人間種とかいう畜生は殺して当然な世界。
魔法とか異種族とかがいる異世界に転生だって!?と喜んだのがおよそ1時間前。
ぼくのかんがえたさいきょーの人間にしてもらったのがたぶん30分前。
この世界に降り立った草原で、街道と思しき草の生えていない道を走っていると、前方に見えてきた馬車からいかにもファンタジックな皮の鎧を身につけた剣使いの狼男と棍棒持ちの赤鬼、両刃斧を持った牛男が出てきたのが5分前。
「丸腰で馬車を襲おうたあいい度胸じゃねえかァ糞虫ィ!」
「手足だけバラしてやっから死ぬまで後悔しろよ人間!」
狼男と赤鬼が獲物を見せつけながら憤怒の形相で啖呵を切ってきたのはまだ優しいほうで、牛男に至っては何も言わずに斧を振り下ろして来たのだ。
命の危機なう。
某蜘蛛男の映画のように全てがスローモーションに見えるという訳ではないが、上がった動体視力と反射神経のおかげで牛男の一撃は後退することで回避できた。
もしこれが友好的な、「おう坊主、こんな一本道で迷ったのかァ?」みたいな感じだったら「うおすっげー!ワーウルフかっけー!こっちは赤鬼かよ!はあ!?ミノタウロスも居んのか!」みたいな喜びに包まれて踊っていたのだと思うが、あくまでそれは妄想。
現在進行形で睨んでくる身長2メーター越えの3名と対峙している僕は小便を漏らさないように気張るだけでもけっこうキツい。足がガクガクしている。
「どうして僕を襲うんですか!何か悪い事したなら謝りますから!攻撃しないでください!」
3匹の大男たちが攻撃のモーションに入る前に必死の抵抗を試みるが、それに最初に反応したのは狼男だった。
「テメェが人間だからだ!」
驚異的な跳躍力による接近に続き、前傾姿勢のまま剣を握った右手でアッパーカットの形に振り抜かれる水平一閃。
膝を曲げることで体を水平にして避けた僕の物理的な舌先三寸を通り越していった剣はそのまま喰らえば足二本がサヨナラバイバイする威力を持っていただろう。
その後に続く赤鬼の棍棒を避けるべく仰向け体幹トレーニングの姿勢から横に転がった僕の、元々影が落ちていた場所の地面が深さ10センチ以上棍棒との接触で抉り取られていた。
「少しはやるな……」
面相臭そうにこちらを見る牛男の声が心底恐ろしいが、まだ僕は漏らさずに耐えられているらしい。
得物をチンピラバットのようにペチペチと手元で示威している赤鬼と牛男、そして狼男が動き出す前に、俺は全速力で逃げ出した。
死にたくない、理由はわからないが僕を殺すつもりバリバリな彼らの前から一刻も早く立ち去るべきだという生存本能に従って、道から外れた草原をひた走った。
30秒ほど走っただろうか。
馬車を守るべく出てきた3人のうち鬼と牛の2人の姿は消え、狼男が馬車の後ろに乗ったままこちらを見ていた。
馬車は既に移動を開始している。
震える足から急に力が抜けて、ふっとへたり込んだ僕はただ、現実と幻想のギャップに打ちひしがれるしかなかった。