人の知恵
森林探索は楽しい。
普段気にしない草花やキノコに注意を向けると、今まで気づかなかった驚きや発見があるからだ。
まぁ、この世界の植物なんて全く知らないんだけどね。
それでもアムスさんの図鑑解説を聞きながら、知らなかった知識を得るのは単純に面白い。
まぁ、面白がってられる物ばかりではないんだけどね。
たんぽぽの綿毛みたいなやつが、寄生植物だった。
ルビアにたんぽぽの綿毛は息をふきかけると飛ぶんだよと教えたら、面白がって息を吹きかけたのよ。
そしたら、その綿毛が舞ってハコにひっついた。
綿毛の下の種子からミルミル根っこが生えてハコに寄生しようとしやがったんだわ。
マジで焦ったよ。
触手フル活用でハコに着いた綿毛を吸いまくってなんとか助けたけど。
アムス先生の図鑑解説によると、この植物はスカルシュートという名前で、風で舞ってたどり着いたり、接触してきた動物に瞬時に寄生して、瞬く間に血を吸い上げて殺してしまうそうな。
死んだ動物もスカルシュートの栄養になって苗床にしてしまうらしい。
コイツに寄生されたら、後に残るのは骨だけ。
崩れた骨の側に髑髏が一段高くあるのが見えて、髑髏が目立つからスカルの名前がついたそうな。
ふわふわとファンシーな見た目なのにむっちゃ怖い。
次に遭遇したのはマメ科の蔓植物。
大豆やえんどう豆みたいな鞘をつける豆なんだけど、何かが蔓に当たると、炸裂します。
連鎖炸裂で豆が恐ろしい速さで飛んできます。
辺り一面豆の散弾で殺しにかかってきます。
豆の散弾を食らって、豆の侵入を許してしまうと、スカルシュートと同じく寄生されて肥やしにされます。
その名を「ショットガンピー」
こいつにだけは近づくなっ!
うっかり蔓に触ったハコからの連鎖で豆が飛び散って、ひたすら逃げた。
めっちゃ怖かったです。
森は危険もいっぱいなんだと教えられました。
俄かが思いつきで森に入るのは危険だと反省してます。
しかし解せぬ。
今朝ハコ達と狩りをしていた時はこんな事無かったのに、なんでこうなるの?
「ハコの猛スピード疾走に植物が追いつかなかっただけでしょう。」
なるほど納得。
たまたま運良く植物トラップにかからなかったみたいだ。
それにしても、寄生植物の凶悪さは私の知る植物とは桁違いだったな。
勉強になりました。
そんな感じで森の中を探索している。
森の植物は危険な物もあれば、有用な物も沢山あった。
中でも訳がわからないが、とても素晴らしい植物が「ソルトビーン」
これも豆なのだが、鞘の中身がほぼ塩なのだ。
なんでも豆の水分を塩で抜いて保存性を高め、長期間発芽出来なくても耐えられるのだそうな。
豆自体は美味しくもなく無価値なのだそうだ。
だけど、鞘に溜まった塩は非常にありがたい。
私達はソルトビーンを見つけると片っ端から収穫して行った。
(ちなみにこのソルトビーンの豆を煮ると大豆っぽい味なのだが、この世界の味覚に合わなかったらしい。)
次に見つけたのは不思議なハーブ「辛味草」。
このハーブ、葉の部分はミントの様なスッキリした香で、葉脈は山椒の様な痺れる辛さがあり、茎の根本は胡椒の様な香と辛さを持っていた。
図鑑によると、食べられない事はないが、好んで食べる味ではないとされていた。
確かにこの葉っぱ単体で考えたら、食材としては癖がありすぎるが、分割してスパイスとするならこんな便利なハーブは無いと思う。
他にも酢酸発酵した汁を貯めているウツボカズラの様な植物もゲットした。
これで醤油でも有れば完璧なんだけどなー。
それが無理な話なのはわかっているけど、無いと分かる醤油の偉大さ。
1〜2時間ほどの探索を終えて様々な森の恵みを手に入れて私達は洞窟前に戻ってきた。
これで少しはマシな調理ができると思う。
まず不思議ポケットから取り出したのは、肋骨の周りの肉。
そう、カルビさんだ。
ソルトビーンの塩と辛味草の茎をすりつぶして、なんちゃって塩コショウを作り、マナナイフで薄切りにしたカルビにふりかけて焼くのだ。
焼肉だー!
網もってこーい!
網がなーい!
仕方ないので、焚火で炙って焼いた石で焼肉にしてやった。
さぁルビア、食べてごらん!
マナナイフで平べったく形を整えた枝をヘラの様にしてルビアに焼肉をすすめる。
箸を作ってもルビアには使いこなせないだろうし、フォークを作るには、私の技術が足りない。
「カトラリーなら一式持ち出してますよ。」
アムスさん早く言って!
そういえば、棚から拝借した物品の中に、何が入ってるのか分からない木箱が2つほど有った。
その中にフォークやスプーンが入っていたらしい。
備え有れば憂い無しとはよく言ったものだ。
今度不思議ポケットの棚卸しをしてみよう。
アムスさんは何を持ち出したか把握しているみたいだけど、私は何を持っているか知らない。
私も所持品の把握はしておくべきだろう
あ、あの黄色い綺麗な石の所在も気になるところだ。
私は不思議ポケットから木箱を取り出して中身を漁ってみると、確かにフォークやスプーン等のカトラリーの他に、浅鍋や深鍋、木の器などが入っていた。
しかも全部新品だ。
しかし解せぬ。
多分だけど研究室っぽいあの部屋に何故食器や調理器具が?
もしかして…
やっぱり家庭科実習室だったのかぁーーーーー!!!!
私達は研究素材ではなく食材だったのか?
あのままアソコにいたら食べられてたのか?
ふぅー、やっぱり逃げてきて正解だったようだ。
目玉や粘菌を食べようとするなんて、あの緑目のイケメンはなんてヤツだ!
ゲテモノ食いのイケメンなんて流行らないんだからねっ!
衝撃の事実(アイの暴走勘違い)が発覚したが、今はお食事だ。
私がカトラリーの入った木箱をゴソゴソと物色していると、ルビアも中身に興味を示してきた。
「アイ様、これは何に使う物ですか?」
ルビアが取り出したのは細長い布包み。
何が入っているんだろう?
口紐を解き中身を出してみると、予想外の物だった。
この世界にもあったんだ…
「これは『箸』と言う物だよ。2本一組で使う食事用の道具。こうやって…」
私はルビアに箸を持たせてみた。
箸の握りを教えてみると、可愛い手に綺麗に収まった。
「そう、その指と親指で…そうそう、ルビア上手だね!」
「こうですか?あ、ちゃんと開いたり閉じたり出来ます!」
上手に箸を開閉させるルビア。
この子意外と器用だな。
しかし、こっちの世界で箸に遭遇するとは思わなかった。
もしかしたらあっちの世界のアジアチックな国があるのかもしれない。
「ルビア、そのお箸でお肉を摘んで食べてごらん?」
ルビアは焼肉を一切れ摘んで食べてみた。
すると、ひたすら咀嚼し続けている。
ルビアの口に合ってると良いけど…
肉を飲み込んだルビアは邪悪さを感じるほど口角を吊り上げ
「こんなに美味しいものがあったなんて!それにこの肉の柔らかさはなんですか?お肉って筋張って硬いのが当たり前で、柔らかいお肉は赤ん坊の肉しか無いと思ってました!」
私を見て声量多めで怖い事を交えながら感想を述べるルビア。
ちょっと興奮してる。
眼の輝きが増してる。
蛇眼発動しないだろうな?
「気に入った?沢山あるからしっかり食べな!」
それからルビアはワイルドボアのカルビをひたすら食べ続けた。
次はハコの番だ。
不思議ポケットからもも肉を取り出し、それを1cm角くらいの角切りにして、大きな木皿に山盛りにしてハコの前に置く。
「ハコちゃんにはこれだ。筋取り出来てるから、柔らかくて食べやすいと思うよ?」
「いただきます。わん!」
肉に口をつけると、一口分を飲み込んだ後ハコは野獣になった。
ガフガフと息が漏れる中、美味い美味いと思念がダダ漏れしている。
木皿の肉があっという間に無くなった。
「ご主人!どんな魔法を使ったらお肉がこんなに美味しくなるんですか?僕は今、この世の奇跡を体験しました!わん!」
そっかそっか、気に入ったか!
「ちゃんと下処理したお肉はおいしいでしょ?毛や皮や筋が混ざった肉じゃ味わえない純粋な肉の味がそれなんだよ。」
「純粋な肉…僕これからもこんな美味しいお肉が食べたいです。どうしたら良いですか?わん!」
「心配しなくても、みんなでご飯を食べる時は、なるべく良い状態のお肉を出すから安心して!」
「あ、あ、あ、ありがとうございますっっっ!一生ついて行きます!わん!!」
ハコちゃんにも人の知恵が受け入れられたようだ。
ルビアを見ると、明らかに食べ過ぎたのか、仰向けに寝転んで、深い呼吸を繰り返していた。
2人とも満足したみたいで良かった。
ハコとルビアに美味しい食事を食べてもらえた事に満足した。
見上げれば月が昇っている。
朝ごはんの用意から始まった1日が、ランチに変わり、気づけばディナーになっていた。
今はルビアはハコに寄り添って寝ている。
こうして1日がかりの食事になってしまったが、ルビアとハコに美味しいものを食べさせるという目標を達成出来たことに自己満足してその日の眠りに私はついた。