ゴブリン
モンスターでもなかなか食料に恵まれないようです。
後ろからの声に驚き飛びのこうとした瞬間、右腕に衝撃が走る。余りの痛さに悲鳴をあげ、地面を転がってしまう。体勢を立て直し腕を見ると、そこから鮮血が流れていた。
傷口からは熟れた果実のように肉がはみ出ている。慌てて反対の腕で止血しようと圧迫するも、激痛で手を離してしまう。先程まで自分がいた所に視線を戻すと、三体ほど人型の生き物がこちらを監視するように見ていた。
見るだけでゾッとするような醜い姿。不自然なほど耳が長く、体は緑色をしている。ズタボロな衣服を着込み、腕や足はガリガリに痩せていて棒のようだ。久々の獲物に喜んでいるのか、目が血走っている。
その腕にはボロボロになった鉈のような刃物を持ち、それにはまるで模様のように真っ赤な血が付いていた。鈍い銀色の鉈がまるで死神の鎌のように見える。
ゴブリンだ。ゲームではスライムと同様雑魚モンスターだが、スライムにやられかけた俺が勝てるわけはないだろう。
どうやって逃げようか、そんなことを考えている間に後ろから更にゴブリンが一体出てきた。さっきした音はこいつだったか。
そいつに注意が向けられている間に、いつのまにか四方をゴブリンに囲まれてしまっていた。
もう逃げられない。
身体中から冷や汗が吹き出る。腕の血も止まっていないし、血を流しすぎたからかクラクラしてきた。それに武器も無い。あるのはあまりにも頼りない棒切れ一本だけ。こんなのじゃあの鉈には太刀打ち出来ない。
今の俺は間違いなく絶体絶命である。それを証明するように、ゴブリン達が気味の悪い笑顔を浮かべる。
ボロボロの俺にとどめを刺すために、後ろにいるゴブリン以外が一斉に飛びかかってきた。予想される痛みと結末に思わず目を瞑る。
ドン!
地震のような衝撃が大地を揺らす。突然のことに驚くも倒れないように足を踏ん張る。
揺れが収まっても、先程まで想像していたような痛みは襲ってこない。恐る恐る目を開けると目の前に俺の背丈を越えるほどの壁が出来ていた。
「主人様、遅くなり申し訳ありません」
上空からの声に目を見やるとそこにはドラゴンのシコクがいた。俺にはその時のシコクがまるで天使のように思えた。
後ろにいたはずのゴブリンも流石に逃げたようだ。
助かった⋯⋯そう思うと力が抜けてその場に膝をついてしまった。
「主人様に食べていただくのならと、少し遠くまで出たので時間がかかってしまいました。申し訳ありません」
「いや、良い。最高のタイミングだよシコク」
シコクに感謝すると、とても嬉しそうにクルクルと鳴いた。
「おお、怪我をしているのですね。我がすぐに治しましょう」
そういうとシコクは治癒の魔法を使う。夜なのに幻想的な光が辺りに溢れ、傷口がみるみる塞がっていく。ものの数秒もしない間に先程までの傷と痛みが嘘のように引いた。
「ありがとう。それで、獲ってきた獲物はどこにあるの?」
肩を回しながらシコクに尋ねる。傷は治るけど固まった体までは治らないんだよね。
「そちらに」
シコクは前脚で先ほどの壁を指差す。
え?これって魔法とかで作ったんじゃなくて獲物なの?
よく見ると確かに壁にしては丸みがあるし鱗みたいなものも付いているようだ。しかしあまりにも大きいぞ。20mくらいの、蛇か?
「お、大きいな」
「はい!主人様にお腹いっぱい食べていただこうと思いまして、特に大きなものを狩ってまいりました」
そ、そうか。こんなに大きなものを持ってこようとすれば、さすがのドラゴンでも時間がかかるよな。
「いえ、狩り自体はすぐに終わったのですが」
気まずそうに頬をかく。
「迷ってしまいました」
シコクは開き直ってあっけらかんとして言った。
俺はがくーんとうなだれた。