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目玉の選択  作者: 一木惨
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夜明け前

朝、森の中は薄っすらと霧がかかっていた。

足元に漂う白い絨毯が、森の地面を覆う。

目覚めても夢の中のような世界が広がっている。

「へくちっ。」

ネルは肌寒さを覚えて目覚めた。

起き上がって辺りを見回すと、近くでハコ達が一塊になって寝ている。

そしてネルの側にはブラフォードの腹と、ゴンドウのイビキがあった。

寝る前の状況と変わらない朝だ。

「ちょっと寒いわね。」

昨日の熱気が嘘だったと言われても納得の気温差に、ネルは眉間に皺を寄せて呟いた。

ネルは昨日アイ達が死闘を繰り広げた広場に歩み出ると、何やらゴニョゴニョと言いながら右手を一振りした。

すると地面を覆っていた霧がスーッと登っていき、森の上でスッと消える。

正に霧散だ。

これがこの辺りだけの事ではなく、ユーニアの森全体の話なのだ。


水を司る精霊は、正に水気を我事として操る。

そう、ネルは水を操るのだ。

マナの周波数がどうのではなく、マナを介在させるわけでもなく、ネルがこうしたいと思えば、水はその通りになる。

水の精霊ネルとは、水そのもの。

逆を言えば、世界に存在する水がネルなのだ。


もしネルが世界の破滅を願えば、それは簡単に成就される。

あらゆる場所で水害を起こし、土地の水気を枯渇させて砂漠化させるなど、ネルがその気になれば赤子の手を捻るより簡単なのだ。


そんなネルをこの世界の神は取り込もうとした。

この世界の神は何を思い、ネルを我物にと考えたのか?

それは誰にも推し測れない事なのだが、ネルはそれを拒絶した。

ネルを含めた四精霊が何を思い神の召喚を拒んだのか、それはネル達精霊と神のみが知る話。


そんな重い何かを持っているはずのネルは、辺りにアムスがいない事に気づきアムスに呼びかける。

「アムスー、何処ー?」

返事は無い。

ネルはトコトコと歩いてアイに近寄ると、寝ているアイの左目を人差し指と親指を使って開いてみる。

「アムスー、いるー?」

返事は無い。

もう一度辺りを見回す。

少し離れた木の下に、腰を下ろして木に寄りかかっているマルクスの姿が見えた。

こちらから見ると木の裏に居るので顔は見えない。

ネルはマルクスに近寄って行く。

「ねぇマルクス、アムスいる?」

マルクスは答えない。

回り込んでマルクスを正面に捉えると、やはりマルクスもまだ寝ていた。

「アムス何処行ったんだろう?」

ネルはアムスを探して森に入って行った。


その頃アムスは

「なるほど、そのような事になっていたのですか。

それで、そのジョーフとやらとはもう繋がっていないのですか?」

「おそらくはもう繋がっておらんでしょう。

肉体が無くなった事で、縛の実の効果も無くなりましたし、今の自分が正気だと自覚しておりますからな。」

ネルは不思議ポケットの中の自室で、長老の魔核と向き合っていた。

アイ達の拠点である洞窟の中で出会ったタマさんは魔核だったが、他者と意思の疎通ができていた。

長老の魔核もそれと同じ状態のようだ。

タマさんと違うところがあるとすれば、魔核のサイズが小さいのと、色が黒いというところ。

ただよく見ると、長老の魔核は真っ黒ではなく、少し黄色味を帯びている。


「しかしワシは何故このような状態で生きているのでしょう?」

長老は素朴な疑問を溢す。

「ワタシの私見では、アナタの魔核は魂晶核になり始めている状態のようです。

魔核の力が少し上がっているので、辛うじて自我を魔核に留める事が出来たのではないでしょうか。」

魂晶石という物質を解析し、魔核だけで存在していたタマという存在を知っていたからこそ、アムスは長老の現状を推測できたのだった。

「始めて知る事実ですな。

魔核だけでこうして自我を保てるとは…

もしかすると、今まで屠ってきた敵対者もこのような状態だったのでしょうか?」

アムスは暫し考え

「その可能性はあると思います。

こうしてアナタの様な実例があるのですから。」

アムスの推測を聞いた長老の魔核は沈黙する。

考えたくは無いが、今までその手にかけてきた魔獣が死んだ後も、もしかしたら自分の事を見て怨みを向けていたのかもしれない。

だとしたら、自分はどれほどの怨みに塗れているのか?

その思いに至り、言い表せない思いが湧き出る。

「あ、でも多分殆ど無いとも言えますね。

ワタシの保管している魔核がワタシにアクセスしてきた事は無いので、アナタのような魔核は稀有な例と考えて良いと思いますよ。」

「へ?そうなのですか?」

長老は少し安堵した。


それから暫くアムスは長老から情報の引き出しながら長老の魔核を観察し続けた。

大方の話が終わる頃、長老がアムスに問う。

「それでアムス殿、これからワシはどうなるのでしょう?」

至極当然の疑問が長老の魔核からこぼれる。

身動きの取れない魔核状態。

よく分からない殺風景な場所。

そして目の前には目玉の化け物。

アムスの語り口は穏やかだが、だからといって目の前の目玉が自分に救いをくれると思えるほど長老は楽観的では無い。

元々長老は肉体を乗っ取られ、自我を魔核に追いやられた時点で、ほぼ自らの生還は諦めているのだ。

だがしかし、自我はある。

こうして他者とのコミュニケーションも取れている。

だからこそ、絶望90、微かな希望10。

長老は微かな希望を込めてアムスに問うた。

そんな長老にアムスは返す。

「タマという前例があるので、復活の可能性はあります。

ただ、タマが特別だっただけという可能性もあります。

これから調べてみますが、あまり希望を持ちすぎないで下さい。」

それだけ言うと、アムスは長老の魔核をテーブルに置き、部屋から出て行った。

「希望を持つな、か。」

明かりの消えた部屋で、長老の魔核は沈黙する。

そんな事言われたって、可能性があるのなら希望は湧くだろうが!と思いながら。










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