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魔王の"元"娘、船に乗る

「全く……乙女の懐に潜り込むとはいい度胸をしているものだな」

『価値無いって言ってたじゃん!』

「それとこれとは話が別だ」


 日が沈みかけ空が紅く染まる頃。時計の短針が右下を指す時刻、私はアルコールが残した頭痛と共に目を覚ます。

 そしてまず感じたのは腹の辺りに謎の温もり。布団を捲り見てみると、そこには猫が丸まって寝息を立てていた。

 一瞬可愛いな、と穏やかな気分になり、すぐにその猫の中身が下心丸出しの男である事を思い出し次の瞬間には膝蹴りを繰り出していた。


「喋らなければ可愛いのに……」

『にゃーお「黙れ」はい……』


 今後道端で猫を見かけても此奴の猫撫で声が聞こえてきそうで頭痛が更に酷くなる。


 そんな戯れはさておき、今日は此奴が強化アイテムがあるとのたまうダンジョン───月の塔に行く日である。

 月の塔はスカーレット公国内のへルティア地方にあり、ここからは直線距離で2000カロ(km)は離れている。当然徒歩で行っていては日が明けてしまうので公共交通機関を使用する。


『ひゃー! 高ぇー!!』

「少し煩いぞ」


 私にしがみつくカイ───カイトでは人名の様に聞こえるのでこの名前で呼ぶ事にした───が情けない悲鳴を上げる。

 今、私はその交通機関が通っている街に行く為に箒に乗って空を飛んでいた。

 この世界ではメジャーな移動手段であり、最高時速は材料にもよるが40カロ程。因みに私が使っているのは"イーストウッド"という木から削り出した特注品であり、絶縁されて王都を出る際に親代わりの女性から貰った物だ。

 火の妖精フェニシア。四天王の一人で燃える様な長い赤髪が美しい女性。よく魔法の訓練をしてくれ、また公務で忙しい両親に代わって世話をしてくれていた女性。元気にしているだろうか。


 横を見ると太陽はもうその大半が山の影に隠れてしまっている。

 私の父は吸血鬼ではなく、実を言うと私は半吸血鬼(ハーフヴァンパイア)なのだ。なので吸血鬼特有の弱点もある程度は緩和されている。

 ただ、それでも日光を直に浴びるのは厳しいので今の私はつばの広い黒の三角帽子に黒の手袋、黒タイツと対日光完全装備を身に着けている。今、研究者達が日光の悪い成分のみを遮断するクリームを開発中らしいが、完成するのはいつになるのだろうか。



 さて、そうして飛んで30分。

 無数の家々、一際高い時計塔、林立する煙突、立ち上る白煙、回り続ける歯車───私はある程度発展した都市、ローゴスに辿り着く。


『おおお!! スゲー!!』


 カイが悲鳴から一転、感嘆の声を上げる。その視線の先にはプロペラが風を切る音と共に飛び上がる()があった。何度も見た私ですら圧倒されてしまう光景だ。此奴がこんな反応をするのも当然である。

 これが今回私が使う公共交通機関である。

 "騎空船"。水上艦の様な船体に幾つものプロペラを付け、それらを魔導汽関で回転させる事で空を飛ばせる船。この世界での交通機関といえばこれか鉄道くらいである。


「月の塔行きを一人」

「大銅貨7枚です」


 直径4セルト程の銅貨───銭湯で支払った小銅貨10枚分の価値がある───を3枚、窓口のオークに手渡してチケットを受け取る。一週間分の食費。地味に痛い出費だが、強くなるのならば問題ない。強くなるのなら。

 午後7時に出発して12時に到着する、5時間のクルーズ。今夜も晴れなのでよく月が見えるだろう。


 弁当を買い船に乗り込む。全長30メルト(m)程度の小さな木造船で、甲板に三本立ったマストと艦尾下部に計5枚のプロペラが装備してある。

 私の席は最もグレードの低い三等席。肌触りの悪いカーペットに包まれた弾力の低いそれは、しかし寒い夜空を箒で飛ぶよりかはマシである。


『まもなく離陸いたします。お立ちのお客様は席にお座り下さい』


 船内放送が流れ、その後に魔導汽関が始動する。ボォ、と汽笛が鳴り響き、煙突から白煙が吐き出されて船内がカタカタと揺れ動く。

 ゆっくりと船が浮かび上がり、重みある動きで前へと進み始める。丸窓から外を見ると街の灯りがどんどん小さくなっていく。


『お、おい。甲板に行ってみようぜ』

「寒いぞ」

『生で見てみたいんだよ』

「はぁ……」


 離陸して十分程経った所でカイがそんな事を言う。私はため息をつき、防寒具を身に着けて立ち上がる。

 この船に限らず、騎空艦には出られる甲板がある。豪華客船ならば庭園などが備え付けられているそこは、しかしこの船では本当に平らな空間があるだけだ。

 今は冬の夜で高度も高い。好き好んで出る者は居ない。実際甲板に出る扉の横に立っている空夫にも怪訝な視線を向けられた。恥ずかしい。


 扉から甲板に出る。冷たい風が私の髪を靡かせ、冷気が肌をプスプスと刺す。


『さっぶ!!?』

「だから言っただろう」

『でもすげぇー!! ひゃー!!』


 誰も居ない甲板をカイが端まで駆けていく。あの様な小さな体躯ではこの風で飛ばされてしまいそうで少し心配になる。

 ヒュンヒュン、とプロペラが風を切る音が鳴り響くのみの暗い場所。私は手すりに体重を預けて景色を眺める。


「綺麗だな……」

『雲海ヤベェー!!』

「……この風情の欠片も感じられない声さえ無ければな」


 備え付けられている高度計は今、2300を指している。

 今、この船は雲の上を航行している。眼下に広がる雲海を月光が照らす。視線の先には翼を羽ばたかせて飛ぶ一組の野生のワイバーン。遥か彼方には街の灯りが煌々と輝く浮遊島。

 まるで絵画の様な光景を見て、カイは興奮した声を上げる。


「貴様の世界には騎空艦は無いのか?」

『飛行機ならあるけどな、こうやって生身で外に出るなんて出来ないし、あとワイバーンも浮遊島も無いよ』

「そうか」


 ワイバーンも浮遊島も無い。なんとつまらない世界なのだろう。

 私は懐を探り、そこからある物を取り出した。


「……食うか?」

『お、いいのか? サンキュ〜♪』


 赤い乾燥肉、昨日買っていたジャーキーである。物差し程度の大きさのそれを二つに千切り、小さい方をカイに差し出す。

 彼がそれを食べている横で私も食べる。少し辛い。


『そういや、血は吸わないのか? 吸血鬼だろ?』

「吸血鬼とて血液だけを口にする訳ではない。私は半吸血鬼(ハーフヴァンパイア)だから尚更だ」

『ふーん、そういうもんか』

「そういうものだ。まあ血も持ってきているがな」


 私はポーション瓶を取り出す。その中には紅い液体───山羊の血液が入っており、蓋を開けてそれを飲む。

 保存用封印魔法である程度の鮮度が保たれたそれは私の身体に快感と多幸感を起こさせる。吸血鬼の血が入っていればこその感覚である。

 血を飲むとしばらく感覚が研ぎ澄まされる。例えば───


「……お」

『ん、どうした?』

「龍が居るな。すぐそこだ」


 そう言った瞬間、雲海から細長い何かが顔を出す。

 それは直径が10メルト、全長が300メルトはあろうかという巨体。顔に長い髭を生やし、表皮は鱗に覆われたそれの名は"龍"。雲海を住処とする巨大生物である。


『うおっ!?』

「恐れる必要はない。彼らは温厚だ」

『いやまあ分かってるけど……デカさは怖さだろ』

「手を出してこないと分かっている相手に何を恐れる必要がある?」


 龍は知能が高く、モンスターなどの"魔物"ではなく私達と同じ"魔族"に分類される。当然意思疎通も可能で、かつては魔王軍の一員として人間達と戦った事もある。

 今見たあれも大きな方だが、世界には全長が数キロにもなる龍も居るという。一度は会ってみたいものだ。


「……クシュンっ……そろそろ中に入るぞ」

『え、今のくしゃみ?』

「着いてこないと置いていくぞ」

『もう一回してくれない? 可愛かったから、もう一回だけ!』


 私は変な頼みをするカイを無視し、船内に入っていった。入ってからもまだ言っていたので一度絞め、空港で買った弁当を取り出して食べる。

 そうして満腹になった後に少し眠り───目覚め、膝の上で丸まっていたカイを叩き落として窓を見る。


「ほら、着いたぞ」

『いってぇ……いいじゃんちょっとくらい膝の柔らかな感覚を楽しんでててもさあ』

「また殴られたいのか? ……ほら、貴様の言っていた月の塔だ」

『……おお』


 暗闇の中、荒野のある場所が光り輝いている。

 それは建物に灯る光。そして、その中心部に一際高い構造物が見える。


 そこは月の塔、私の求める物がある筈のダンジョンである。

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