1一6。
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マイラに出張の声がかかった。
出張と言っても王宮内なのだが。
最近遠征が増え高齢の医師の負担が増えたせいで引退者が出たらしい。おかげで医師不足にマイラが借り出されるようになったのだ。
「鍛錬場に行っている」
「いくらマイラが医師の知識があるとは言え、いつもマイラばっかりだ」
ザザが騎士の鍛錬場の救護室に借り出されるわけでもないのに愁眉を寄せ秀麗な童顔もとい、整った顔を顰めた。
医師と薬師の両方の知識を持つマイラが医師代理として主に任されるのだが、ザザはいい顔をしない。
プリプリと怒り歩く様子はザザの短い癖毛がふわふわ揺れ大型犬のようで見ている分には和む、とは言えないマイラ。
ザザの不機嫌な様子にマイラは苦笑いを浮かべた。
「仕方ないだろ。怪我には即対応が必須だし」
「ちゃんとした医師が付けばいいのに」
「医師が足りてないからなあ」
「従軍医師団は過酷だからね……」
医師も体力勝負の仕事だが、騎士のように身体を鍛えていない医師に遠征は過酷だ。馬車移動が身体に堪えた医師が引退して地元で隠居しながら治療院を開くのがだいたいの定番だ。
守護騎士団は十二隊まである。隊の下に中隊小隊や班に別れる。それに近衛騎士団も含めれば相当な人数となり、それを賄う医師を確保するのは大変だ。
騎士の資本となる身体を預かる医師には全幅の信頼を得られる人物が選ばれるのは当然。
敵に付け入れられない、金銭に左右されず身分と意志を持つ人物となると数が限られていくのが現状だ。
家族を人質に捕られ騎士を嵌めたり、身分を嵩に脅されたりしない人物を探し出すのは至難の技で結局師弟、学友、身内など繋がりのある人物が選抜される。
マイラは薬師とはいえ宮廷医術師だったバーンズ侯爵の養子でもあり師弟関係なため医師兼薬師として借り出された。
「じゃあ行ってくる」
「気をつけろよ!暗がりに連れ込まれるなよ」
「ブッ!!なんだそれ!?ああ気をつけるよ」
ザザのズレた注告に噴き出しながらマイラは医務室を後にした。
「……本当に気をつけろよ」
ザザの呟きは届くことは無く、マイラは心配気なザザの顔を知ることはなかった。
ーー
マイラは救護室に控えながら騎士達の訓練を眺めた。
ガキン!ガンッ!キン!ガシン!
訓練用の剣とはいえ斬り合い防具に当たり激しい音を立て金属音が鳴り響く。
最近頻繁に借り出され騎士の動きに目元逸らさずに見学出来るようになってきた今日この頃。
最初の頃は音と打ち合いの衝撃にビビり目を背け見ていられなかった。
(見てるだけで痛そうな打ち合いも見慣れてきたなぁ)
目を逸らさずに騎士の動きを目で追い剣筋を見るくらいには目が肥えてきた。
ま、流石に本気の剣筋は早くて見切れない。あくまで稽古の剣筋だけだ。
(でも誰か担当代わってくれないかなぁ。汗くさいし、漢くさい!筋肉見てもつまらないんだよねー。つい筋肉の付き方見て診察しちゃうから)
しなやかな筋肉の流れを観察するマイラ。
(あの筋肉はいい筋肉。バランスがいい。
アレは硬い筋肉。もっとストレッチして解さないと筋を傷めそう。後で言わないとダメかな?
あっちは瞬発のいい筋肉。柔軟性バッチリだ。
でも癖で偏りがあるなぁ。負担が出そうだから注意が必要かなぁ。
流石部隊一桁は鍛え方が違う。治療に来る騎士とは筋肉の仕上がりが違うなぁ。)
筋肉観察、もとい体調観察を続けたマイラだった。
休憩に入った騎士達が防具を外し汗を拭う様子には汗臭ー漢臭ー、と思いながら眺め肩を落とした。
「いつも悪いな」
守護騎士団第四隊長ドランブイ・コザックは汗を拭き身を整えマイラに向いた。
「人手不足ですから」
「本来は薬師なのに、すまんな」
「仕方ないですよ。寄る年波には勝てませんよ」
「引退が出てしまったからなぁ……」
マイラは隊長のモジャモジャ眉毛が下がるのを見て身振り手振りで気にしないように言った。
角刈り頭に四角い顔に団子鼻、モジャモジャ眉毛と口髭のデカイオヤジが身を小さくするのは隊長らしからぬ態度にこっちが恐縮してしまう。
普段は人の良さそうなオヤジも剣を持てば豹変するのを見ている。
そのギャップにオヤジ萌えはしないが。
「部屋に籠るより、たまには外の空気吸え!ヒョロヒョロ!」
「ヒョロヒョロじゃないですよ!騎士と一緒にしないでください!」
「相変わらずチビだなぁ」
「チビ言うな!」
「お前にも剣の稽古つけてやろうか?」
「いりません!」
「軟弱だなぁ」
「筋肉つければ薬を擦るのが楽になるぜ?」
「うっ!大きなお世話です!」
口籠もるマイラを騎士達が笑う。
毎度同じようなことを言う脳筋にマイラは憮然とする。
「チビヒョロじゃモテないだろ。今度紹介してやろうか?」
「い、り、ま、せ、ん!!」
「遠慮するな!童貞か??」
「なっ!!!」
「紹介する前に娼館に案内か!?」
「いいトコ案内するぜ?」
「必要ありませんっっ!!!!」
ガハガハ笑われ、口々に周りの騎士達に揶揄われマイラの頭はガシガシ撫でられ髪はグシャグシャになる。それを文句言えばさらに撫でられ揶揄われる。
怒るマイラを揶揄う騎士、そこへ副隊長バーベイ・ウォールバンガーがマイラの機嫌を直すように頭をポンポンと撫でに来た。
周りの騎士達にはギロリと一睨みしてからだが。
「……ウォールバンガー副隊長。自分は子供ではないですよ?」
保護者オーラ全開しているウォールバンガー副隊長に撫でられるのは嫌いじゃない。とはいえ、それで機嫌を直すのも単純だ、と不満気に視線を向ける。
だがウォールバンガー副隊長は悪戯っ子をなだめる慈愛の眼の如くマイラを見つめる。その眼にいつも負けて顔をプイと逸らすのはお決まりだ。
日に焼け目尻の皺が目立つウォールバンガー副隊長。四十代に見えない容姿に物静かな雰囲気のオジ様は隊の鎮静剤だ。
悪ふざけした騎士達のブレーキを踏むタイミングは長年の経験が物を言うのだろう。
腹を立てる前に宥めにくるウォールバンガー副隊長の絶妙さにいつも心の棘を抜かれる。
「休憩は終わりだ!次の特訓に入るぞ!!」
コザック隊長の一言に皆が返事を返し鍛錬に戻って行く騎士達。
(まったく。脳筋の相手は疲れる……)
剣を振る脳筋を眺めマイラは溜め息をついた。
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