未来の卵
ぼろぼろな紙を持った少女は、とある石像の前で立ち止まり、自分よりも大きい像を見上げていました。
「んっとね。これを、どうするんだろう?」
首を傾げながら、紙を見つめる姿は真剣そのものです。紙には『たからのちず』と平仮名で書いてあり、石像の辺りに×印がありました。
「うーん、うーん?」
しばらく考えていた少女は突然。
「あ! わかったぁ」
と、声を上げると。ぴょこぴょこと弾むような足取りで石像に近づき、土台をぺちぺちと叩き始めました。
「よくわかんないけど、たたけばいいって書いてあるもんねー」
少女がぺちぺちと手当たり次第に叩き続けると、ガゴン! と土台の一部が引っ込みました。そしてゴゴゴ……。と言う音とともに、ゆっくりと箱が現れました。
「わーい! 出てきたぁ! 何かな何かなぁ?」
少女は箱を満面の笑みで見つめ、中に入っている物を想像します。
「あまくておいしい『おかし』かなぁ? それとも、すてきな『おようふく』? ううん、昔の人の『たからもの』かもしれない……」
目の前にある箱の中身に期待を膨らませる少女は、箱に手を伸ばします。
「はこのなっかみーはなんだろなー♪」
箱は手をかざしただけでゆっくりと開き、中から現れたものは……。
「……?」
毛布のような暖かな布に包まれ、ふかふかのクッションの上に鎮座している卵型の何かでした。
「たまご?」
不思議に思った少女が布をめくると、中には真っ白な大きな卵がありました。
「たまごだ、うん」
少女は予期せぬ卵の登場に一周回って冷静になってしまいます。そして腕組みをし「たまご……、たまご……」と呟いていると何かを思いついたようで、手をポンッと打ちました。
「ん? たまご! たまごかえすの!」
決めたことはすぐに実行する性格なのか、勢いよく箱を閉めます。そしてその小さな両手で箱を大事そうに抱え、てくてくと家まで持って帰りました。
「るーんたったー、るーんたったー。るーんったったー♪」
その日、その町には、少女の楽しげな歌が響いていたことでしょう。
そしてあくる日、少女は卵を見つめていました。
「はやくうまれないかなぁ……?」
卵は暖かな布の中で、静かに生まれる様子もありません。微動だにしない卵を見つめ続けることに飽きてしまった少女は、床の上を右へゴロゴロ、左へゴロゴロ。そして天井を見つめボーっとしていると、あることに気が付きました。
「あぁー、お名前をつけてあげないと……」
寝ころんだ状態をやめ、卵の前にちょこんと座ると、少女は卵に手を伸ばします。そして卵の表面を優しく撫でながらゆっくりと声をかけました。
「ねぇ、あなたはどんなお名前がいい?」
卵は何も言いません。
「そうだなぁー。みくるちゃんがいいかなぁ?」
にこにことする少女はご機嫌なようで、おもむろにマジックペンを取り出しました。
「るーらるーらるーん♪」
そしてキュキュッと卵の殻に『未来』と書き、満足げに頷きます。
その日の夜遅く、卵の側で寝ていた少女は柔らかい光によって起こされました。
「んん……? ふわぁ……。あれぇ、なんであかるいのぉ……?」
眠たげな眼を擦りながら辺りを見回してみると、どうやら卵が光っているようです。
「たまごぉー。ひかってるぅー?」
寝起きのためか、ゆっくりとした動作で卵から布を取ると、卵にピシッと小さなヒビが入りました。ヒビは少しずつ大きくなり、光も同じように強くなっていきました。
「たまごぉー、うまれるのぉー? がんばれぇー」
さすがに少しは目が覚めたのか、少女は卵誕生の応援をしています。
そしてパァーッと少女が光に包まれたかと思うと、卵の上には小さな手のひらサイズの妖精らしき生き物がいました。
「あなたは、みくるちゃん?」
「そうだよ、名前を付けてくれてありがとう。君のおかげで生まれることが出来たよ」
生まれたばかりの妖精、みくるは少女の周りを嬉しそうに飛び回ります。そんなみくるに少女は元気に話しかけました
「みくるちゃん、おともだちになって!」
「もちろん! あ、君の名前は何て言うの?」
みくるも元気よく返します。
「みらいだよー。みくるちゃんと同じ字なんだー」
みらいは卵を指さして、字を教えます。
「そうなの? じゃあ、卵に書いたのは私の名前じゃなかったのかー」
「んー。あのね、『みらい』も『みくるちゃん』も同じ字を書くから、どっちでもいいのー」
みらいは少し考える素振りを見せると、拙いながらもゆっくりと懸命にみくるへの思いを紡ぎます。
「このたまごは、『みらいのたまご』だけど、うまれてくる子のお名前は『みくる』にしようと思ったからー」
そうして同じ字を書く人間の少女と妖精は、仲良くいつまでも幸せに暮らしたそうです。