表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/16

【短編詩】おかしなサンタ

【ジャンル】エブリデイ・マジック

 冬も随分と感覚を取り戻してきたのか、最近はめっきり寒くなってきた。朝、部屋の中で息をすると、白く変化するまでに冷え込む。

 不思議なもので、この季節になると日本でも一つの行事が頭に浮かぶ。日本人の大半は無宗教のはずだが、商売上手な人間はどの時代にもいるものだ。物を買わせる手段としてクリスマスに目を付けたのだろう。今や、日本でこの言葉を使うと、子供は自分の欲しい物を纏めてメールに書き、女性は宝石店のホームページを開いて目ぼしい物はないかと探し出す。

 現金、物、欲望が渦巻く日本のイルミネーションの中で、こんな事を言えばどう思われるだろうか。

『サンタはクリスマス以外、何してるんだろう』

 冗談の口調ではなく本気の顔をして呟いたなら、すぐに病院を紹介され兼ねない。特に私のような大人の場合は。だが、私は知っている。何故なら――

「配達があるので、このくらいで」

「あ、あぁ、はい。余りもて成せなくて申し訳ない」

「いえ、時間はあまり多くないので」

「そうですか。今年は雪が降らなくても寒いので気を付けて。トナカイ君も」

「はいな」

「それでは。そうそう、雪は降っていますよ」

 ちらりと外を確かめるが降っている様子はない。ただ、私にはこの国以外は見る事が出来ない。もし違う国で降っていれば、彼にとっては私の言葉は確かに間違いだ。何せ彼は、日本だけの存在ではないのだ。いや違うか。日本には本来あまり関係ない人物なのだ。

 トナカイの引くソリに乗ると、会釈をして飛んで行った。

 私はいい子なので、毎年のように彼はプレゼントを持ってきてくれる。とまあ、冗談はさておき、彼は毎年この季節に、世界の空を飛び回っている。ではもう一度言葉に出してみようか。クリスマス以外、サンタは一体どこに居るのだろうか?



「ああ、そう言えばケーキをついでに持って帰ってきてって言ってたな」

 確かめるかと呟き、ポケットから携帯電話を取り出す。

「そうだ、またやったんだった」

 幸いにも、男は駅から出てまだそれ程歩いていなかった。いつもの事だと、駅の中に引き返す。便利なはずの携帯電話をポケットに滑り込ませ、慣れた手つきで財布から最近では珍しいテレフォンカードを取り出す。そして、同じく慣れた足取りで公衆電話の前に立ち、受話器を取った。普段から頻繁に充電を切らせるので、妻からカードを持たされていたのだ。

 妻もいつもの事だと、怒る様子なく店の名前を伝える。最後にゴメンと謝り受話器を置くと、教えられた店に早足で向かった。

 夜の七時。一番込んでいたのは夕方だろうか。冬の寒さも相俟って、店の外に並ぶ木とケースの中のケーキ達に自分が品定めされる立場になったと思わせる程、店内は現実離れした暖かさだった。

 『達』は付けたが、今日はケーキが日本で、いや世界で一番売れる日。殆ど残ってはいない。愛想よく笑い掛ける若い女性の店員に、予約した生クリーム一杯のケーキを取りに来た事を告げる。

 予定はないんだろうかと失礼な事を思い浮かべながら待つと、女性店員がしっかりと紐に括られた箱を持ってきた。最後だったのでこれになったらしい。特に文句もないので了承すると、どんな中身か写真をプリントアウトした手作りの広告で説明してくれた。クリスマスらしいデコレーションのケーキだった。

 代金を払うと、涼しいショーケースの中から熱い世界に買われていくケーキと真反対な、温かなショーケースから寒い店の外に買われていく気持ちになりつつ、殆ど走るように家路を急いだ。


「主、他のサンタが見当たりませんね」

「役目を終えたのだろう」

 空を駆けるトナカイが遠くに影を見つけた。ソリに乗るサンタも見つけると、向こうも気付き会釈をして、一つの家の中に消えて行った。

「どうやらあそこの様で」

「そうだな。そろそろ私達も、時間かな」

「は! ちょっと粘り過ぎたようで。飛ばしますので、しっかりお掴まりを」

 サンタが頷いたので、トナカイはスピードを上げた。ソリの上にある袋はもう殆ど空だ。

「私達の最後の家に行くとしよう。そこで今年の役目は終わりだ」


 犬が吠える。大人しい大型犬ではなく、小型犬らしく忙しない出迎えがまだ角を曲がる前から聞こえた。本気で走るとケーキが崩れかねなかったので、ある程度の速さで抑えていたら結局十三分掛かった。

 音を立てないように鍵を開けたが、普段出迎えのない玄関には、パジャマ姿の娘と息子が目を輝かせて待っていた。目当ては勿論、ケーキ。背中で手を組んでいる夫に、子供たちは顔を上げて次の言葉を待っている。その姿が楽しくて、敢えて違う言葉を発してみる。

「まず、帰ってきた時の出迎えの挨拶は?」

 扉を開けたままだったので近所迷惑を心配してしまう程大きな声の、おかえりなさいを貰い、満足げに手を前に出した。

「はい、ただいま。ではよろしい、これを」

 出てきた箱を乱暴に受け取ると、子供たちは走って部屋の中に戻った。

「お帰りなさい」

「ただいま。せっかく丁寧に持って帰ってきたのに、あんなに乱暴に扱われると台無しだよ」

 上着を渡すと、鍵を閉めて二人で部屋に入った。子供たちが同時に、あけていい、そう尋ねてきたが、多分二人に任せると大惨事になりそうだ。紐は固く縛ってあるので、着替える前に夫がハサミで紐を切った。白い箱の扉が開くのをワクワクな目で待つ二人を、また少し焦らしたが、そんな顔で見上げられてしまっては開けるしかない。ゆっくりと開けて中身を見せてあげようとした時、一瞬、歩行者用の信号が点滅するよりも短い時間、電気が瞬いた。なにかおかしくなったのかと電気を確かめようとした夫に、子供たちが速くと急かしたので先に見せてあげる事にした。

 真っ白な雪原の上には、数本の木と家、苺のランプが淵を飾り、サンタとトナカイが家の中に入ろうとしている。ホワイトクリスマスがケーキの上で広がっていた。

 上着を着替えながら、この間変えたばかりだよねと確かめて不思議がる妻に相槌を打ちながら、夫はケーキを不思議そうに眺めた。

「どうしたの?」

「いや、広告で見たのと、サンタが違うなって」

「子供たちが持った時にズレたんじゃないの」

「そうじゃなくて、カッコがさ」

「あそこの店は手作りだし、一つ一つが違うんじゃない」

「それもそうか」

 着替え終わった夫と妻が戻ると、食べていいと尋ねる声があったが、ご飯の後だとケーキは冷蔵庫に仕舞われた。



 クリスマスがもう直終わる。結局今年も、今日以外サンタがどこに居るのか分からず、か。

 明日になれば、少なくとも来週になれば、だれもクリスマスがまだかと心待ちにする子は、日本には居ないだろう。お年玉がもらえる正月がすぐそこに待っているのだから、仕方ない。

 本当にサンタの帰る家を探したいなら、空を飛ぶしかない。その術を私は持っていないから、想像するしかない。正月はどう過ごすのだろう。これはあまりにも日本人的考えだな。さて、サンタの持ってきたプレゼントを食べるとしよう。毎年持ってきてくれるプレゼントは、それはケーキでね。

 しかし、本当にサンタは毎年今日までどこに居るんだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ