーフィレイロ"だ。魔力を矢に変えて撃ち出す能力、しかしそれだけではない」
上位の魔族にはそれぞれの固有の魔法───固有能力と呼ばれる物がある。同じ種族でも違いがあり、例えば母様ならば光の剣を生み出す。
私のそれは"リーフィレイロ"。光の弓矢を生み出す能力。普通の使い方としては魔力矢を放つ物だが、何とかして強くなれないか、という訓練の中である特殊な使い方がある事を知った。
魔力矢により多くの魔力を込め、撃ち出す。その矢は殺傷力を持たない代わりに、命中した位置から半径1メルト圏内は"領域"として設定される。
その内部の事象はある程度私が操作でき、またそこへテレポートしたりする事も出来る。無論魔力は消費するのであまり多用は出来ないが、かなり強い部類の能力に入るだろう。
因みに設定できる"領域"の上限は3つまで。新たに設定すれば古い物から削除される。
『長い! 三行で頼む』
「矢 当たった所へ テレポート出来る」
『なるへそ……クソ強いじゃん、チートじゃん。テレポートなんて習得難易度バカ高い上に滅茶苦茶魔力消費する魔法だった筈だぞ』
そう、テレポート───一瞬で別の場所に移動するその魔法はかなりの習得難易度を誇り、私に近しい者の中でも使えるのはフェニシアだけである。そして、彼女からも彼と同じ様な事を言われた。
確かにこの能力は強力だ。だが私が───母様が求めているのは圧倒的な力。敵を正面から打ち倒す圧倒的な武力なのだ。
また、そもそも私の魔力量が少ない為に回復無しでテレポート出来るのは精々三回程度。正直宝の持ち腐れだと私は思う。フェニシアならば千回やっても余裕だろう。
「……ええい、私の事などどうでもいいのだ。兎に角さっさと強化アイテムの場所に案内しろ!」
『わ、分かったよ……ゲームならRTA走者必須になってそうな能力なんだけどなあ』
彼のその呟きは、瘴気の中に消えていった。