仕事で異世界に出張している彼が帰ってくるけど、浮気の事とかが心配です
「そう言えば、もうそろそろじゃない? 真美の彼氏が帰ってくるのって」
目の前の椅子に座る女性が言う。
彼女の名は愛華、私の十年来の付き合いがある親友だ。
愛華はすでに結婚していて子どももいる。
毎日忙しいみたいだけれど、今日はなんとか旦那さんのお母様に子どもの面倒を見てもらって私と一緒にお茶に来ている。
昔みたいにいつでも会えなくなったのは少し寂しいがしかたないことかな。
「うん、そうよ。来週には帰って来る予定かな」
「あんたの彼って今すっごい人気があるあの仕事でしょ。確か、異世界に行くっていうやつ」
そのとおりだ。
彼は今、地球上にはいないらしい。
なんでも、勤めている会社の仕事内容がこことは違う世界、すなわち異世界へと人材を派遣するという会社なのだ。
実は昔からある会社らしいが、数年前になってその事実が公表された。
おかげで、今は「子どもがなりたい職業No.1」をぶっちぎりで維持し続けている。
「いいな〜。お給料もかなりいいって話じゃない。真美も早く結婚しないとねー」
「うーん、そうは言うけどなかなか簡単にはいかないわよ。今度も多分すぐに仕事に戻るんじゃないかな」
「あー、そっか。電話も通じないもんね。海外出張よりも寂しくなるわよね。でも、それだと余計に心配にならない? 異世界ってエルフとか猫耳の人とかもいるんでしょ。すっごい美人の人とかいるってネットで騒がれてたみたいだし、向こうで女の人がいるとか……」
「ちょっと、やめてよ」
「ごめんごめん。悪かったわよ。まぁ心配いらないわよね。ずっとお互い両思いで、何年もかかってようやくくっついたんだから」
私と付き合いの長い愛華は、当然のことながら彼のこともよく知っている。
彼と私はいわゆる幼馴染だし、その間を取り持ってくれたのは何と言っても愛華なのだから。
おかげでなんでも相談できるのはいいけど、ズバズバ言い過ぎるところもなるのが困りものかな。
でも、たしかに彼が仕事から帰ってくるとわかると、私も心配になるのは本当だ。
大丈夫かなって気になってしまう。
※ ※ ※
「ただいまー。ようやく、帰ってこられたよ」
愛華と会ったあの日から一週間が経過した。
彼は予定より数日遅れたが、無事に帰ってきた。
人材を異世界に派遣する会社は確かに人気がある。
だけど、この会社のことを批判する人たちも存在する。
なんと言っても、異世界というのは危険なところなのだ。
下手をすると向こうで亡くなってしまう人もいる。
社会問題として連日テレビで特集を組まれていたことも記憶に新しい。
「おかえりなさい。向こうでは大丈夫だった? 怪我とかしてないの?」
「もちろん。俺が向こうでなんて呼ばれているか知っているだろ」
私が彼の体を確認していると、彼は自信満々に胸を張ってそう言った。
『剣聖』
彼は異世界ではそう呼ばれているらしい。
正直なところ初めてそれを聞いたときには笑ってしまった。
だって、彼が剣道なんてしていたことなんて一度もないし、自分からケンカをするような人でもなかったから。
だけど、それは決してうそではなかったようだ。
異世界へ派遣される際に、その人の資質にあったスキルというものが手に入るらしい。
彼はそれで「当たりスキル」と呼ばれるスキルを手に入れたのだ。
そのスキルのお陰で彼は異世界でも活躍しているらしい。
そして、それはこの世界でも同じだ。
人当たりもよく、誰とでもすぐに仲良くなれて、すごいスキルを持っている若い男性。
これには日本のテレビも飛びついた。
異世界へと行って活躍する成功例として、あちこちのテレビ局に引っ張りだこになっている。
彼が認められるのは私も嬉しい。
だけど、やっぱり寂しい。
「本当に体だけは気をつけてよね。それで、今度はいつまでこっちに居られるの?」
「ああ、それなんだけど悪いな。またすぐに行かないといけないんだよ」
「ええ? そんなすぐに行かないといけないの? ほかの人もいるんじゃ……」
「いや、俺じゃないとダメなんだよ。明後日には出発しないといけないし、明日も準備で忙しくなりそうだよ」
ニコッと笑う顔は昔から変わらない彼のいいところだと思う。
だけど、私はそれを見つめてはいられなかった。
もうこれで何度目だろう。
彼にとって私って一体どう映っているんだろうか。
※ ※ ※
「行っちゃった」
先日、話していたとおり、彼は再び仕事へと戻っていった。
彼は知っているんだろうか。
彼が異世界で恋人を作っていることを私が知っているということに。
いくら異世界の情報がこっちでは手に入りにくいと言っても限度がある。
なんと言ったって、彼はテレビでも注目されている有名人なのだから。
異世界に行く人も彼だけではないのだ。
当然、そういう情報を私が知る機会は何度もあった。
だから、というわけではないが、私の薬指には彼から貰った指輪はない。
いつも彼が帰ってくる頃になると、いつ気が付かれるかと心配になる。
だけど、大丈夫だ。
あの人は今度もまったくそのことに気がついていなかった。
もう私にはすでに他に好きな人がいるということに。