1一8。
ブクマ、評価ありがとうございます。
とても励みになります。
今日も救護室に借り出されマイラは外の鍛錬場に来た。
今日は第三隊の鍛錬だ。
第三隊長ソノラ・スターリーは四十半ばで守護騎士団の中で最年長だ。年齢を感じさせない快活なおじさんで短く整えられた髪とモミアゲから繋がる短く整えられた顎髭がトレードマーク。
副隊長のアクダクト・カレットは二十代後半の超美男子。整った顔付きだが、キツイ切れ長の眼をしている。その眼で笑うと氷の微笑と言われるくらい表情筋が乏しい御仁だ。
だが、それが素敵!とご婦人方に人気があるカレット副隊長。
氷を溶かすのは誰だ!?と競うご婦人方の剣幕を遠巻きに眺めたことがある。肉食な女子の目が怖くて近寄るのが怖かったのもあるが。
マイラも美男の美丈夫の素晴らしさに目を奪われることもあるが、基本的に男性は治療や患部確認で接触するから見慣れている。
美貌に感嘆するが、ご婦人方のようにポッとはならない。
それより筋肉の付き方に目が行く。
筋肉の張り方、偏りがないかで癖があったりを見極めたりする。
顔より筋肉って、筋肉フェチじゃないから!
治療の一環だし!
癖の改善で怪我予防出来るから!
誰に言い訳するでもなく内心焦る自分に焦ったマイラだった。
今日は外の訓練で騎馬戦の稽古だ。
騎馬で激しく打ち合うのも危険があるが馬上はさらに危険度が増す。
落馬を危惧しつつ練習を見守った。
休憩中はスターリー隊長と雑談をした。
「君は乗馬はできるのかな?」
「はい。師匠に習わされました」
「剣は習ったかい?君の師匠のバーンズ侯爵は嗜んでいたが」
「自分には向いていないので諦めました」
「護身のために身に付けておいた方がいいのではないかな?」
「はあ、向き不向きもあるので……」
握力が足りず剣を持つのが難しいと言えばスターリー隊長はレイピアを出してきた。
小柄の従者見習いが使っていたらしいそのレイピアを出してマイラに稽古をつけると言い出した。
年長者の老婆心からなんだろうが、余計なお世話だ、とは言えない小心者な自分を恨んだ。
周りの騎士達も面白がって囃し立て断れる雰囲気ではなくなった。
「おお!頑張れ!」
「ヒョロが剣持てるか?」
「チビっ子!剣に振り回されるなよ」
「治療するヤツが怪我すんなよ!」
様々に揶揄い脳筋の声援を受けるマイラは不承不承に剣を持った。
基本的な型を習い剣を振る。
宙を斬る剣の音。
雑念も断たれるような感覚は悪くなかった。
途中、騎士達に型を直されたり軽く剣を合わせたりしたが、すぐに息が上がった。
「ヒョロヒョロだな」
「鍛えろ」
「筋肉鍛えるのが先だな!」
「ひ弱じゃモテねぇぞ!」
「剣も振れなきゃ女に腰振れねぇぞ!」
応援とは言えない下品な声援はマイラを萎えさせる。それに気が付かない脳筋達にマイラは溜め息が零れた。
(オッサンうるさい!それは剣じゃなく竿……ゲフンゲフン!)
男の活力は下半身!と豪語する脳筋達の下品な会話にツッコミ入れるとブーメランのように戻ってきて返答に困るのは目に見えている。
マイラは無心で黙々と剣を振った。
途中、体術まですることになった。
肩移動や重心の位置を背後から肩や腕を掴まれ指導された。
騎士との接近距離にドキリ!として内心、ウギャァ!と心の叫びが口から溢れそうになったがマイラは慌てて飲み込んだ。
それなりの時間マイラは型を模し剣を振ったり体術の型を習った。
ただ借り出されただけなのに疲労困憊のマイラ。
スターリー隊長に恨み言は言えず椅子に座って項垂れた。
(何しに来たんだか……)
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仕事が終わりザザと飲みに行く。
今日の愚痴を聞いて貰うためだ。
「救護担当なのに鍛錬なんて。酷くない?滅茶苦茶疲れた。明日全身筋肉痛確定だ……」
「揉みほぐさないと明日つらくなるよー」
「スターリー隊長も酷いよ。突然稽古つけるなんて言うし」
「マイラがあまりにもヒョロいからじゃない?」
「ザザ酷いー。優しくない」
「そうだよ?」
「もう借り出されるのヤダ!薬の研究したい!」
「借り出されてる間、作れなかった薬も溜まってるよ」
「ああ!酷い!!代わりに作ってくれてもいいだろ!?」
「はははっ。何言ってるのかな?高くついても知らないよ?」
「うぐっ!!」
両手で頬杖を付き不満と愚痴をザザにぶつけるマイラを生暖かい目で見つめ辛辣に返すザザ。
容赦無く返されてマイラはガクリとテーブルに突っ伏した。
それでも文句と皮肉りながら手伝ってくれるザザなのを分かっているマイラは、澄まし顔で酒を飲むザザをチラリと横目で見ていた。
「はー。面倒だぁ」
「だねー。でも明日の仕事は代わらないよ」
「……ああ。ザザが冷たい……」
「甘やかしてあげないよー」
「はぁ。スターリー隊長がいる時は行きたくないなぁ。また訓練つけられたら堪んない…」
「諦めるしかないね」
再び机に突っ伏すマイラ。
ザザはマイラの愚痴を苦笑いしながら聞いている。
「流石に手取り腰取りの指導は疲れるよ」
「……手取り、腰取り?」
「重心の位置とか剣の取り回しに手を取られるから」
気疲れする、と零しマイラはお酒を口にした。
だがそれを聞いたザザは不機嫌になっていった。
マイラはザザに愚痴り少しスッキリしていた。ザザの対応は冷たいが。
だがマイラは酒を口にしながらザザの様子を見て反省した。
愚痴りすぎたか。
人の愚痴も度が過ぎれば同意できず不快になる。横目でチラリと確認すれば愁眉が微かに曇っている。
ザザはマイラが借り出されている間、代わりに薬を作っている。他の同僚も助っ人に入っているのを知っているし、ザザにも負担をかけている。
マイラが自分から負担をかけているわけではないが。
それでも恐縮してしまうのは否めない。
「ザザいつもありがとう」
「ーーっ、どういたしまして」
マイラはへにゃりと笑いザザを見つめ感謝を伝えた。
うっかりミスや失敗をフォローするザザにいつも助けられている。
また今回も不本意とはいえザザに負担をかけている。
感謝を伝えるもザザは目を一瞬見開きすぐに目を逸らすと外方を向いた。ザザの目元が赤くなっているのは酒のせいかと思いマイラは気にしなかった。
その後、マイラは薬の研究の話に逸らしザザの機嫌を取り繕おうとした。
だがザザの不機嫌な黒い笑みが端々にチラつき今後ザザに愚痴るのは辞めよう、と心に留めた。
ザザの取説注意のページまたひとつ増えたのだった。
そして翌日、全身筋肉痛に顔を顰めたマイラだった。
お読みくださりありがとうございます。
マイラに指導したモブ騎士達の心情は一章本編終了後に。
2017.06.26修正。
2017.08.05加筆修正。