劣等種のエルフには魔力補給が必要です。
生まれたのは、薄暗い洞窟だった。
耳が短くて丸いエルフのような存在、人間という種族が育ててくれたのだと知ったのは、見知らぬ姿のエルフに連れられて森で生活し始めてからのこと。
私のお母さんはエルフで、お父さんは人間。
洞窟住まいの私たちエルフは、危険な洞窟の外で戦って帰ってくる人間達からご飯と魔力を分けてもらい、その代わりに彼らの生活に癒しを与えるという関係だった。
その洞窟の中に住んでいるのはエルフと人間の女、人間の男。
男と女の比率はだいたい同じくらいで、私のような子供を足すと女の方が少し多くなる。
人間の男は、少しずつ増える私たちのために凶暴な敵に挑んだりして、次第に数を減らしていたけれど。その分の捕獲量を補うため長い狩りに行くようになり、そしてへとへとに疲れて帰ってきた。
そんな彼らに対して私たちエルフに出来ることといえば、彼らに身を寄せて体を温め、固くなった体をほぐすことくらい。
ただ食事を貰うだけだった私は、その日、初めての"真ん中"をするはずだった。
まだ体の小さかった私は穴の代わりに口を使って人間を癒すため、僅かな緊張と共に人間の帰りを待っていた。
その日の狩りは長く、朝に出かけた15人の人間は、3人になって帰ってきた。
酷い流血を拭うこともなく、崩れるように洞窟に入ってきた人間を手当てするために近寄った私は、男の逃げろという言葉の意味が分からなかった。
森の中は危険で、洞窟は行き止まり。
ここからどこに逃げろと言っているのかわからないまま、冷たい人間の手を温めていた。
そこに現れたのが、私とあまり身長の変わらないエルフの子。
男にしては声の高いそのエルフは私たちの住処を見つけると、あろうことか外から生きた獣を招き入れた。
恐ろしかった。
鋭利な牙が大量に生えた長い口、巨大な爪を持つ毛むくじゃらの手、全身を覆い隠した黒い毛皮は意思を持ってこちらを睨む。
その姿がただただ恐ろしくて、私は傍に倒れている人間にしがみついていた。
「ミライ、よく聞け」
傷の塞がっていない人間が掠れた声で私を呼んだ。
「な、なに?傷痛い?」
「大丈夫。ミライのおかげで治ったよ。」
それが嘘だということがわからないほど子供じゃない。
でも嘘をついてまで私に伝えることが何なのかすぐにわかるほど、私は世間を知らなかった。
「何か訊かれたら、正直に言うんだ。ここでの生活も、俺たちとの関係も。」
掠れたような小さな声でそういうと、咽るように咳き込んだ男は血を吐き出した。
「うん、わかった。わかったよ。」
手の温度どころか肩や頭まで冷たくなっていく男を必死に温めながら、こんな危険な場所で寝ようとしている男の頬を擦る。
寝かせてはいけない。寝たら獣に襲われてしまう。襲われたら死んでしまう。はやく、早く逃げないと……
そう、逃げなくてはならない。
男が洞窟に入るなり口にした通り。
しかし入口は件のエルフが待ち構え、それに従う獣たちは……
そこで気が付いた。
洞窟の床に流れる大量の血液を。
傍の男が既に呼吸をやめていることを。
先ほどまで存在した騒音が収まっていることを。
そして……
私が独りになったことを。