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目玉の選択  作者: 一木惨
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食わず嫌いは損の元

 マルクスはユーニアの森上空を飛んでいる。

 「さて、とりあえず実家に帰ってみようかな。」

洞窟方面へ飛行しながら、高度を上げていく。

 マルクスの実家は洞窟の真上。

トルカナ連峰のほぼ南端の頂にある。

 頂といっても連なる嶺の端っこの方で、ここから北へと続く山々に比べれば標高は半分ほどだ。

 マルクスは実家を視認して高度を下げる。

そこは西面が切り立った崖で、まるで山が途中から切り落とされたようになっている。

 山は南北に伸び、東面は崖ではないものの、かなり険しい岩山だった。

 

 そんな荒涼とした場所に、明らかにおかしな建物がポツンと建っている。

 二階建ての鉄筋コンクリート造。

違和感しかないその建物の前にマルクスは降り立つと、その姿を人へと変え、玄関と思しき扉の前まで進んでポーチで立ち止まる。

 するとポーチの天井から赤い光の帯がマルクスを通過した。

 「本人確認…おかえりなさいマルクス。」

 どこからともなく機械音声が喋りかける。

 その声に応えることなくマルクスは一歩歩み出て、玄関を開けて中へ入っていく。

 「ただいま パパ。」

 後姿の彼の表情を伺う事は出来ない。

 ただ、その声には安堵と寂しさが滲んでいた。


 洞窟前の焚火では、ルビアが調理したキリマサが皿に盛られている。

 筒切りにされたキリマサのステーキ。

 味付けはソルトビーンの塩のみ。

 断面は…もうよく分からない。

 私はこれからアレを口にする。

 しなければならない。

 朝っぱらから何の罰ゲームなのか?

 「さぁ!みなさん焼けましたよ!」

 ウキウキで皿に盛られたキリマサを取り分けるルビア。

 「こんな時期にこんな新鮮なキリマサを朝から食えるなんてな!」

 ゴンドウさんも口の端から雫を溢しながらワクワクしている。

 「マンドリルアーミーはお手柄だったのう!」

 タマさんも忌避感は無いらしい。

まぁ猫だからその辺には何の問題も無いのか。

 「はっはっはっはっ!」

 ハコに至ったは、腰を上げ前傾姿勢になり尻尾をぶん回している。

 ハコと目が合うと

「もう食べていい?ご主人もう食べてよくない?わん?」

 早く食わせろと訴えかける始末。

 ブラフォードもマー君もキリマサに釘付けだ。

 やはりというか何というか、キリマサにビビってるのは私だけだ。

 ルビアがみんなに配膳を終え、私の隣に来て胸元で手を合わせる。

 「それじゃあみなさん、いただきます!」

「「「「いただきますっ!」」」」

 ルビアのいただきますに合わせて皆んなのいただきますが響く。

 私は合わせた手を下ろせないまま、目の前の皿に盛られたキリマサなる物体を凝視する。

 「さぁアイ様!召し上がってください!」

 そう言ってルビアが促す。

 私は視線を上げ、皆んなの様子を伺うと、やはりというか、皆んな美味しそうな表情を浮かべてキリマサを食べていた。

 ど、どうしよう…食べなきゃダメな雰囲気が充満してるよ…

 私は今、涙目になっているであろう。

 そんな顔をルビアに向けて、精一杯の作り笑顔で呟く。

 「そ、それじゃあ…い、いただきま す」

 震える手にフォークを握り締め、私はそれの端っこを切り分けて突き刺し、目標の定まらない動きを何とか宥めながら口へと運び、意を決して口の中へ入れる。

 むにょんとして、ニュルンとしていて、プツンと歯切れて、私の想像していた通りの食感が口腔内を席巻する。

 味は殆ど感じない。というか、精神が味蕾の活動を必死に抑えているのかもしれない。

なのでなんとか咀嚼して飲み込む事ができた。

 しかしだ、外側の肉部分でさえ予想通りの食感なのだ。

 おそらく内側の内臓部分も予想通り…

 隣ではルビアがニコニコしながらキリマサを食べている。

 周りを見ても、誰一人食べるのをやめない。

 こんな状況で、私だけがごちそうさまするのはダメな気がする。

 どうしよう…

 私がキリマサの対処に悩みまくっていると、内からアムスが呼びかけてきた。

 「アイ、なんだか困ってますか?」

 「アムス、めっちゃ困ってる。なんとかならない?」

 「一体なにがあったのです?」

 「実はかくかくしかじか…」

 私はアムスに一縷の望みをかけて相談した。

 「ふむ、実に興味深い。ワタシも試してみたいです。」

 そう言うとアムスは私との内密な相談を断ち切り、顔面左側から這い出てきた。

 「あ、アムス様!おはようございます!」

アムスが出てきた事に気づいたルビアがキリマサを刺したフォークを片手に朝の挨拶をする。

 「おはようルビア。ちょっと待っててください。」

 地面に降りたアムスはルビアに挨拶を返すと、何やらブツブツと呟きだした。

 すると目玉から赤いプルプルしたスライム状の物質が滲み出てきて、あっという間にこの前見た人の形になった。

 私とルビアは急いで立ち上がり、アムスを皆んなの目から隠す。

 「ア、アムス様、その…衣服を…」

 「あんた…恥じらいってものはないの?」

 そう、アムスはまっぱだった。

 本来一番恥じらうべきアムスは堂々と立ち、それを隠す私とルビアが赤面する。

 アムスにはこれから色々と教えなければ…

 「おっと、これは失礼。」

 アムスは自分の形をみて形式だけのごめんなさいを言う。

 私は不思議ポケットから服を出し、アムスに渡した。

それを着てアムスは何事もなかったように私の隣に座る。

 「さて、ではいただきます。」

 アムスは私の分のキリマサを黙々と食べだす。

 何か釈然としないが、アムスは私のためにキリマサ消費を手伝ってくれるつもりなのだろう。

 ありがとうアムスさん!

 などと思っていたら、アムスが私に向かってキリマサの内側部分を突き刺したフォークを突き出した。

 「アイ、大丈夫です。分析の結果これはほぼ牡蠣です。

磯臭さの無い牡蠣のソテーと同じです。」

 そう言って今度は皿も差し出してきた。

 「そうですか。じゃない!私は…」

 この人は何しに出てきたんだ…

多分アムスは私がなぜこのキリマサという物に困っているのかを理解してくれていない。

 私の説明が駄目だったのか?

 私がアムスに語った内容はこうだ。


・キリマサが蝶々や蛾の幼虫に似ているからムリ

・外側の食感は予想通りでムリ 

・根本的に昆虫食はムリ

・でも皆んなの目があるのでどうすればいいかわからん

 

なのでアムスが出てきた時点で食べないで済むか、もしくはアムスがなんとかしてくれると思っていた。

 だがアムスの出した回答は「牡蠣とほぼ一緒なので、食べてみなさい。」だった。

 チッガーウヨ、ワタシハアジノハナシヲシテイタワケジャナイヨ…

 私はそんな事を考えながら、涙目でアムスとフォークに刺さったキリマサ(内臓)を交互に見ていた。

 その隣ではルビアが不思議そうな物を見る目で私達の様子を伺っている。

 ああ、ルビアの視線が私に刺さる。

 自分の好きな物を私にも食べてほしいという期待の目だ。

 ルビアに新しい味覚を教えてきたのは私で、今はルビアが私にそれをお返ししてくれている。

 もしかしたら、ルビアにはちょっとシンドイって食べ物を私が知らずに勧めていたかもしれない。

 でもルビアは今まで私が勧めたた食べ物を拒否した事はない。

 なんなら嫌そうな素振りを見せた事さえない。

 そんなルビアが推す食べ物を私が見た目だけで拒否するのはダメなんだろなぁ…

 とは思っているけど、どうしてもこの絵面が私に一歩を踏み出させない。

 あ、ハコが「いらないなら僕が食べるよ!」的な目を向けてる。

 隣のマー君もハコの挙動に気づいてこっち見た。

 いっそ彼らにこの皿を差し出せられれば解決するのに…

 「どうしたのですかアイ?アナタもどうぞ。」

 アムスが更にキリマサの乗った皿を私へ突き出す。

 「う、うん…」

 また私の前に戻ってきたキリマサの皿とフォーク。

 意を決してフォークを突き刺し、目の前まで持ってくるも、やはり口に入れる勇気が湧かない。

 口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返していると

「なんだ、アイちゃんはキリマサ苦手か?いるんだよなそういう人。」

ゴンドウさんが私のフォークと引きつった顔を見ながらそう言った。

 「あ、そうだったんですか?アイ様。」

 ゴンドウさんの言にルビアが口に手を当てて驚いたように言う。

 こんなところに救いの神はいたんだ!

ゴンドウさんありがとう!

 「そ、そうなんだー!ちょっとこの系は苦手かな!」

努めて明るく言う私。

 よし!これでなんとかなりそうだ。

 「アイ、好き嫌いはいけませんよ?ちゃんと食べないと体が大きくなりませんよ?」

 アムスが言った言葉に私は更に表情を引き攣らせる。

アムスはなんで話を元に戻そうとするのか。

 せっかく食べずに済みそうだったのに!

 私はまたフォークを口元に運んでは離し運んでは離しを繰り返すゼンマイのおもちゃのようになった。

 そんな私を見てアムスは「ふっ、意気地なし。」

と捨て台詞を吐くと、目玉に戻って私の肩に這い上り私をガン見しだした。

 なんだろ、アムスのこの仕打ちは。

私はとうとう涙目で抑えられず、涙を零す。

 「やったらー!やったろーじゃん!見とけよアムス!」

こうなったらもうヤケだ。

溢れた涙を左手で拭うと、意を決してフォークを口に入れる。

 もぐ…もぐもぐ…

 あ、これ美味いヤツ…

 「美味しいわ、コレ。」

 不意に溢れる私の感想に、可哀想な目で見ていた皆んなの表情が緩んだ。

 「見た目はアレだけどもぐもぐ、味は間違いないねもぐもぐ。」

 私はウンウンと頷きながらキリマサを嚥下し、次のキリマサに手を出そうとして、皿に何も乗っていない事に気づく。

 「あれ?キリマサ無いや。おかわりある?」

 そう言いながら周りを見ると、皆んなの皿も既に空っぽだった。

 「アイ様、もうキリマサ食べきったちゃいました…」

 「あ、うん。そう、そうだよね。みんな美味しいって言ってたもんね…ははは…」

 私の初キリマサは外身と中身の一口ずつで終わった。

 「姐さん、また春になったら食えますって!」

 マンドリルアーミーがもう春までお預けと言った。

 「ご主人!今度は僕が狩ってきます!春に!わん!」

 ハコちゃんも同じ事を言う。

 「うん、ありがとうね。春の楽しみが増えたよ…」

 がっかり顔でそう返すのがやっとだった。


 食わず嫌いは損の元と知った朝だった。



 

 

 

 



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