エルフは人間種の血を多く受け継いでいる劣等種である。
目を覚ますとそこは、美女の集まる夢の場所だった……
起きたはずなのに夢の場所とはこれ如何に、という話ではなく、僕が目を覚ましたのはエルフの隠れ里らしき森の広場であった。
僕は現在そんな広場の中央にそびえる木の柱に縛り付けられている。
目を覚ますなり「ニンゲンオキタ!」と連呼しながら何処かに行った見張りの女性が帰ってくる前にぞろぞろと集まってきた耳の長い美女軍団に取り囲まれてしまったのだった。
そこかしこでぼそぼそと「人間」だの「男」だのという単語が聞こえてくるが、彼女たちは何やら厳しい顔で僕を見ているためとても声を出せる雰囲気ではない。
殆どのエルフが毛皮を縫い合わせて作ったマントで身を隠しており、一部のエルフの恰好からしてマントの下は柔らかい植物を編んで作った下着だけだ。
しかし侮蔑と嫌悪の混ざった大量の視線に射抜かれながらそんな場所を見るわけにもいかない僕はひたすら小さく丸くなっていた。
「道を開けて!こら、退いて!通しなさい!もう、邪魔!」
ざわめきが強くなり、明瞭に通る小鳥の歌のような声が聞こえてきたために顔を上げると、エルフたちの隙間から二人の子供エルフが躍り出たところだった。
それぞれ金髪と銀髪がやけになめらかで美しく、金髪は古ぼけた質素なワンピースを、銀髪は毛皮で編まれた服というか、鎧と表現するのが適切そうなものを着ている。
その他大勢に比べて格段に文明度が上がったような二人の姿を安心して見ていると、嫌悪感バリバリの表情の金髪と目が合う。
「こっちを見ないで気色悪い!」
初対面でこんなにわかりやすい罵倒をされたのはこれが人生で初めてだ。
容姿は極端な変更は無しで整った顔にしてもらったはずなのにこれであるから、人間という種族の嫌われようがわかるというもの。いや、あの狼男の話から考えれば十分すぎるほどに知っていたのだが、やはり真面目に話し合ってくれた分だけあの狼男は優しかったのだなと体感したのだ。
金髪から視線を外し、銀髪を見ようとするが、嫌悪というより恐怖の感情が全面に現れたその表情を見るだけで僕がどうするべきかは判断できた。
「ふん、人間の癖に……」
目を閉じて俯いた僕に何の罵倒を続けようとしたのかはわからないが、金髪のエルフの声が小さくなると、しばらくの沈黙が続いた。
「なるほど、そうなの……どうしようかしら……」
耳を澄ますと、先ほどの金髪の声がコソコソと言葉を漏らしているのが聞こえる。
とはいえ黙ったまま目を閉じているうえ、不自然な姿勢で寝ることもままならないのでは、暇だ。
何をされるんだろうという疑問はあるが、こんな状態で目を覚ましたのだから僕をすぐに殺すつもりはないらしい。
人間を殺すことを常識としている世界でならかなりの好待遇ともいえるが、その場合僕を生かす理由は……
ふっと村人に女性しか居なかったことを思い出すが、男性が狩りにでも出かけているなら当たり前の話。
万が一男が居なかったとしてもわざわざ嫌われている人間を捕まえる必要などない。どこかからエルフの男を借りてくれば済む話だ。
であれば人間を生かしておくのは、生贄?
こんな森の中ならそんな宗教が流行っていても仕方ないし、現在進行形で逃げないように柱に縛り付けられているし、何か邪神的なサムシングを呼び出すのにはちょうどいいくらいの空間が確保されているし、おまけに晴天だ。
僕は知ってるんだ、そのうちシャーマン的なジャラジャラした装飾の人が出てきて儀式を始めるとともに空が雲で覆われてうんぬんかんぬん……生贄は死ぬ。
「人間、今ここで死ぬのと、一生ここで魔力提供するの、どっちがいい?」
どっちがいい?とか言われても……魔力に関しては神様からどんなに頑張っても使い切らないようにしてもらっているため選択肢など一つしかない。
「魔力提供で……」
そう言いながら見上げた金髪の表情は道端に履き捨てられた吐瀉物を見かけた女子高生のような、到底人格ある相手に向けるものではなかった。
しかし魔力提供と言ってもまさか成人向け漫画でもあるまいし、普通にマジックドレイン的な技術があるのだろう。
そのために僕の靴や靴下、ズボンを剥ぎ取るのはきっと必要な事なのだろうし、さらにパンツも……
「ちょっと待って!なんでパンツまで取る必要があるんですか!」
足を全力で開いて抵抗する僕の行動が気に障ったのか、パンツに手を掛けたままのエルフが不快感を顕わにしている。
恐らく事情を知っているであろう金髪の方を見ると、何馬鹿げたことを言っているんだと言わんばかりの怒り顔だ。
「人間の癖に魔力の摂取に体液が必要なの事も知らないの?」
体液…というと唾液や涙や血液やらの話ということになるが、血液よりも圧倒的に効率の悪い方法を採ろうとしているのだろうか?
自分の貞操を守るつもりはさらさらないというかこんなに綺麗な人たちが寄ってたかって相手をしてくれるなら願ってもない所だが、操というのは一人の心に決めた相手に捧げるべきであって、こんな意味不明な理由で使っていいものではない。
「体液なら血液の方が良いんじゃないんですか?」
金髪が信じられないといった表情をしている。
まあ当たり前か、性欲第一として知られている人間種から性的搾取に関して抗議を受けているような状態なのだから違和感もあるというもの。
だが金髪もこのやり方に思うところがあるのか、一度エルフの皆を離れさせると、僕に黒曜石のようなナイフを見せつけた。
刃渡り15センチほどと思しきパン切りのような刃を持つ石器をキラリと光らせると、金髪エルフはそれを僕の太ももへと思い切り振り下ろした。
激痛。
そこだけ雷に打たれたかのような痛みに息が詰まってまともに叫べないまま血で良いのではなどと言った事を後悔した。
献血とは違うのだ。痛みを極力減らしてくれるなんて善意があるはずがないのは当たり前なのに。
「よく見なさい人間。」
感覚が麻痺したのか痛みが消失した太ももは凹凸のあるナイフの一撃によってどんな姿になってしまったのかと不安に思いながら目を開けると、刺されたはずの腿は健康的で傷跡一つない状態であった。
足の感覚はあるし、動かすのに違和感もない。
「なんだ…これ…?」
「自覚も無いみたいね。いいわ、よく聞きなさい。化け物よあんた。」