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魔王の"元"娘、変態仔猫と出逢う

タフ要素はありません

「───はぁ……」


 トボトボと歩きながら私はそんなため息をつく。

 普段ならばこんな弱音は吐けないがここは森の中で今は真夜中だ。聞いているのは夜空に浮かぶ星と欠けた月だけ、気にする必要は無い。


「今日で二週間……か」


 その言葉の意味は「今日で家から()()()()()()()二週間経った」という物だ。

 私はとある名家に生まれたのだが、とある理由から絶縁を言い渡されてしまったのだ。

 そんな訳で頼れるものが無くなってしまった私はこの二週間、冒険者(エクスプローラー)として簡単な依頼(クエスト)をこなし、その報酬で生活していた。生活自体は普通に出来ているのだが、精神がもう限界だった。

 こんな私に存在価値などあるのだろうか、暇さえあればそんな自問自答を繰り返してしまう。それ程までにショックが大きかったのだ。


 と、今日も宿に向けて足を進めていた時、私はある出逢いをする。


「……ナァ」

「……魔物か」


 道の脇から可愛らしい、しかし弱弱しい鳴き声と共にフラフラと小さな魔物が歩いてくる。

 体長は15セルト(センチ)程度、四足歩行で紫色の猫の様な小さな魔物だ。体のあちこちに傷があり、歩みも覚束ず今にも死んでしまいそうな状態だった。


「お前も、私と同じか」


 大方群れから追い出された、といった所だろう。このタイプの魔物は何度か見たことがあるが子供でももう少し大きかった筈だ。

 成長不良の個体は群れから追い出される。()()()()絶縁された私と同じだ。


「確か……あった。ほら、これを食べろ」

「ナァ……」

「ふふ、美味いか?」


 そんな魔物を前にして素通りは出来なかった。

 私はバッグから干し肉を取り出してその魔物に差し出す。魔物はしばらく匂いを嗅いだ後、ハムハムと食べ始めた。多少塩分は多いがまあ死ぬよりはマシだろう。


「……」


 この行為は結局の所自己満足だ。弱い魔物に勝手に自己投影し、無責任に餌付けしているのだから。

 ここで多少命を繋いだ所でこいつが劇的に強くなる訳ではない。結局はこの後この森に潜むより強い魔物に襲われ死ぬのだろう。

 弱い魔物が生き残るには群れるしかない。そこから外れた以上こいつは死ぬ事を定められているのだ。


「……お前、私と来るか?」

「ナァ?」


 これも自己満足。

 〈従隷魔法〉という魔法がある。それを使えば魔物を自分の従魔とする事ができ、世の中にはそれを使って多くの魔物を従え働かせる『魔物使い(テイマー)』という職業もあるのだ。


「この首輪を着ければお前は私の従魔になる。それでもいいか?」


 私にはそれは使えないが、偶然にもペット用の従隷首輪を持っていた。これは首に着ければ事でその魔物───弱く小さい物に限られる───を従魔にする事が出来る物で主にペットに使われる。

 ペットを飼って少しでも気を紛らわせようと思って買った物だったが……


 首輪を見て、それでもこいつは私に近寄ってくる。

 言葉を理解したのか、もしくは単純にもっと餌をくれるのと勘違いしたのかは分からない。この行為も自己満足だ。私は少しでも自分の罪悪感を減らそうとわざわざ訊いたのだ。こんな魔物に言葉を理解する知性なんてある筈がないのに。

 私は首輪に一滴自分の血を垂らし、魔物の首に着ける。瞬間、何か繋がる様な感覚に襲われる───従隷契約が完了したのだ。


「これでお前は私の従魔だ……まあ、短い付き合いになるだろうがよろし───」


『やったああああっ!! 美少女のペットだぁぁぁぁっ!!!』


「く……?」


───次の瞬間、脳内に聞こえてきたのはそんなテンション高めの男の声だった。


『力が使えない時はどうなるかと思ったけどまさかこんな娘に拾われるなんて!』

「……」

『幼稚園……いや、低学年くらいか? 背中に羽が生えてて目が紅くて牙が生えてるって事はもしかして吸血鬼か? 吸血鬼でも血以外食うんだなぁ』

「……」

『最悪ハゲたオッサンでもいいから媚び売って餌貰おうと思ってたけどこんなssr級美少女吸血鬼に拾われるなんてなぁ……俺感激!! ところでなんでいきなり黙ったんだ? おーい』


 衝撃的な声に、私はしばらく放心していた。

 その言葉の数々は、おおよそこんな可愛らしい見た目の魔物から聞こえてきていいものではなかったからだ。


「……お、お前」

『お、やっと話した。取り敢えず擦り寄っとこ。役得役得〜』

「ひぃっ」


 その言葉の次に魔物が足に近寄ってきた為、私は思わず引き下がってしまう。


『……ってあれ? 何で避けられた? っていうか……何でそんなこの世の終わりみたいな顔を……?』

「な、なんで……」

『……あれ、もしかしてこれ……聞こえてる?』


 そう言うと、魔物はゆっくりと顔を下げていく。心なしか冷や汗をかいているようにも見えた。


『あー……その……』

「……」

『……にゃ、にゃあ〜……スゥー……はい、ごめんなさい』


 脳内でそんな猫撫で声が聞こえてきた瞬間、私は思わず顔を顰めてしまう。それに気付いたのか魔物もすぐにその声を止める。


 今、私の考えは『気味が悪い』それ一色だった。

 まず、魔物は喋らない。従隷契約にそんな効果があるとも聞いた事がない。

 魔物を操って戦わせたりする者からしてみれば意思疎通が簡単になるのはいい事かもしれないが、私がこれと契約したのは愛玩目的だ。

 「喋らぬ猫は可愛い」この世界に伝わる諺である。時にコミュニケーションが難しい方が良い事もあるのだ。

 そして、その諺を私は今噛み締めている。今、目の前の魔物から伝わってくる言葉には下心満載であった。


「契約解除するか……」

『ちょっ、やめて!! こんな所で置き去りにされたら今度こそ死ぬ! 死んじゃうから!!』

「…………冗談だ。一度契約したのだ、最後まで責任は……取る」

『その間は何!?』


 焦りがこれでもかと伝わってくる。


「取り敢えず歩きながら話そう。もうすぐ私の宿だ」

『やった、美少女の部屋「黙れ」はい……』

「はぁ……では訊こう。貴様は何者だ? 魔物に、それも貴様の種族にそれ程の知能がある筈がないのだが」

『その説明をする前に今の俺の状況を理解する必要があ「早くしろ」はい……』


 気持ち悪かったり回りくどかったりする魔物の言葉を断ち切りながら歩く。

 この状況、周囲から見ればどうなっているのだろうか、などと私が考えていると、魔物は一言目で衝撃的な発言をした。



『まず、俺は転生者なんだ。前世は人間でピチピチの男子高校生さ。名前は朝露快人(かいと)。カイトって呼んでくれ』


「───は?」


 驚愕のあまり私は思わず足を止める。しかし、魔物───カイトは気にせず説明を続ける。


『まあ由緒正しきトラック転生ってやつだ。轢かれて女神的な人に会って転生させられて、気付けばこんな姿になってた』

「言ってる意味が分からんが」

『まあ重要なのは俺の前世が人間って事さ。死に方とかどうでもいい』


 トラックに轢かれ、神に会い、魔物に転生した……という事か。しかし由緒正しきとはどういう事なのだろう。


『でな、神様が言うには前世でやり込んでたゲームの見た目と能力にしてくれるって言ってたんだけど……』

「猫ではないのか」

『する訳ないだろ。おい神、約束が違うぞ。この姿身体能力クソザコナメクジだし魔法も大して使えないしで最悪じゃないか!』


 彼がここには居ない神に対してキレる。


『あ、そうだ一つ確認しておきたいんだけど』

「何だ?」

『この世界に"スカーレット公国"ってある?』

「───ッ」

『あ、あれ? 俺何かマズイこと言っちゃった?』


 彼からその単語が出た瞬間、私の胸が締め付けられる様に痛む。


『ご、ごめんな』

「……いや、いい……これは私の責任だ」


 私は深呼吸し、一旦心を落ち着かせる。

 その名前は、私の心を今最も締め付ける物で、口に出す事すらも辛かった。


「スカーレット公国は……ある。私はそこの…………王女だった」

『おっ、よかった〜。これで原作知識が使え……王女?』


 またも意味不明な事を呟く彼は、私の最後に言った言葉に首を傾げる。


「私の名前は……リーフ・レマリア・スカーレット。スカーレット公国公王───魔王アイリーンの娘にして第一王女だ。今は絶縁されてグラス・ミキシドロンドと名乗っているがな……」

『は……え……?』

「ふふ、驚いたか? そうだろうな、この身から感じる魔力の少なさでは到底肩書きには釣り合うまい」


 アイリーン・グロリア・スカーレット。かつて神々や勇者を殺し"魔王"と呼ばれた吸血姫。その強さは正に世界最強であり、そこから生まれた私も当然最強となる筈だった。

 だが、生まれた私は弱かった。魔王軍───今は公国軍の一般兵にも劣る程度の身体能力と魔力しか持たない私は、母としては自分の子だと認めたくなかったのだろう。


「それに母様のスカーレット家は"強さ"を崇める一族。私ではその名を名乗る事すら烏滸がましい……」

『いやー……なるほど、はぁー……』

「……すまない、忘れてくれ」


 衝撃的だったのか彼はただ相槌を打つだけの機械となっていた。


『いや、しっかしまさか……いや、凄い重要人物にエンカウントしたなー……』

「重要? 私がか?」

『いやだって原作では……こういう事情だったのか』

「……先程から貴様は何を言っている? "原作"とは何だ?」

『それはだな……いや、何処に人が居るか分からないし宿で話そう。結構重要な事だし』

「そう言って私の部屋に入りたいだけではないのか?」

『ち、違う、いやそれもちょっとあるけど……いや、ホントにちょびっとだぞ。本当だぞ?』


 慌てて取り繕うカイト。

 小さな猫型魔物が慌てた様に動くのは可愛らしいが、中身がこれでは台無しだ。


「……ふふ。ははは」

『ど、どうしたんだ?』

「いや何、少し面白くてな。良いだろう、貴様を我が部屋に招待してやる」


 そう言うと、彼は目を見開いた。


『い、いいのか? だって俺……』

「別に構わん。今の私は"ただのグラス"だ。この身に価値など無い」

『そんな事は無いと思うけどなぁ……』

「ふふ、ありがとう。さて、歩くか。今宵は()()だ、月を見て帰ろう」

『満月……? ああそうか、そうだったな』


 彼が不審な目を向けてくるが、すぐに理解した様で空を向く。

 そんなこんなで、私は不思議な(少し気持ち悪い)従魔を手に入れたのだった。



───この出逢いが私の人生にあれ程まで大きな変化をもたらすなどとは、この時の私は夢にも思っていなかったのである。

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