人間種はすぐ増える万年発情期の畜生です。
「てめぇ、本当に人間か?」
「まあ一応人間ですけど。」
人間から人間に生まれ変わった、生まれ変わったと言っていいのかどうかは別として、とりあえず人間としてこの世界に降り立った身としては嘘ではないのだが、目の前に並ぶ3人の自称魔族たちが信じている様子はなかった。
「馬鹿を言うな、人間はもっと脆く、弱く、狡猾な生き物だ。貴様のような個体がいるなど聞いたこともない。」
赤鬼も僕が一応話の通じる奴だという認識は持ってくれたようだが、それにしても彼らの人間に対する嫌悪感は一体何なのだろうか。
「とりあえず人間のいる場所に行きたいんですけど、何処にあるか知りませんか?」
「さあな、どっかの物好きが趣味で飼ってるの以外なら、奴隷市場で見られるかもしれないが。野生のは知らん。」
野生……ということは、人権がどうとかいうよりも人間が僕の想定している種族と同一なのかという問題が発生していそうだ。
もしもの話、1400年代くらいの、例えば甲冑騎士が騎士道のもとお姫様を守っていたり、和風の武士が主君に忠を尽くしている世界ではなく、人間という名前の原始人たちがウホウホしている世界だったとしたら……
考えてみれば当然の話だが、いかに馴染みのあるファンタジー世界といえど全部が全部僕の思い描いた世界と同じなはずがない。
世界の覇権を握っているのが獣人……彼らで言うところの魔族だとすると、人間という害獣が襲ってくるのが日常的なら僕に対する攻撃的な対応も頷ける。
ぷるぷる、ぼくわるいにんげんじゃないよ。
これが初代様なら問答無用で切り捨て御免だった筈だ。いい時代になった。
「まあいい、俺たちの間じゃ人間なんつーのは魔獣のくくりのひとつだ。さっきのぷよなんかよりもずっとタチの悪い、な。だから俺たちはお前ら人間を見たら迷わず殺す。」
「タチが悪いって、何するんですか?」
狼男の説明に抱いた疑問を口にした途端、牛男に首を掴まれそうになった。
「人間が何をしたかだァ!?離せオグレス!今すぐコイツにッ!俺が殺す!」
すんでのところで赤鬼が牛男を止めてくれたが、冗談でなく血管が浮かんだ牛男の表情はその怒りが演技でないことを示していたし、疑えるような心理的余裕などあるはずもない。
「来い。」
尻もちをついた僕の腕を強引に引っ張る狼男に引きずられながら茂みに入ると、恐ろしく冷たい目で見降ろす狼男が顔を近付けて人差し指を互いの顔の間に立てた。
「いいか、一回しか言わねえからよく聞け。人間ってやつはな、俺たち魔族を貶めることしか頭にない化け物だ。お前は変だからわからねえかもしれんが、単体での能力はそう高くない。でもとにかく性格が悪い上に行動基準は性欲第一だ。さっきテメェにキレたブルバスの前の嫁さんは、テメェら人間共の集団に攫われて何人もの仔を孕まされた挙句、薬漬けにされてオワっちまった状態で発見されてんだ。人間のメスはまだ年中発情期とはいえ力が弱いし繁殖力も少ないからいいが、オスは駄目だ。オスは俺たち魔族の女なら全種族に対して孕ませることができる害獣だ、だから殺す。いいか、てめぇの護身のために言っておくが、俺たちは珍しいほうなんだぞ。他の人間を見かけたら逃げるか殺せ。てめえは他の奴らとは違うってスタンスを崩すな、わかりやすく喋ればテメェが妙な個体だって気付く奴も出てくるだろうしな。あと、その布は絶対に脱ぐなよ。俺たちに人間の区別はつかねえ。以上、なんか質問あるか?」
早口な説明だったが、この世界での人間のモラルの無さは十分に伝わった。
想像するのであれば、コボルトとかゴブリンとかに抱くイメージをそのまま人間に置き換えたようなものだろう。
「人間についてはもう、大丈夫なんですが……あの、魔法ってどうやって使うのか知ってますか?」
悲しいかな人間が害獣扱いの世界とはいえファンタジー要素が多いのは事実。
せっかく女神に頼んで魔法が使える体にしてもらったのに使えないのはつまらない。
「は?魔法なんて適当に念じれば出るだろ。」
小さな音と共に狼男の指先から出たのは少量の水。
なるほど念じるだけなら簡単だと適当な方に指先を向けて水をイメージすると、先端を指で圧迫したホースから出るような水が射出された。
しかし意識していたとはいえ突然自分の手から水が出るなんて超常現象を見れば驚くのは当たり前で、集中が切れるとすぐに水の射出は止まった。
「ま、そんなもんだ。それじゃ達者でな“ですます人間”」
達者でなと言った理由を聞き返す間もなく、鳩尾に衝撃が入る。
狼男の拳によって絞り出された空気を補充しようとしても横隔膜が痛みで痺れて呼吸ができない。
パクパクと金魚のように口を動かすだけしかできない僕は、涙で滲む視界の中、ゆっくり離れていく狼男の後ろ姿を最後まで見ることもできず意識を失った。