七ノ二話
昼食まであと30分。なにをしようかと大人しくしていた紫苑を撫でながら考えていると春華さんと菊池さんがこちらに向かってくる。
「蓮ちゃん、一緒に寮内をみて回らない?」
「もちろんいいですよ。紫苑はどうする? 疲れてない?」
元気いっぱいですと言わんばかりに周りを飛び跳ねる。
「まずは一階から回りましょう!」
「そうしましょうか。近衛さんもそれでいいかしら?」
「いいですよ。じゃあ行きましょうか」
そういうとレッツゴーと春華さんが号令をかける。私たちは春華さんの後ろについていいった。
一階は寮監督の部屋、食堂、トレーニングルームそして浴場があった。
浴場はヨウセイも入っていいと書いてあったので楽しみだ。
探索の途中に夫人に会い良ければ庭も見てくださいと勧められ庭に向かう。
庭には笹井さんと藤原君がヨウセイと一緒に遊んでいた。
藤原君がこちらに気付きおーい!こっちこっちと私たちを呼ぶ、菊池さんと春華さんはヨウセイを連れてくるといっていったん部屋に戻っていった。私は藤原君たちのもとに向かう。
「二人はどこいったの?」
「部屋にいるヨウセイを連れてくるって言ってたから後から来るよ。」
「そっか。じゃあヨウセイの紹介は皆そろってからにするか」
そういって藤原君はヨウセイと遊びだす。笹井さんは日向ぼっこをしているようだ。
すぐに春華さんと菊池さんがヨウセイを連れて合流する。
「じゃあみんな揃ったし、ヨウセイの紹介をしようか!」
「まずは俺の相棒!ドラゴン型のルーク」
自慢げにルークを見せる。ルークも嬉しそうにキュルルルと鳴く。
じゃあ時計回りで行こう!と言われ春華さんが雪を紹介する。
「この子はウサギ型の雪ちゃんです」
「オコジョ型のサチリです」
言葉は少ないがサチリを大切そうに抱いて、菊池さんが紹介する。フェレットだと思っていたがオコジョだった。
「俺の相棒はリス型のチハだ」
笹井さんの胸ポケットからぴょこっと顔を出していた。なんというかギャップがすごい。
「黒いけどキツネ型の紫苑です」
足元にいる紫苑を抱き上げる。紫苑は短く鳴き挨拶をした。
まだ少し時間があるのでヨウセイを遊ばせることになった。
紫苑はサチリと追いかけっこをしていて、雪とルークはくっついて日向ぼっこをするようだ。
チハはどこだろうと探すとルークの背中で寝ていた。
春華さんは藤原君とおしゃべりをしていて、笹井さんはほほえましそうにチハ達を見ていた。
私は紫苑とサチリと一緒に走り回る。菊池さんは芝生に座ってこちらをみているようだ。
そろそろじかんだよ~と春華さんから声が掛かり全員で食堂に向かう。
食堂に着くと千歳先輩がいた。
今年の一年生は仲がいいねというと、席は自由に座ってと言われる。
3人席のテーブルが5つ、とりあえず近くの席に座る。私の座ったテーブルには笹井さんと千歳先輩が座った。
入寮おめでとうございます!と大きな声が聞こえ、キッチンのほうから食事が運ばれてくる。
メニューはサラダ、ハンバーグ、スープ、パンだ。千歳先輩がここのパンは焼きたてが出てくるからおいしいよとパンをほおばる。笹井さんはチハにパンをちぎってあげていた。
となりの席からはうめーー!と藤原君の声が聞こえてきた。結構な量だがおいしいのでペロリと食べてしまった。紫苑にはもってきていた金平糖をあげる。
「近衛さん結構食べるんだな」
「呼び捨てでいいですよ。高校で食べるのもトレーニングだと言われてたんで」
「そうか、確か陸上部だったな。明日から早朝にトレーニングをしようと思うんだが一緒にやるか?」
体がなまっていたのでうれしい話だ。
「ぜひお願いします」
そういって何時に集合しようかと話していると
「本当に今年は仲がいいね。朝練やるなら始業は9時って覚えておいてね。食堂は7時半に開くし、浴場はいつでも使えるよ」
千歳先輩がアドバイスをくれる。しかし近衛さんが能筋だとは意外だなぁ、という言葉は聞こえないふりをした。
玄関ホールに6時半に集合しようと話していると千歳先輩が立ちあがる。
「みんな食べ終わったね。それじゃ今から10分後に談話室に制服で集合」
私はまだ制服をバッグから出してすらいないことを思い出し、急ぎ足で部屋に戻る。
制服と書かれた袋と革靴を出す。急いでyシャツとスラックスに着替える。ネクタイの結び方がわからないので保留。ブレザーを羽織り掛け時計を見るともう時間がない。
「紫苑は部屋で待ってていいからね」
ネクタイを持ち談話室に向かおうとすると紫苑がキューンと大きく鳴く。
何事かと振り返れば紫苑が制帽をくわえていた。
「ありがとう紫苑! 助かった!」
ドヤ顔の紫苑に見送られ急いで談話室に向かう。
談話室に入ると春華さん以外はそろっていた。笹井さんはきちんと制服を着ていたが、藤原君は着崩していた。菊池さんは私と同じようにネクタイをつけていなかった。
私はネクタイの絞め方を笹井さんに教えてもらうことにした。菊池さんは千歳先輩に教わるようだ。
笹井さんは一回自分のネクタイをほどいて丁寧に教えてくれた。なんとか笹井さんから合格点をもらえたころに春華さんがきた。
「皆そろったね。今から服装チェックをします。一列に並んで」
一列に並び千歳先輩のチェックを受ける。私は制帽の角度を直されるくらいだった。藤原君はやり直しと言われ、小さい子のように服を直されていた。シャツをスラックスの中に突っ込まれたりされたせいか顔が真っ赤になっていた。
「今の服装を忘れないように。この学校制服だけは厳しいから気を付けてね。連帯責任になるからこまめにみんなで服装チェックをするように。」
私は絶対にチェックしてもらおうと思った。藤原君のチェックは笹井さんが目を光らせるだろう。
「次は礼装で10分後に集合!」
皆が駆け足で部屋へ向かう。制服をかけている余裕はないのでベッドに脱ぎ捨てる。バッグから礼装を取り出して着替える。ネクタイは結べたが紐とベルトに苦戦する。何とか装着して白い手袋をはめ部屋を出る。
談話室に戻ると
「じゃあ服装チェック始めまーす」といわれ並ばされる。今回は誰も指摘されることはなかった。
「みんなちゃんと出来てるね。礼装はお偉いさんが見るから特に気を付けてね。礼装をちゃんと着れてないと寮生全員、連帯責任だからね。」
千歳先輩が恐ろしいことを言う。
そのあとは明日の集合時間と服装について話がされる。
「この後は自由行動です。教科書は部屋の前に置いてあるので片づけるように。では解散!」
夕食は19時から22時までだからね~といって千歳先輩は談話室を出ていく。
「おつかれさま。蓮ちゃん似合ってるね」
「春華さんも似合ってますよ」以
「ありがとう。この後一緒に課題やらない?藤原君も誘って」
「そうですね。何時に集まりますか?」
「じゃあ30分後にここで」
そういうと春華さんは藤原君を誘いに行った。私は部屋に戻ることにした。
私の名前の入った学生鞄と教科書が部屋の前に置いてあった。
教科書を部屋の中に入れる。教科書を片付け、脱ぎ捨てた制服やバッグの中身を片付けていく。
紫苑はお疲れのようでぐっすりだ。私服に着替え、課題に必要な教科書をまとめているとちょうどいい時間になったので談話室に向かう。
談話室にはまだだれも来ておらず先に宿題を始めることにした。
なかなか進まない課題に頭を悩ませていると突然、後ろから声がかけられる。
「課題大変そうね。良ければ手伝いましょうか?」
私服姿の菊池さんが後ろにいた。サチリも一緒のようだ。
「お願いしてもいいですか?」
どこがわからないの?と隣に座りタブレットをのぞき込んでくる。
ふわっとシャンプーの香りだろうかいいにおいがする。
「お風呂もう入ったんですね」
「ええ、今日は早めに寝ようと思って。よくわかったわね」
「今いいにおいがしたので」
自分で言っておいてなんだが変態みたいだ。菊池さんは使っているシャンプーの銘柄を教えてくれた。
社会人なだけあってちょっとお高めなシャンプーを使っていた。
菊池さんの教え方は上手で私がつまずきそうなポイントを先に解説してくれる。案の定私がつまずいても適切なヒントをくれる。
菊池さんのおかげで何とか課題を終える。時計を見ると19時半。
時間はとっくに過ぎているが春華さんたちはまだ来ない。
「食堂もう開いてますね。こんな時間まで突き合わせてすみません。」
「いいのよ。私も話してみたいと思ってたし」
「え?」
「今日サチリと一緒に遊んでくれたでしょ? だからどんな子なのかなぁって思っていたの。」
そういって笑う菊池さん。クールな感じなのに笑うとかわいい、やっぱ美人は得だなぁとしみじみと思う。
一緒に夕食を食べようという話になり教科書を置きに部屋に戻る。紫苑を起こして一緒に菊池さんと合流し、食堂へ向かう。
食堂には誰もいなかった。
「メニューを選んで、席へどうぞ」
キッチンのほうから声がかけられる。
今日のメニューと書かれている看板を見ると今日はカレーセット、鯖煮定食、ステーキセットと書いてある。私はカレーセットを、菊池さんは鯖煮定食を頼んで近くの席に座る。食事はすぐに運ばれてきていただきますといって食べ始める。
カレーは中辛でお肉は豚肉だった、お母さんのカレーは鶏肉だったことを思い出し少し寂しくなる。
菊池さんはサチリに鯖を食べさせていてサチリはおいしそうに食べていた。
「サチリは魚が好きなんですか?」
「人間の食べるものなら何でも好きみたいなの。紫苑さんは?」
「甘いものが好きみたいです。それ以外はあんまり食べないです。」
お互いに変なものが好物じゃなくてよかったねという話をする。
食事を食べ終えたタイミングでデザートのアイスクリームが出される。紫苑にアイスクリームをあげると嬉しそうに食べていた。
「近衛さんて紫苑さんにはそんな顔をするのね。普段はクールなのに今は優しそうな顔をしてる。」
クールなのはあなたのほうです、とは言えず黙って視線を逸らす。
耳真っ赤よ。と菊池さんに指摘され、誰か助けてくださいと願う。
キッチンから食器はそのままでいいですよ、救いの声がかけられる。
「部屋へ戻りましょうか。」
私はそう言って席を立つ。
菊池さんも立ちあがり一緒に二階に向かう。チラッと菊池さんを見ると目が合ってしまい慌てて目をそらす。菊池さんはくすくすと笑っているようだ。
部屋の前に着いたので改めてお礼を言う。
「菊池さん、今日はありがとうございました」
「同期なんだしそんなに硬くならなくていいのよ。ぜひ由乃とよんで」
菊池さんはからかうようにいった。私がそんなこと出来ないとわかっているのだろう。
「よ、由乃さんで勘弁してください」
菊池さんは満足げにうなずきおやすみなさい蓮さんといって部屋に戻った。
明日は早いし私も寝ようと思いながらドアに手をかける。
すると隣のドアが勢いよく開き飛び出してきた春華さんと目が合う。春華さんは一瞬固まり
「ご、ごめんなさい! 寝過ごしちゃいました!」
大丈夫ですよ、怒ってないですよと何とかなだめる。藤原君も寝てるかもしれないので起こしてあげてくださいといって私は部屋に戻る。
ベッドにころがると予想以上につかれていたのかそのまま寝てしまった。