人の体 獣の体
肉パーした翌朝、私とアムスは今後の行動方針を考るべく早朝ミーティングをしていた。
まだ太陽は昇っておらず、薄暗く静かな日の出前だ。
ハコとルビアは仲良く眠っている。
アイ「とりあえずこれから私達はどう行動するかを考えなければならないと思うのですが、その辺をアムスさんはどうお思いか伺いたい。如何に?」
アムス「この洞窟を拠点にして、周辺の森と地下施設の動向を調査するべきかと。」
アイ「そうだね、その2つは必須情報だと私も思います。他には?」
アムス「アイには魔法の習熟と戦闘方法の模索、ワタシは魔法の研究と調査して得た情報の解析が引き続きしていかなければならないルーチンかと。」
アイ「そうだね。体の主導権を持つ私は身を守るためにも武力の向上は必須だと思っています。ハコやルビアに頼るだけでなく、私も最低限戦えるようにならなければならないのは必定でしょう。」
アムス「しかし現状この体では戦うにしても、身を守るにしても、脆弱すぎるし取れる選択肢が少な過ぎます。」
アイ「それについては私も懸念していました。実際問題今の体には防御をするだけの強度が全くありません。先日のショットガンピーは本当に死ぬかと思いました。何か取れる対策はありませんか?」
アムス「一つの可能性ですが、人の身体を手に入れれば、融合同化して、取れる手段は確実に広がると思われます。」
アイ「人の身体を手に入れるとは、どのような手段で入手するつもりなのでしょうか?」
アムス「ルビアの時と同じく、私達の細胞を相手の体内に侵入させて遺伝子情報を解析し、更に脳を支配してワタシ達の身体にしてしまいます。」
そ、それは…
アイ「その案は却下します。私達の勝手で他人の命までか身体まで奪うというのは、私の倫理観に反します。アムスにとって1番合理的で確実な手段と考えることは理解出来ますが、前にも言った通りアムスの力はこの世界にとって異質なモノであり、短絡的に行使して良いものでは無いと私は考えます。」
アムス「そうでしたね。それでは代案として、この森の中の生物を乗っ取り、それを体にしてしまうのはどうでしょう?それなりに強い個体を乗っ取る事が出来れば、この森を自由に行動することができるようになります。」
アイ「それをした場合、私は人間の体になる事はできますか?」
アムス「可能だと思いますが、やはり他人の体を乗っ取る事になります。」
そっかー、やっぱり私が人の体を得ることは難しいみたいだ。
この森の中で強い個体の体を接収するのがベストなのかなぁ。
でもなー、私の中では、私はやっぱり人間なんだよ。
今は目玉と触手だけど、その姿を自分だと受け入れられてはいない。
アムス「アイが納得するなら、例えば人の町を探して、墓地から死にたての体を徴収するなども1つの手段として考えられますね。死後硬直前なら使えますよ。」
死体は嫌です。
ゾンビになりたい奴なんていないでしょうよ…
アイ「死んだはずの人が動いてたらゾンビだよ。やっぱり人間に戻るのは諦めるしかないかぁ。」
アムス「これも例えばの話ですが、解析したアイの遺伝子情報を元に、アイの言う不思議ポケット内で肉体の培養を行えば、アイの人間体の再生が出来るかもしれません。しかしこれはあくまで可能性の話で、培養自体が成功するかどうかは未知数です。」
アイ「それってリスクは無いの?」
アムス「リスクと言うより、培養の成功失敗に限らず、培養を終了するまで不思議ポケットの使用が制限されます。今のワタシ達の体積以内の物の出し入れしか出来なくなります。それと環境保持のため、今保管してある物品以外の新しいものを収納することはやめておいた方が良いと思います。」
うーん、大きな物や新しいものが入れられなくなるのは困るなぁ。
狩ってきた獲物の保管が出来なくなるのはハコやルビアの食事事情悪化に直結するし、これから手に入れる物で有用な物を保管出来なくなるのは避けたい。
何より私が扱える能力の筆頭である不思議ポケットへの収納が制限されると言う事は、私の価値の低下と同義だ。
「とりあえず体の事は後回しにしよっか。たちまちの問題だとは思うけど、ハコとルビアの食糧保管や物の出し入れが不便になるのは避けたい。」
完全に問題の先送りだ。
だけど昨日のハコやルビアの事を思い出すと、食の低下を招きあの子達をガッカリさせたくは無い。
とりあえず体の事は後回しだ。
それより
「そう言えばさ、昨日思ったんだけど、不思議ポケットの中身で、本や狩りで手に入れた物はいいんだけど、棚から持ってきた物を一度確認したいんだよ。良いかな?」
「構いませんよ。何かわからない事があれば聞いて下さい。分かる範囲で教えます。」
よし、先ずは棚卸しをしよう!
何があるか分かれば、今後の行動を考える判断材料になるかもしれないしね。
アムスは最初に収納した棚の物を素材と言っていたけど、素材っぽい物は殆ど無かった。
ほぼ道具や雑貨で締められていた。
昨日開けた木箱の中身は、ノミや鋸などの大工道具、鍋やザルやバットなどの調理器具、前掛けに手袋、カトラリー、私が入っていた蓋つきの瓶と同じ物、これらは全部新品だった。
未開封の木箱があと2つ。
小さい方にはいろんなサイズの薬瓶が入っていた。
「アムス、この薬瓶の中身がどんな物かわかる?」
「青色の瓶は狩りの時に使った麻酔薬。茶色の瓶は消毒液。緑色の瓶は肉が溶けたので強酸か強アルカリの薬液。黒い瓶は硝酸の粉末が入ってます。」
うん、麻酔薬は狩りに使ったくらいしか分からない。
あとは消毒液しか私には使い道が分からない。
これらの薬品に関しては、アムスさんに管理してもらおう。
もう一つの木箱にも薬瓶ばかり入っていた。
さすが研究室、薬品類でいっぱいだ。
「アムスさん、こっちの薬瓶は全部同じ瓶だけど、中身が何かわかる?」
「ラベルにはローポーションと書かれています。説明書きには体力回復と傷の治癒とありますね。」
ポーション!!!
傷薬とか強壮剤ではなくポーションとな!?
ファンタジー風味満点なアイテムが出てきたよ!
「ワタシ達に効果があるかどうかは実際に使って確かめないと分かりません。」
それもそうか。
私達はこの世界では異質な存在だ。
私達の体に説明書き通りの効果があるかどうかは実際に試さないとわからないよね。
ちょっと残念。
「ハコやルビアにはどうなんだろう?」
「人間の薬が魔物や魔獣に効くかどうかも分かりません。」
それも実際に試しでみないとダメか。
ポーションもとりあえずはアムスさんに管理してもらおう。
「ポーションもアムスさんに任せるよ。」
「わかりました。ルビアやハコの生体データで検証してみましょう。」
そんな手もあったのか。
ぶっつけ本番で試すよりは安全だ。
アムスさんに丸投げして悪いけど、お任せするのが1番と思う。
「それじゃあお願いするよ。」
木箱の中身を確認し終え、残りの物も確認していく。
残りは私が入っていた蓋つきの瓶と同じ物で、中身が入っている物が複数と、5つの黄色い綺麗な石。
アムスさんの話によると、瓶の中身は魔獣や妖獣の一部らしい。
これは研究素材っぽいな。
これもアムスさんにお任せします。
最後は黄色い石。
これに関してもなんなのかわからない。
ただアムスさんが言うには
「この石にはかなり膨大なマナが含まれています。アイが持ち出した物なので放置していましたが、ワタシが今1番解析したい物です。」
「それじゃあお願いします。綺麗だったから持ってきただけだから、アムスに解析してもらうのも悪いかと思ったけど、アムスが興味あるなら、解析してみて。」
「では早速!」
アムスさんはそれから話しかけても答えてくれなくなった。
なんだよー、無視かよー。
そんなに興味があったなら、もっと早くに言ってくれればよかったのに。
私はアムスさんみたいに出来る事が無いので、とりあえず引っ張り出した品々を片付けていった。
朝日が昇り、少し風が出てきた。
そろそろハコとルビアも目を覚ましてくる頃と思い、焚火の跡を掃除して火を起こす。
パチパチと爆ぜる薪の音を聞きながら肉を切っているとハコが目を覚ました。
「ハコちゃんおはよう。今日はハコの方が先に起きたね。」
「ご主人おはようございます。焚火の匂いがしてごはんかと思ったら目が覚めました。わん。」
まだ眠そうだけど、どうやら食欲で目覚めたらしい。
昨日は夜型とか言ってた気がするぞ?
しかし焚火の匂いがごはんに繋がるとは。
私達の行いがハコの普通に馴染んでいるって事か。
餌の袋が立てる音を聞いて飛んでくる猫みたいだな。
「ルビアが起きたら朝ごはんにするからもうちょっと待っててね。」
「わかりました。わん!」
ハコちゃんは今日も元気だ。
私は不思議ポケットから肉を取り出してカットしながら昨日の食事風景を思い出していた。
ルビアとハコの食いっぷりは凄かった。
あんなの見てたら私も食べたくなる。
いつか私も2人の食事に混ざってごはんを食べる日が来るのだろうか?
やっぱりごはんを食べたいよ。
触手からの栄養補給で生きながらえている現状に不満を言ったらアムスに悪いけど、私は美味しい物を食べたい。
これは私の中に美味しい物を食べて喜んだ事があるって事なんだと思う。
相変わらず記憶は戻らないけど。
もしアムスの肉体培養が成功して私の身体が再生出来たら、自分の体に引っ張られて記憶も戻ったりしないかな?
再生した自分の顔を見たら何か思い出したりしそうな気がする。
自分の顔を見て、誰これ?て事にはならないと思うんだけどな。
「おはようございますアイ様!」
ルビアが起きた。
「おはようルビア。朝ごはんまた焼肉になるけど良い?」
「はい!て言うか焼肉より上の物はこの世界に存在しないと思います!」
純粋培養の肉食系女子だ。
塩胡椒の焼肉が至上とか逆に不憫になってきたよ…
ルビアのためにもレシピを増やさなくては。
そのためには料理の出来る体が必要だ。
それもあって森の生き物との同化を遠慮したのもあるんだよね。
触手が使えるから料理が出来る。
四足歩行の獣じゃ料理は無理だからね。
やっぱり私は人間の体を持ちたい。
とても難しいかもしれないけど、凄く時間がかかるかもしれないけど、私はそこを目指したいと思った。
「それじゃあ朝ごはんにしよう!ハコ、ルビア、こっちにおいで!」
「アイ、朗報です。アナタの身体を元に戻せますよ。」
アムスさんの突然の発言に私は持っていたマナナイフを取り落とした。