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魔王の"元"娘、世界の真実を知る

『一言で言えば、この世界は俺の世界でゲーム……あー、物語として存在していたんだ』


 宿の部屋に入り、周囲で誰も聞き耳を立てていない事を確認して彼は話し始めた。

 と、いってもこの声は私の脳内にしか聞こえていないのでそこまで気にする必要もないのだが。先程宿の主人の前で話させてみたが聞こえている様子はなかったからだ。


「なるほど、つまりお前は上位存在という訳だ」

『……驚かないんだな? 俺としてはSAN値直葬してもおかしくないかなーくらいには思ってたんだが』

「サンチというのが何かは分からんが、そこまで驚く事でもなかろう。それをいうならば貴様の世界にも更に上位存在が居る可能性もあるのだ。観測出来ていない事には全て可能性が存在する」


 ただまあ、この事実を知って絶望する者も居るのだろう。これまでの自分の行動は全て誰かによって操作されていた物だったなどと考えてしまえば、一体これまでやってきた事は何だったのだろう、そう思ってもおかしくはない。

 実際私もこんな下心丸出しの奴に自分の行動を監視されていたなど屈辱の極みだ。

 しかし、これまでの自分の行動はあくまでも自分の意思で決めてきた事だ。例え上位存在によって操作されていたとしても、私の認識ではそうなのだ。全ては物の見方である。


「で、つまりお前はこの世界でこの先起こる事を知っている、と?」

『そういう事になるか。今の時代が分からないからはっきりとは言えないけど』

「今はニルシア暦3012年だ」


 ニルシア暦。光の神ニルシアがこの世界に降り立った時を元年とする暦である。


『3012年か……なら使える、かな?』

「その"知識"をか?」

『ああ』


 彼はその"ゲーム"について話し始める。


 "紅き救いに導きを"、ファンタジーオープンワールド式RPGゲーム。主人公、時代、陣営などを選べる自由度の高さから人気の高いゲームである。

 彼はそのゲームをやり込んでおり、神が言った通りならばその主人公のデータ通りの姿で転生する筈だったのだという。


『最強武器、高い魔力、高火力魔法……最強になれる筈だったんだけどなあ』

「そうか……」

『レベル1021だぜ?』

「母様は5000だが」

『強すぎない? あれ、そんなに強かったっけ……』

「ならばレベルの概念が違うのかもしれんな」


 この世界には"レベル"という概念がある。

 冒険者ギルドという施設で冒険者カードという物が発行出来るのだが、それには発行主の身体能力や魔力などを数値化した物が記されており、それらを総合的に評価した物が"レベル"である。

 例を挙げると、普通の成人したゴブリンの男が30、人間の一般兵が100程度だ。因みにこれは素の力であり武器は考慮していない。


『因みに魔力や身体能力を底上げする魔道具の居場所とかも知ってるぞ』

「そんな物は殆どがとっくに回収済みだろう」

『いいや、絶対にバレてない物がある。花京院の魂を賭けてもいい』

「誰だそれは……」


 謎の人物の魂を賭けられて一体どうしろというのだろうか。つくづく不思議な言い回しをする男である。

 しかし、彼はそう断言するが正直信じられない。勇者との戦いが終わって数百年余り、世界は発展と共に神秘を失ってきた。

 ダンジョンは最早観光地同然になり、冒険者(エクスプローラー)は今や便利屋扱い。そんな世界に、未だ知られていない魔道具などあるのだろうか。そして例えあったとして私が行ける場所なのか。


「……でもまあ、そこまで言うのならば行ってもいいかもしれんな」

『おお』

「このままこんな場所で停滞していても仕方がない……しかし、私が行ける場所なんだろうな?」


 弱いという理由で絶縁された私。こんな平和な町で怠惰な生活を送っていいとは思えなかったし、何よりも私の精神が限界だった。

 結局気休めだ。何かしていたかった。気を紛らわせたかった。


『勿論だ。お前のレベルは?』

「95だ」


 人間の一般兵とほぼ同じ。母様は同じ位の歳で既に1000を超えていたらしい。


『……まあ、大丈夫だろ』

「おい」


 ……本当に、コイツについて行って大丈夫なのだろうか。


『場所は"月の塔"。行ったことあるか?』

「ああ。何度か行ったことはあるが……あんな場所にあるのか?」

『それがあるんだなあ。ゲームでも見つかるまで一年かかったんだぜ?』


 彼は言った。

 月の塔とはある場所にある高い塔状のダンジョン───モンスターが無限に湧き出る場所の総称───の名前である。

 一年。月の塔が発見されてからかれこれ数千年は経っている訳だがどうなのだろうか。やはり不安である。


『兎に角レッツゴーだ!』

「いや待て」


 そんなこんなで、早速外に出ようとした彼を私は引き留める。


『何だよー早く行こうぜー?』

「お前、私が何の種族か忘れていないか?」

『あー……?』


 カチ、カチ、カチと安物の時計の針が鳴る。それが指している時刻は午前4時、早朝である。

 私はふわあ、と欠伸をした。


「今日は取り敢えず寝る。話はそれからだ」

『夜行性面倒くさ』


 文句を垂れる奴を他所に私はタオルや着替えを袋に詰めていく。そんな様子を、奴は怪訝な表情で見つめている。


『……何してんだ?』

「何って……風呂の用意だが」

『風呂!? ……風呂!!』


 私の一言で露骨に奴のテンションが上がる。


「言っておくがお前は留守番だぞ」

『───え?』

「魔物を銭湯に入れられる訳ないだろ」

『ちょっ、まっ』

「じゃあな」

『待ってく』


 ガチャリ。扉を閉め、鍵をかける。

 天井にかかるランプの灯りが廊下を明るく照らす。吸血鬼の目はその微かな光でも増幅してくれる。窓からは大きく傾いた欠けた月───この世界ではこれが満月だ───が見えている。

 階段を降り、鍵を宿の主人であるドワーフに渡し、宿を出て銭湯に足を向ける。微かにひんやりとした空気が肌を刺す。安宿だが断熱は割としっかりとしていた事を思い知る。


「……はぁ」


 夜は吸血鬼の領域(テリトリー)。しかし暗黒の空はいつも私の気分を重くさせ、どんよりとした息を吐き出させる。

 こんな時は酒でも飲む───吸血鬼なので実年齢は見た目よりもかなり高い───のが一番だ。留守番の奴には悪いが、まあ適当な土産でも買っていけばいいだろう───


「……ふふ、こんな事を考えるなんてな」


 機嫌を考えるとは、いつの間にか私は随分と奴に絆されていたらしい。帰りを待つ者が居る、それがどれだけ精神を安定させてくれるのかが今分かった。


 銭湯は宿を出て五分程歩いた場所にある。

 今私が居るのはスカーレット公国内にあるエルテルという田舎町だ。家以外には個人経営の飲食店や雑貨屋程度しか無いこの町にも銭湯はあった。

 これは公衆衛生の一環として父上が推し進めている物であり、公国内ならば何処へ行っても銭湯は見つける事が出来るのだ。


「一人、冒険者割で」


 銭湯の建物に入り、その言葉と共に受付に小銅貨6枚を差し出し、返答を待たずに女湯の扉を開く。受付に座る人狼の男は新聞を読んだまま何も喋らない。

 今日は満月の為狼に変身しているが、平和なこの時代にそこまでの戦闘能力は必要なかった。


 服を脱ぎ、銭湯に入る。中には私と同じく夜行性の種族がちらほらと居る。そんな中に混ざっていき、座って身体を洗う。

 過去には吸血鬼は流水に弱い、という謎の弱点が触れ回られた事もあるらしいがそれは間違いだ。吸血鬼が弱いのは日光とニンニク。心臓を杭で刺されても死ぬがそもそもそれをされて死なない生物は居ない。


「あらグラスちゃん。今日も依頼(クエスト)帰り?」

「ああ。東の洞窟から薬草を幾つか採ってきた」

「へえ、小さいのに偉いわねえ〜。揉む?」

「遠慮しておこう」


 身体を洗っていると、隣から声をかけられる。

 そこに居たのは豊満な肢体を持つ妖艶な美女。頭には黒い翼が、臀部からは細長い黒い尻尾が生えており一目でサキュバスだと分かる。

 彼女は身をくねらせ、まな板───まだ100歳(人間換算8歳)なので当然だ───の私とは正反対の、自らの頭程もありそうな胸を持ち上げてそんな提案をしてくる。いつもの事だ、私は潔く辞退する。

 彼女はサキュル。この街に根を下ろすサキュバスで歳は不明。同じ夜行性の魔族で割と顔馴染みになった女性である。

 基本的に良い人だが頻繁に性的接触を提案してくる。まあ種族的本能なので仕方がないのだが、旦那がいる筈だがいいのだろうか。


「そういえば、サキュルはペットなどは飼っていたか?」

愛玩性物(ペット)? 強いて言うなら私があの人の」

「魔物的な意味で」

「小悪魔ちゃんを飼ってるわよ。可愛いわ〜」


 小悪魔とは黒い毛むくじゃらの小動物に角や翼が生えている様な見た目をした魔物である。

 私はフェイスタオルで身体を擦りながら尋ねる。


「その小悪魔は喋るか?」

「ん〜? 鳴いたりはするけど喋りはしないわね〜」

「そうか」


 彼女は言う。やはり、奴は特別らしい。


「どうかしたの?」

「ペットを飼い始めたんだ。猫みたいな奴をな」

「あら可愛らしい。貴女にピッタリよ〜」

「……そうだな」


 中身を見なければ可愛いだろう。いや、サキュバスにとってはアレでも可愛いのかもしれないが。

 そんな他愛もない会話を交わしながら身体を洗い終わった私は漸く浴槽に浸かる。田舎の銭湯だけあって浴槽は少し大きめの物が一つだけだ。しかしそれでも汗を流せるので十分なのである。


 そうして風呂を上がり、寝間着を着て売店で瓶詰めのエールとジャーキーを買い、外に出る。

 穏やかな風が気持ちいい。ただの湯だが、何故ここまでの快楽を与えてくれるのだろう。そんな事を考えている内に宿に辿り着いた。私は主人から鍵を受け取り部屋に入る。


『お帰りー……それ、オレンジジュース?』

「エールだが」

『子供がそんなの飲んだら駄目だろ!』

「いいだろう別に。気を紛らわせてよく眠るにはこれが一番だ」

『アル中じゃん……』


 アルチュウ、とは何なのだろう、新種の魔物か何かだろうか。そんな事を考えながら私は栓を開け、一気にあおってその勢いのまま眠りにつく。やはりこれが一番効く……



 目覚めた後に、布団の中に潜り込んでいたカイトを蹴り飛ばす事になるのはまた別の話。

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