さんかくおにぎり
なろうラジオ大賞2 への書き下ろしになります。
母が作るおにぎりは、いつも三角形だった。炊きたて御飯を手にとって、くるくると両手で転がすと、あっという間にあの形になる。幼稚園の遠足から、高校の部活まで、お弁当の主食は、ずっと同じだった。
私が起きると、母はもう台所に立っていた。小さな蛍光灯の明かりの下で、背を向けている姿が浮かぶ。それはもう、10年以上前の話-
-あのおにぎりを再現してみよう-
遠足で作る娘のお弁当。思い立った私は、あの頃の母の面影を追って、おにぎりを握ってみる事にした。
ピピーッと音が鳴り、水は少なめ、ちょっと固め。ごはんが炊き上がる。しゃもじでお釜の中を少し混ぜると、食欲をそそる湯気が、私の顔を奔ってゆく…
ちょっと待て
もうもうと湯気を上げる炊き立てごはん。これは危険すぎる。だが、記憶では、母はお釜を取り出して、ごはんをしゃもじで掬って、直接、手で握っていた。
(熱くなかったのか?)
いやいや、さすがにそれは無いだろう。では、どうやって?
やむを得ない。頼りたくなかったが、時間もない。私は、レシピサイトを開いた。
氷水を使う。
なるほど。水では、ご飯の熱さに負けるという事か。
握るには、茶わんを使う方法もあるらしい。だが、今日は道具に頼りたくない。自己満足だろうと、不格好でも、母の手で握ってやりたいのだ。
いざ再開。氷水で冷やした手に、ごはんを乗せ、握ってみる。
「…熱い熱いっ!」
やっぱり熱い。思わず手を広げると、ごはんがまな板の上に散らばった。確かに、手に乗せた時の熱さは和らぐが、我慢できるのは5秒が限界だ。つまり『5秒で握れ』という事か。指先や手の縁に残ったごはんが、高熱を発して存在を主張してくる。私はそれを、一つ一つ、金魚が水草に付着したエサをついばむようにして、平らげた。
「なにしてんの?」
一時間後、まな板にぶちまけられたごはんを箸で拾って食べる私を見て、夫が不思議そうに声を掛けてきた。
「おにぎり食べてるの」
5秒で握ったおにぎりは、何度も失敗を重ねた結果、なんとか海苔を巻いて弁当箱へと詰められ、娘によって持ち出された。横向きに3つ並んだそれは、見た目にはおにぎりだと分からないかもしれない。それでも、母は努力したのだ。娘は分かってくれるだろうと、私は、勝手な自己満足に浸りながら、箸を動かしていた。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。
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