八話
もはや恒例となった紫苑の飛び跳ね攻撃で目が覚める。
今の時間は6時20分。紫苑が起こしてくれなかったら確実に遅刻していただろう。
手荒いが遅刻を防いでくれる相棒に涙がでそうだ。断じて着地地点がみぞおちだったからではない。
昨日はシャワー浴びれなかったが、どうせ汗をかくのだからいいだろう。時間がないので急いでトレーニングウェアに着替え玄関ホールに向かう、もちろん紫苑も一緒に。
玄関ホールでは笹井さんがストレッチをしていた。
「おはようございます」
「おはよう、時間ぴったりだな。今日は少し走ってから筋トレにしようと思ってるんだが近衛もそれでいいか?」
「大丈夫です」
そういってストレッチをしてから玄関ホールをでて整備されているコースを走る。
紫苑はチハが面倒を見てくれるようだ。
30分ほど走り、筋トレをする。笹井さんが正しいフォームを教えてくれたがきつい。汗だくになりながらメニューをこなしていく。
一通りメニューを終えて時計を見るともうすぐ8時になりそうだった。
笹井さんがペットボトルを投げてくる。私はそれをキャッチして勢いよく飲む。
「風呂も入りたいし今日はここまでだな」
さすが現役軍人、余裕そうに寮へ戻っていく。私も後に続き寮へ戻る。
「近衛は浴場行かないのか?」
「着替え持ってくるの面倒なんで部屋でシャワー浴びます」
私は笹井さんと別れ部屋に戻りシャワーを浴びる。
今日指定されている服は礼装なので汚すのはまずいのでスエット生地のジャージを着て食堂に行く。
今日の朝食メニューはサンドウィッチセット、鮭定食、カレーセット。もしかしてカレーセットは固定なのだろうか?
時間もあまりないのでサンドウィッチセットを頼む。
すぐに運ばれてきたサンドウィッチを勢いよくほおばる。おいしい、昨日から思っていたがこの食堂の料理は学食のレベルを超えている気がする。
夢中で食べていると
「相席してもいい?」
と千歳先輩が声をかけてきた。
口の中はサンドイッチでいっぱいなのでうなずく。
千歳先輩の朝食はトーストとベーコンエッグ、サラダだった。そんなメニューあったかなと疑問に思っていると
「あのメニュー表は一年生の好みとか食べる量を知るためにおいてあるんだって。つまり私の好みは研究され栄養バランスを考えつつ好みの食事が出されるの」
そういっておいしそうに朝食を食べ始める。至れり尽くせりじゃないかこの学校。
今更ながらそんなことを思う。食事を終え時計を見ると8時半、そろそろ着替えないとと思い席を立つ。
9時集合だからね~という声に返事を返し食堂を出る。
部屋に戻り礼装に着替える、時間はまだあるが服装チェックをしてもらおうと早めに集合場所である玄関ホールへ向かう。玄関ホールには笹井さんと菊池さんがいた。菊池さんが近づいてくる。
「おはようございます、蓮さん」
ネクタイがずれていたらしく菊池さんがさらに近づいてきてネクタイを直してくれる。
「あ、ありがとうございます菊池さん。」
子供扱いされているようで複雑だ。菊池さんたちから見れば子供だが私も複雑な年頃なのだ。
「菊池さんじゃなくて?」
「よ、由乃さんです」
「よろしい」
満足したようで、いつの間にかに来ていた春華さんと藤原君のもとへ行ってしまった。
時間ぴったりに千歳先輩が礼装姿でやってくる。
「みんな集まってるね~」
「早速行進練習をしようか」
行進の動きを一通り教わると隊列を組まされ食堂周りの廊下を延々と行進し続ける。一周回るごとにダメ出しをされもう一回と言われる。もう何周したのか数えられなくなった頃ラスト一周と声がかかる。
「行進訓練終わり! 皆お昼いくよ~。そうだ高校生組は宿題提出今日中ね」
千歳先輩は食堂に向かっていった。そういえば春華さんたちは課題終わってるのだろうか?慌てている様子がないのできっと終わっているのだろう。千歳先輩に続くように皆食堂に入っていく。
今日のお昼のメニューはオムライスセット、焼き肉定食、カレーセットだ。
オムライスと焼肉は気分じゃないので消去法でカレーセットにした。菊池さんと春華さんが座っているテーブルに行こうとしたが藤原君が座ってしまったので笹井さんと千歳先輩の座っている席に行く。
カレーが運ばれてきた、笹井さんも千歳先輩もカレーのようだ。
しかしよく見ると全員のカレーが違うことに気づく。
千歳先輩はごはんが少なめ、逆に私と笹井さんはごはんが多い。今朝の話は本当なんだなと思いながらカレーを食べる。一口食べて思わずキッチンのほうを見る。どや顔でこちらを見つめている料理人。
「どうかしたのか?」
「カレーの肉が鶏肉で驚いただけです」
またカレーを食べ始める。なんで鶏肉派だとわかったのだろう?
「へ~近衛ちゃんは鶏肉なんだ」
「千歳先輩は?」
「私は牛肉だね。笹井君は?」
「俺は豚肉です」
皆違うんだね。出身地も関係するのかなと千歳先輩は話している。
恐るべし料理人。きっとこの寮内で敵にしてはいけない人物No1だろう。
「皆でお風呂いこっか。着替えをもって浴場に集合!」
みんなが食べ終わったのを確認した千歳先輩がお風呂に誘ってくる。
皆汗を流すつもりだったようで着替えを部屋に取りに行く。
私も部屋に戻ったついでにタブレットから課題を提出して着替えをもって浴場に向かう。
浴場の脱衣所に入るとそれぞれにロッカーがあるようで私の名前が書いてあるロッカーもある。
クリーニングが必要な礼装やYシャツはクリーニングと書かれているロッカーのハンガーにかければいいとのこと。
クリーニング用のロッカーに礼服をかけ浴場へ向かう。
ガラガラと戸を開けるとおぉ~と声が上がる。
「蓮ちゃんムキムキ!」
「近衛ちゃんすげ~」
じろじろと見られるのはさすがに恥ずかしい。体を洗おうと洗い場に向かう。菊池さんが髪を洗っていた。チラッと耳の後ろにハートが見える、印ってかわいいマークの人もいるんだ。
私の印は目立つつ位置にあるのでもしかしたら温泉でお断りされるかもしれない。
そんなことを考えながら体や髪を洗い終え湯船につかる。やっぱりお風呂はいいものだ。
今度人が少ない時間に紫苑も連れてきてあげよう。やっぱお風呂サイコー!と内心で歓喜していると
「しかし近衛ちゃんの印はいかついね」
「目立ちますか?」
「愛されてる証拠みたいなものだからいいんじゃない?」
「私はくるぶしに小さく桜の印があるよ」
そういって湯船から足を出し印を見せてくれる。
「私は脇腹にお月様~」
ほれほれ~と見せつけてくる。
「私は印がありません」
そういって菊池さんは少しうつむく。
「印が体内にあったなんて例もあるしそんなに落ち込むことじゃないよ」
千歳先輩が慌ててフォローをする。
「じゃあ耳の後ろはタトゥーなんですね」
「私タトゥーなんて入れたことないですよ?」
でもここにと言いながらハートのタトゥーに触れると他の人も覗き込むように由乃さんのタトゥーを見る。
「よかったね菊池ちゃん。ちゃんと印あるよ」
「ハートマークでかわいいです!」
菊池さんはそう言われ嬉しそうに印の位置を触っていた。
そろそろ上がりますと一声かけて脱衣所に向かう。愛用のジャージに着替えを済ませ部屋に戻る。
机に置いていたタブレットを見ると今日の課題とタイトルがついたデータが送られてきていた。
どうやら課題はしばらく続くらしい。文句を言ってもしょうがないので談話室に向かい課題をする。
紫苑もついてきて私の邪魔をしないように隣の椅子で寝ていた。
課題を終える頃には窓から夕日が見えていた。結局誰もこなかったが春華さんたちはどうしたのだろうか?きっと自分の部屋で課題をしているのだろう。仲間外れにされていないと信じたい。
食堂が開くまでまだ時間があるのでトレーニングルームで汗を流すことにした。教材を部屋において、忘れないうちにと課題を提出してそのままトレーニングルームに向かう。
トレーニングルームにも誰もおらずいよいよ仲間外れ説が濃厚になってくる。紫苑がすり寄ってきて慰めてくれる。
ストレッチをしてランニングマシンで軽く走る。紫苑も一緒に走ろうとベルトに入ってこようとしたので、隣のランニングマシンを紫苑に合わせて設定してあげた。
紫苑は楽しそうに走っているので私も少しペースを速めて走る。
やっぱり体を動かすのは楽しいなと思いながら走っていると、トレーニングルームのドアが開く。
「近衛ちゃんここにいたのか~」
「どうしたんですか?」
「なんか他の高校生組が探してたよ~。談話室にいたから行ってあげて」
どうやらただすれ違っていただけだったようだ、よかった。
「千歳先輩はトレーニングですか?」
「そだよ。この学校は自由だし環境もいいけど基準を満たさないと切り捨てられるからね。単位テストも再試はないから慎重に時期を決めないといけないし」
「テストっていつでも受けれるんですか?」
「うん、だから大人組は今テスト対策をやってもらってるよ。近衛ちゃんも今のペースでいけば5月中旬にはテスト受けてもいいと思うから頑張って!」
少し背伸びをしていい子いい子と頭を撫でてくる。
「そうだった、近衛ちゃんに課題送っておいたからまたやっておいてね」
「が、がんばります」
千歳先輩に一礼してシャワーを浴びに行く。途中、談話室に顔を出そうかと思ったが、汗臭いからシャワーを浴びてからにしようと思い談話室には寄らなかった。
シャワーを浴び、お腹へったなぁと思いながら紫苑と談話室へ向かう。
談話室には課題をしている春華さんと藤原君。課題を教えている菊池さんがいた。
春華さんがこちらに気付き
「蓮ちゃんどこ行ってたの?」
「トレーニングルームで走ってました。探してたって聞いたんですが何か用事ですか?」
「いや、昨日一緒にやろうって言ったのにすっぽかしちゃっただろ?だから今日一緒にどうかとおもって。」
申し訳なさそうに藤原君がいう。
「あー……今度一緒にやりませんか?」
「今じゃ都合悪い?」
春華さんが目をうるうるさせながら聞いてくる。
「すみません。トレーニング後で腹ペコなんです。今課題をやってもお腹の音が鳴り響いちゃうんでとりあえず何か食べてきます」
チラッと時計を見ると19時40分。
「そっか、私と隼人君はもう食べちゃったんだ。今度一緒に食べようね。」
「分かりました。じゃあいってきますね」
いってらっしゃ~いと見送られ食堂に向かう。
食堂には誰もいない。上級生が来るのはいつなんだろう?入学式の日かな?次の日から授業が始まるって千歳先輩がいっていたし。
今日のメニューを確認する。安定のカレーセット、かつ丼セット、ラーメンセットだった。
お腹はペコペコだがこの中から選ぶならやっぱりカレーだろう。さすがにカレーばっかりだが仕方ない。
カレーを注文しようとすると
「カレーセットお願いします」
と後ろから菊池さんが注文をする。全然気づかなかった。
私もカレーセットを注文して流れで一緒の席に座る。
「二人の課題はもう終わったんですか?」
「ええ、後は提出するだけ」
すぐにカレーがくる。菊池さんは小食なのか少なめだ。いただきますといって食べ始めると
「蓮さんはカレーが好きなの?」
「まぁ好きですね」
「蓮さんずっとカレーばっかり食べてるけど他のものも食べないと。」
「メニューの料理あんまり好きじゃないんですよね。だからカレーばっかりに」
「蓮さんは何が好きなの?」
「鶏肉とお米は好きです。菊池さんは?」
「私は和食かな」
由乃でいいのにとふてくされている。なれるまで時間をくださいとお願いすると、待ってますと楽しそうにしていた。
他にトレーニングルームでの千歳先輩の話やしばらく課題地獄が続くことを話した。
食事を食べ終え食堂を出る。菊池さんは部屋に戻って勉強をすると言っていた。
私も大人しく部屋に戻ろう。部屋に戻ると紫苑がボールで遊んでいた。
明日は朝練と課題しか予定はないので紫苑と庭で遊ぼう。明日の天気を確認しようとタブレットを見るとまた課題のデータが送られてきていた。
今日のノルマは終わっているので明日やろうと考えながら明日の天気を調べる。
明日は晴天のようなので外で遊べるだろう。
「明日朝ごはん食べたら一緒にあそぼうか。」と紫苑に声をかける。
紫苑は嬉しそうに鳴き、ボールを加えながら自分のベッドに寝転んでいた。
私ももう寝ようと思ったが洗濯をしていないことを思い出し急いで洗濯機を回す。
洗濯機は乾燥機能もついているのでスイッチ一つで洗濯が終わる優れものだ。
アイロンは暇なときにかけよう。さすがに疲れたので眠ることにした。