ネル消える
太陽が真上を過ぎた頃、バジリスクの頭目一団とケルベロスの頭一行がほぼ同じタイミングでやってきた。
バジリスクの頭目はグリさんと数名のリザードマン、ケルベロスの頭はバイトさんチームを連れて来ている。
ケルベロスとバジリスクがリーダー達の輪に入り、その後ろにはグリさんとバイトさんが補佐の形で付き、三団体合同会議が始まった。
さて、私はというと会議の輪から離れている。
何故かって?そんな事は決まっている。
私には関係ないからだっ!
だってそうじゃない?思い出してもみてよ、私はここまで散々労力を費やしてきたわけじゃない?
正直言って私達には関わりのない事で森の中を大移動して、あまり気乗りしない事に首を突っ込まされて、そのせいでマルクスみたいな化け物やネルみたいな危険なヤツと関わる羽目になって、無関係な四足獣達の争いを止めて、仕舞いには長老キメラとの死闘だよ。
ケルベロスの頭に相談されて始まった一連の出来事のどれ一つ取っても私達には関わりのない事ばかりなのだ。
だって私達は犬達とも爬虫類達とも、もちろん四足獣達とも違う一団であって、たまたま知り合っただけで、彼等と運命を共にする共同体ではないのだ。
なのにこれだけ体を張って色々と腐心して手伝ってきたのだ。
もう手伝いってレベルではない気がするけど…
だからこの後の事は当事者達だけで何とかしてもらうのだ!そう決めたのだ!私は!
私の意思はケルベロスの頭とバジリスクの頭目とスフィンクスのリーダーに伝えてある。
これまでの事を事細かに説き伏せるように言い聞かせたので、私達が輪から外れる事に異論は出なかった。
てな訳で、私は木の上でいまだに木の実を貪っているマルクスに話しかける。
「マルクスさんや、貴方は彼等の話し合いを聞いてなよ?」
「えっ?何で?」
マルクスは晴天の霹靂よろしく、作り切った驚き顔を私に向けた。
コイツ分かっててやってるな?
「そりゃーそうでしょ。ユーニアの森の今後に関わる話し合いなんだから、管理者である貴方も知ってなきゃならない事を話し合うんだよ?
貴方が聞かなくて誰が聞くのよ?」
私は有無を言わさぬ理由を簡潔に述べて、マルクスが逃げられないようにする。
「いや、私は何かあったら対処する係だし…」
面倒臭そうに愚痴るマルクス。
「何も知らないで事に当たるより、知って対処する方が楽でしょ?
別に会議に口を出せって言ってるんじゃないんだからさ。ね?」
私がそう諭すと、マルクスは渋々ながら頷いた。
マルクスには思い出してほしい。
彼は私達の関係者ではなく、ユーニアの森の管理者だって事を。
そしてやめてほしい、私達の食料を食い尽くすのを…
マルクスに食い尽くされ、四足獣達には取って出しで振る舞って、今現在不思議ポケットの中には食料がほぼ無い。
四足獣達が持ってきたワニナ草の未製粉の種子が僅かと、隠し通した蜂蜜が一瓶あるだけなのだ。
だから今朝の朝ごはんも、プレーンのクレープを齧るだけっていう質素な朝食になってしまったのだ。
はぁー、ワイルドボアのカルビ食べたい…
てかワイルドボアの脂身で作ったラードも殆ど無い。
そうか、分かったぞ!私達に今必要なのはワイルドボアだ!
よし、狩りに行こう!それ以外に私達がするべき事があるのか?いや無い!(反語)
と言うわけで、私はこの後の行動を自分勝手に決めたのだった。
という事で、早速私は狩りに行く準備を始める。
先ずはケルベロスの頭と共に来たラーさんに挨拶がてら近寄る。
ちなみにマー君はすでにハコと戯れている。
二匹の犬っ子が戯れあっているのを見ると、ワシャワシャしに行きたくなる衝動を堪えられない。
だがしかし!私にはワイルドボア獲得という最重要課題がある。
グッと拳を握り締めて我慢する私。
狩りを無事終えたらハコちゃんをモフリまくってやる!
そんなわけでハコとマー君に後髪を引かれながらラーさんの元へと行く。
「ラーさんこんちわ。ちょっと良い?」
「はいはいこんにちは。どうしたのアイさん?」
「実はコレコレこうで、かくかくしかじか…」
私達の食料事情をラーさんに伝え、これから食料調達に出かける旨を伝える、
「あら、大変だったのねー。
でもね、ワイルドボアってここら辺には居ないわよ?」
「なんですとっ!?」
衝撃の事実を告げられた私。
「ワイルドボアってこの前洞窟でご馳走になったお肉の事でしょ?
アレって森の南西方面が生息域のはずよ?
確か人外境の外だったと思うけど?」
「なん…だと?」
マズイ、ここからめっちゃ離れた場所が狩場らしい。
そういえば最初に狩ったワイルドボアは確かにユーニアの森の西っかわで倒したと思い出した。
だがまてよ?二匹目のでっかい方は人外境の中だったよね?
そう思い出してラーさんに話すと
「それは多分進化直前のワイルドボアだったんじゃないかしら?
下位種の個体が経験を積んで進化する時、たまに人外境に入り込んでから進化するのもいるみたいよ?
マナ濃度が高い人外境の方が進化時に沢山のマナを取り込めるから、頭の良い個体は危険を承知で人外境に踏み込むみたいね。」
なんて小ネタまで添えて教えてくれた。
アレ?でも私ワイルドボアの進化個体なんて見た事ないな…
「ちなみになんだけどさ、ワイルドボアって進化したらどんな魔獣になるの?」
私の素朴な疑問にラーさんは素っ気なく答える。
「私も知らないわね。私達の縄張りにワイルドボアが来る事ないし。」
「さいでっか。ま、情報ありがとね。」
「どういたしまして!」
こうして私はラーさんとの会話を終えると、作戦の練り直しを始めたのだった。
しかしまいったな。ワイルドボアはここら辺にはいないのか。
私は会議の場から少し離れた森の中を彷徨きながら思案する。
もちろんマナ探知で周囲の警戒と獲物の捜索もしながらだ。
そこで気付く、この辺りには小動物や虫以外の生物は上位種の魔獣しかいないっぽい。
人間の世界と違って、森の中は真の野生だ。
存在として魔獣が上位に君臨する森の中の、四足獣のテリトリーなので下位の魔獣や野生動物は本能的に近寄らないのだろう。
という事は、この辺りで獲物を探しても見つかる可能性は低いってことか…
やっぱり洞窟に帰ろっかなー。
四足獣の誰かに狩場を聞くってのも気が引けるしなー。
他所者の私がこの辺りの狩場を知ったり、狩場を利用するのは四足獣達に悪い気がするんだよね。
これから大変な四足獣達の食料調達先を他所者が荒らすってのはね。
なんて事を考えながら歩いていると、前方の茂みから奇妙なマナの反応が感じられた。
ん?この感じはネルかな?
私はそう思って茂みに近寄ると、茂みの先にネルがぼんやりとした表情で突っ立っている横顔が見えた。
「ネル、何してん…」
私が声を掛けようとすると同時に、ネルの周囲に青い光が湧き起こり、ネルを包み込んだ。
「ネル!?」
その異様な光景になんとなく不安を煽られた私は茂みを掻き分けてネルに近寄ろうとするも、スッと消えた青い光と共に、ネルの姿も消えていた。
私はネルが立っていた場所まで来て辺りを見回すも、すでにネルは居らず、ネルがいた痕跡さえ残っていなかった。
ネルのマナの残滓さえ綺麗に消えている。
わけが分からずネルの姿を探して辺りを見回すもネルは見つからない。
暫く周囲を散策したがネルは見つからず、現状どうする事も出来ない私は、とりあえず皆んなの元へ戻る事にする。
はっきり言って、私には本当にわけわからないのだから。
ネルがいなくなった。
その事実以外に分かっている事が無いのだから。
ネルの消失後、私とネルが再開するのはかなり先の未来。
この時点ではネルがどうなったのか誰にも分からない事だった。