【短編】月のない夜には
【ジャンル】親子
「今日は暗い夜だね」
縦に並んで歩く二人。真っ暗な夜空。いつもより淋しく見えるのは、星の小さな瞬きがいくつか見えるだけだから。
「どうして、お月さまいないの?」
「どうしてだろ」
父親の前を歩いていた小さな影が、足を止めて顔を上げた。
「僕、好きなのに、お月さま」
「そうだね、よく見てるよね」
「うん。真ん丸いお月さまが好き」
振り返ることなくそう言うと、小さな影が歩き出そうとした。足を上げて、次の一歩を出す。小さな小さな、星の明かりよりも小さな一歩。父親は自分の一歩の幅を考えて、止まったまま話し掛けた。
「ねえ、大志。どうして大志はお月様が好きなの?」
子供が足を止めて振り返った。大きな影はにこりと微笑んでいる。
「お月さまでも、僕が好きなのは一番真ん丸な時」
「そうなんだ」
「うん。だって、おいしそうだから」
思ってもみなかった言葉に、大きな影は首を傾げた。
「黄色くて、丸くて、デコボコで、焼き芋を割ったみたいだから、食べたらおいしそうだから、好きなの」
子供の頃は、そんな風に考える物なのかな。自分の小さな時を思い出しても、違うような気がした。そういえば一人、同じような考えをする子がいたな。
小さな影がまた前を向く。
「もしかして、お月様を待ってたの」
首を振る。やっぱり、答えは一つしかないかな。父親だって親なのだから、親の感ぐらいあるし、子供の行動パターンも知っている。
「それじゃあ、テストの点数は三十点くらいだったのかな」
小さな影が大きな声で怒られたように、肩を跳ね上げ俯く。
「当たりかな。でもよかったよ、もう反抗期が来たのかと思ったから」
「ハンコウキ?」
聞き慣れない言葉だったのか、小さな影が目線を落としたまま父親を見た。
「そう、反抗、あぁ、そうだ。お月様が今日いなかったのは、反抗期だったからかな」
靴から目線を、胸の辺りまで上げた。
「どういうこと?」
「今日みたいに、誰かさんが全然家に帰ってこないことかな。反抗期」
小さな影がまた視線を落とした。二呼吸置いてから、パッと父親の顔を見る。
「じゃあお月さまはいなくなったの?」
「うんうん、違うよ。反抗期っていうのは、いつかは無くなるものなんだ。お父さんとお母さんを心配させることを言うんだよ」
元々小さな体を余計に丸めて、ごめんなさいと呟いた。
「お父さんに言うんじゃなくて、お母さんに言わないと」
「うん」
「大丈夫、お父さんも一緒に怒られてあげるから」
「どうしてお父さんも?」
「実は――」ポケットから濡れた携帯電話を取り出した「大志を探してる時に落っことしたんだよ。まぁ、今度は防水にするよ。大志の次のテストまでには」
「僕、今度は――」
大きな一歩で横に並んで頭に手を置いた。
「知ってるか大志。母さん昔は、テストで零点、三連続で取ったことあるんだ」
親子一緒に揃って帰る夜空は暗かったけれど、明日にはまた月明かりが射しこんでいる。
「え、そうなの」
「今度見せてあげよっか。その時の怒られて泣いてる写真」
その前にたっぷりと怒られるだろうけど。