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【短編】見上げる空は、何と呼べますか?

【ジャンル】エブリデイ・マジック

 夜の空には、星がある。遥か遠く、手を伸ばせば届きそうに見える輝きを放つ天体も、想像を超えた遠い世界に存在する。町を歩く人々は明日の日程ばかりを考え、星の事を考える余裕はないらしい。目的の場所に向かってただ歩く。軽やかな足取りもあれば、重い足取りもあった。休みは何をしようか練っているのだろう。

 ある男が、ふと足を止め、星空を見上げた。田舎から都会に出てきて何年になっただろう。子供の頃には当たり前だと思っていた。一つくらい摘んで食べても、誰も気付かない光の蕾。夜は暗いというが、どこが暗いのか理解できなかった。

 今、男が足を止めた場所も、明るい。本当に夜が来ているのか疑いたくなるほどの光りが、町に溢れている。

 正直に、驚いた顔をしている。見上げた星空は、両手の指を使いきる必要がなかった。もしこんな夜の空しか知らない世代の人々だけになってしまえば、星空という言葉は、夜に輝く星と共に消えてなくなる。当然だと思った。今宵ですら、空には星空という言葉は似合わない。

「待って!」

 子供の声がした。さして驚くことはない。この時間に家に帰り、匂いで今晩のおかずを想像しながら宿題をしている子供の方が、今は少ないだろう。だが、足の横を通り過ぎた陰に、視線を落とした。

 そこには女の子がいた。大して小さくも見えない。年は、幼く見ても小学校の高学年くらいだろうか。中学生と言われても違和感はない。そんな彼女が、息を切らして、膝に手を置いていた。

 周りを見回した。友達らしき人影はない。だったら彼女は、一人で何かを追い掛けていたのだろうか。ペットか何かだろうと思ったが、それにしては人波が乱れていない。犬なら、避けたりする人もいるだろう。一体何なのか、男が不思議そうに見ていると、彼女が見られている視線に気づいたらしく、二人の視線が重なった。

「手伝ってください!」

 行き成りだった。男は周りを見たが、誰も足を止めていない。どうしたものかと思っている間もなく、男の手は彼女に握られていた。

「お願いします」

 まずしなければならないのは、どれだろう。君は誰だという質問か、それとも何をしているのかという質問か、こんな時間まで外にいて大丈夫なのかという質問なのだろうか。男の口はどれを選ぶのだろうか。

「何を、手伝えばいいんですか?」

 ニュアンスは少し違うが、二つ目だった。本当なら一つ目が無難だろうが、男は二つ目を選んだ。合ってから離れなかった視線が、始めて地面に落ちた。

「ほ、星を、捕まえるのを」

 あの中年の男性は、家路を急いでいるのだろうか。大きな荷物を大事そうに抱えている。猫を飼っている男は、餌をやらないといけない事を思い出した。そうだ、あの中年の男の人と帰り道が一緒だったんだ。早く帰らないと――

「ま、待ってください! 話を、話を聞いてください」

 自分の取るべき帰り道に戻ろうとしていた男の手を、小さな腕が懸命に引きとめる。話があまりにも馬鹿げている。星を捕まえるなんて。その時、男が閃いた。

「星って、ペットか何かのお名前ですか?」

 そうだ、ペットを探しているかもしれない。この選択肢はあった。これに違いない。引きとめる為に上げていた顔が下を向き、手を取っていた指が空を向いた。

「あの、星、です」

 綺麗な女性だった。よく言われる、キャリアウーマンの類だろうか。服装には興味がないように見えた。派手な色を一切使っていない、黒の上下のスーツ。髪も黒く、歩くだけで後ろに流れるのを防ぐために止められている髪止めも黒。メガネも黒だった。もう少し、派手な色を付けても似合いそうな顔立ちなのに。突然、もう少し派手な色を付けたらどうですか、なんて聞くと変な人に思われるだろうか。まあ、大丈夫だろう。星を探してくださいなんて言うより、数段ましだ。

「待ってくださいってば! そうだ、一緒に探してくれないと泣きますよ、ここで」

 どうぞご勝手に。間髪いれずに出そうになったが、口の中を管理人する舌が、却下の印を付けて喉の奥に押し返した。

 こんな時間に、中学生前後の女の子を、町中で堂々と泣かせたらどうなるか。明日が見えなくなる、見上げる空に星が見えないように。いや、今見えている星よりも、先に広がる道は少なくなりそうだ。

 それでも、ここは大人としての対応が必要だ。夜に、妄想かもしれないが、突然男に声を掛けて、変なお願いをするのは良くない。そう言って、帰らせれば済むことだ。彼女も、そこまでして妄想を続ける必要もないだろう。

「手伝えば、泣いたりしませんよね?」

 まあ、少し手伝えば、気が済むかもしれない。無難に、適当にあしらっていれば、満足してくれるだろう。そんな考えで、ある意味大人を取った。


 一体どうやって、探すふりだけでもいいから、彼女に合わせたらいいのだろうか。誰が使うために作られたのかよく分からない公園で、足の高さぐらいに斬り揃えられた、男にとっては低い木に体を突っ込み、探している。

 名前を呼べばいのだろうか。昔、田舎の星空を見ていたといっても、星自体にそれほど興味がなかった。シリウスとでも呼べばいいのだろうか。それとも、星、星、だろうか。とりあえずは、同じようにしてみよう。

 スーツが汚れないように腰下ろし、小さな声で、星、星と呼んでみた。十分ぐらい続けて、彼女を見ると、真剣に、膝や手が汚れるのもお構いなしに探している。どうしてそこまで出来るのだろうと、疑問に感じた。それ以上に、こんな姿を同僚に見られたら何を言われるか。妹ですと言うべきか、従兄妹ですにするべきか、まかり間違っても彼女に間違われないようにしないといけない。デートだなんて思われてしまえば最悪だ。どうにか避けないといけない。

 男は星を探すよりも、そっちに気が回っていた。だから肩を叩かれても、五月蠅いと払いのけていた。

「お兄さん!」

 大きな声に思わず口を塞いでいた。この格好は、正しく最悪だ。慌てて口から手を離した。

「どうしたんですか?」

「ビックリした……。そうだそうだ、ようやく見つかったんです。星が、一つ」

 虫でも捕まえているみたいに、重なった手が膨らんでいる。よかったですね、そう言おうとした。彼女は微笑みながらそっと、手に隙間を作ってくれた。

 星があった。子供時代に、摘んで食べようとしても、捕まえられなかった、星だった。真っ赤に熟れている。本当においしそうな星が、彼女の手の中で輝いていた。言葉が出てこなかった。一人の、中学生くらいの女の子の手の中に星がある現状を、どう言葉で表わすことが出来るだろうか。男は、少なくとも男は持っていない。

「あと五つあるんです。手伝ってくれますね?」

 いやいやでも、無理にでもなく、男は頷いていた。


 探し始めて随分と時間が経った。空が少しだけ、本当に少しだけ明るくなっていた。見つかったのは、四つ。そのうち男は、一つ捕まえることが出来ていた。思わず口に運ぼうとしていたが、我に返って、彼女の手の中に渡した。ここまでは順調だったが、最後の一つが見つからなかった。どうしても見つからない。彼女も焦っているようだった。

 男は手掛かりを知らないし、公園に彼女がいるという事は、ここにあるのは間違いないのだろう。だが、最後の一つだけで、二時間近く掛かっていた。

 今頃になって疑問が沸いてきた。見つけた星は、どうなるんだろうか。彼女は一体どうするんだろうか。彼女はそもそも、誰なんだ。少し手を止めて、彼女を見た。真剣に探している横顔を見て、後で聞こうと、そう思った。

 それからまた時間が過ぎた。夜が明けそうだった。また明日探せばいい、そう言ってあげるべきなのかもしれない。冷静に考えれば、そうなんだろうが、それなら自分がまず手を止めるべきなんだろう。だが、男はそうしなかった。それでも明けてくれるなと、空を見上げた。

 星が少ないながらも輝いていた。青みがかった空に塗り潰されまいと、必死で光を放つ。自分が見ていた星は、もっと凄かったのに、どうしてこんなにも弱くなったんだろうか。将来の子供たちはこんな星しか知らないのだろうか。なぜだか無性に悔しかった。本当に、自分も一部になってしまいたいと迫るあの星空を見れないのだろうか。

 適当に、整然に、ばら撒かれ、並べられ、幾つもの色の、一つの色の、星空を見ることが出来ないのだろうか。

 どうすればいいんだろう、取り戻すには、どうすれば。

「ありがとう」

 背中から聞こえた声に振り返る。

「最後の一つ」

 誰もいなかった。朝と呼ぶには早い公園には、男一人しかいなかった。


 それから数日が経った。

 男が、ふと足を止め、夜空を見上げた。

 両手で星を数えてみる。一本一本折っていくと、いつの間にか指が足らなくなっていた。それでもまだ星は幾つか数えられていない。まだまだ幼いころに見た夜の空には遠いが、まだまだ数は足らないが、数日前の空よりも似合うようになっていた。星空という言葉が。

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