2112年、熱線銃を持つ導きの武僧
お寺に関しては有名なあそこをネタ元にしていますが架空の山、架空の寺院です。
2115年、メトロポリスのアンドロイドの救世主の登場人物のサイドストーリーとなります。
中国浙江省の人里離れた奥地に兎赦山と呼ばれる巨大な山が有った。
山の各所にお堂があり、頂上には巨大な寺院がある。
この寺院は大林寺と呼ばれる。
遥か数千年の太古より人々に崇められ、そして畏怖されてきた武僧、いわゆるモンク達が格闘術や神秘の秘術の修行を繰り返してきた。
寺院の中、塀で覆われた大きな広場で整列したモンクが左右の拳を突き出し、様々な構えを取りながら、型の稽古を続ける。
「哈! 哈! 嘿! 呀! 」
その広場をさらに深く入り、何百段という階段を登った更に先、この寺院の本堂内の大きな広間内。
何人もの老僧が並んで座禅を組み、中央の一際立派な高台で紫の袈裟を着た大僧正が座る。
彼らの眼の前では二人の黄色い衣を着たモンクが二人対峙していた。
一人は人の背丈ほどの木の棒を持って構え、もう一人は両手に金剛杵と呼ばれる金属製の不思議な武器を持っている。
短い棒の両端に鳥の鉤爪のような形の金属が飛び出た様な武具、武神とされる仏像が時折手に持っている仏具である。
「ハイッ!」
木の棒を持ったモンクが素早く連続で突きを放ち、金剛杵を持つモンクはまるで相手の動きが全て分かっていたかのようにタイミングを合わせて体を逸らして回避する。
木の棒が水平に振り回されると、金剛杵を持つモンクは回転して宙を舞い、相手の至近距離に着地すると素早く打撃を何箇所にも放つ。
木の棒を持ったモンクはよろめいて倒れた。
大僧正が声を上げる。
「それまで! 勝負あり」
二人のモンクは立ち上がり、右手は拳、左手は開いた手のひらにして合掌し、並んでお辞儀をする。
「王よ。 我々の期待通り、よくぞここまで腕を上げたな。
この時を持ってそなたは密教の秘儀を全て会得し、この寺院でも最高峰の功夫の使い手となった。
そなたは今よりこの寺を代表する武僧となり、師範代となる。」
「ははっ! 光栄でございます」
「そなたの住む場所や食事は相応の物を用意させよう。
して、他に何か要望があれば言うが良い」
「はい。 私はまだまだ未熟者。
この世の戦いをまだ極めておりません。
さらなる高みを目指しとうございます」
「ほう。中々殊勝な心がけだな。だが、もはやこの寺院にはそなたを超える者はおるまい」
「はい。私はまだ銃を使った戦闘を知りません」
お堂の中に動揺が広がった。
「銃など汚らわしき人殺しの道具。僧が持つ物ではないわ」
「何を言い出すかと思えば……下らぬ冗談はよせ」
長老たちがざわめく中、ワンは合掌してお辞儀をしたまま更に続けた。
「元々我ら兎赦山大林寺の武術は、か弱き人々を理不尽な暴力から救う為の戦いの技術です。
既に戦いの時代は代わり、剣や弓ではなく、銃を使う時代になって200年以上が経とうとしています。
我々は時代に合わせて改革を行わなければなりません」
即座に大僧正がワンを叱り飛ばした。
「たわけ者がっ! 銃を使うなど仏の道に反する。
そなたはこの寺で今まで一体何を学んできたのだっ!」
ワンは続けた。
「山を降りて三日進んだ場所にある村、鳶村の住人たちが全員失踪しました」
「何を関係のない事をっ!」
「大僧正様、ご存知でしょう。 彼らは全員銃を持った兵隊達に問答無用で連れ去られ、逆らうものは容赦なく射殺されたのです。
彼らのような人々を救えずして我々の存在意義は何でしょう?」
「…………」
大僧正は沈黙し、周囲の長老は大僧正に注目する。
しばらく思案した大僧正がため息を付いてから口を開いた。
「ワンよ。私の元にはそなた以上の情報は集められておる。
だが我々は何千年と続いたこの寺の知識と技術を子々孫々に至るまで伝え続ける事が使命なのだ。
そなたは不要な波風を立てようとしている。
それは不要な殺生を生み出すことと成るのだ。
若さ故のことと今の発言は目を瞑ろう。
先ほどの言葉は取り消すのだ」
「大僧正様、例え辺境で交流もあまり無い弱者とは言え、迫害を見てみぬ振りをするのは、仏の道にも、……私の信念にも反します」
「意思は堅いのか」
「はい」
「仕方が無い。ワンよ。今回のそなたの師範代への昇格は取り消し。
そして今を持って破門とする。
早々にこの寺を立ち去るが良い」
ワンは無言でお辞儀をすると悲しい顔で眺める大僧正に背を向けて本堂から歩いて立ち去った。
ここは中東の石造りの建物が立ち並ぶ市街地。
あちこちで銃撃の音、手榴弾の炸裂する音が響く。
ワンは外人部隊に所属してこの辺りの都市を荒らしまわる武装勢力相手に戦っていた。
「ワン! スナイパーを発見した! 10時の方向、3階建ての建物の屋上だ。
我々はあのスナイパーが居る限り動けない」
「分かった。今向かう」
匍匐状態で小銃を乱射していたワンは立ち上がり、身をかがめて射線を意識しながら建物の中を進む。
階段を駆け上がり、屋上のドアを開けると同時にスナイパーが振り返って拳銃を乱射する。
ワンはドアの陰に隠れて銃だけを出して乱射する。
スナイパーが呻く声が聞こえ、ワンが飛び出して構えると腹部に銃弾を受けたスナイパーが地面を這っていた。
スナイパーは手榴弾を取り出すと歯で噛んでピンを抜く。
ワンは即座にスナイパーの脳天を撃ちぬいてその場を走り去る。
背後で爆発の轟音が響いた。
仏の道とは正反対の道。
大僧正の言葉は確かに正しかった。
だが今ワンが戦っている武装勢力は近隣の都市を襲い、老人子供見境なく殺して周り、奪えるものは全て奪い、女は奴隷として売り飛ばす。
見せしめの拷問遺体が吊り下げられているのは日常である。
周辺の怯える人々を救うことが出来るのは、今ワンが目にしている修羅の道、そして悪魔の武器、小銃や手榴弾である。
(私は武僧、戦いで人々を救う者、大林寺で最強の男。 ここで怯えるわけにはいかぬ。 戦いに甘えなど許されぬ)
ワンは数年間にわたって戦い続けた。
時代は2100年代に突入し、サイボーグや二足歩行兵器、熱線銃やレールガンの弾丸が飛び交い始め、ワンはあらゆる戦闘と戦術、戦略を学んだ。
本当の時代の最先端の生き死にの戦いを続けたのである。
そして遂に武装勢力は殲滅され、一旦の平和が地域にもたらされた。
それがいつまで続くのかは誰にも分からないが。
ワンは故郷の浙江省へと帰国することにした。
故郷へ向かう道で、ワンはバスから外の景色を眺めて違和感を感じ始めた。
道中にもっと村が有ったはずである。
だが故郷の村はまだ存在しており、ワンは安堵と懐かしさを感じながら路上の屋台で昼食を取ることにした。
「はいお待ち~。野菜と卵の粥だよ」
「ありがとう。ところでバスで久しぶりにこの村に帰ってきたんですが、道中にもっと一杯村があったはずなんだけど消えてしまってたんだよ。
何か有ったのかい?」
「お坊さん……余計なことには関わらないほうがいいよ? 私もあまり話したくはない……」
お粥を届けてくれた少女は黙って人々の歩く大通りを指差す。
そこにはあまり見た記憶のない軍服の男が銃を背負って立っている。
「あの兵隊さんがどうかしたのか?」
少女は無言で店内に立ち去った。
ワンは食事を終えた後、村を歩いて回る。
記憶にあるままの町並み、そして時折出会う古い知り合いと挨拶を交わす。
だがどことなく街から熱気が失われたような印象を受けていた。
夕刻、ワンが今夜の宿を探していた時、聞いたことの有るエンジン音が響き、人々が慌ただしく駆けまわり始める。
「あれは……キャタピラ式の戦車の音。何故戦車がこの村へ?」
ワンが大通りに向かうと何人もの軍人が立ち並び、拡声器で呼びかけていた。
「これより世論調査とちょっとしたアンケートを行う。女も子供も全員大通りに集まって並べ!」
「参加しなかったものは法律違反として取り調べ、思い刑罰が課せられることになる!」
街中を軍人が銃を持って駆けまわり、ワンも含めて村人は全員大通りへと集められた。
そして一人ずつアンケートと称される書類にサインを入れていく。
何故かアンケートは一人ずつ、5人の軍人に取り囲まれた状態で回答をしており、終わったものからトラックへと乗り込んでいった。
全員が泣いており、トラックの荷台は異様な光景であった。
ワンの10人ほど前の50代ほどの男がアンケートを見て叫び、暴れ始めた。
「ふざけるなっ! この村は私の故郷! 私が生涯をかけて育て上げた商店がある。
それを何の保障もなく明け渡せだと?」
列に並ぶ村人はやはりそうかと肩を落とし、何人かは暴れる男を小声で諌めようとしていた。
暴れる男は少し離れた場所に連れて行かれて地面に跪かされ、後頭部を銃で射たれて地面に転がった。
ついにワンの順番になりアンケートと称される文章を見た。
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立ち退き同意書
私_____は、民衆解放軍の施設に使用される為、この村に持つ全ての資産を供与することに同意いたします。
代わりの生活の地として用意された新たな場所で従順に生活を送ります。
例えどんな環境であろうとも受け入れます。
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(何だこれは? 人々は何故こんなものに同意するのだ?)
ワンは広場の端に転がるいくつかの射殺死体を眺め、トラックの荷台で泣き続ける人々を眺め、自分の背後に列を作る人々を見た。
そして再びアンケートに向き直る。
(これでは私が少し前まで戦っていた無法者の武装集団と何も変わらないではないか)
「何をしている? 早くサインをしろ!」
ワンを脅す兵士の胸にはこの国の正式軍、民衆解放軍のマークが有った。
(そうか……相手が途轍もなく大きいので諦めているのか……)
ワンは兵士に向き直って言う。
「貴方達には故郷の村は無いのか? 自分の故郷が同じ目に合わされれば……」
「射殺されたいのか?」
何年も兵士として戦ってきたから分かる。
今逆らって勝てる状況ではない。
ワンは二重の敗北を噛み締めながらサインした。
一つは圧倒的な武力に屈服した敗北。
もう一つはこの軍人達の心に微塵も仏の教え、いや教えられなくても人としてのあるべき心が無い。
僧侶としての敗北である。
ワンを含め、村人たちはトラックに揺られて森の中の僻地へと向かった。
降ろされた場所は鉄条網で囲まれた粗末なテントの立ち並ぶ土地である。
それはまさに強制収容所であった。
ワン達は逃亡を阻止するために全員足枷とそれに繋がる鉄球付きの鎖が装着される。
村人たちは大声で泣いて嗚咽する。
「これじゃぁまるで犯罪者じゃないか……うっ! うっ!」
「私達が一体どんな罪を犯したんだ」
収容所の新たな住人、ワン達と同じ村の村人は列を作って進む。
その周囲を収容所に先に入れられていた人々が左右から眺める。
ワンはその中にボロボロの法衣を着た集団を見て驚愕した。
大林寺のモンク達である。
立ち並ぶモンクの中には大僧正の姿もあり、悲痛な顔で列をなす新入りを見守りつつ手を合わせていた。
そしてワンと目が合い、両者驚愕しつつも、大僧正は悲しそうに目を逸らした。
収容所での生活が始まる。
食料などろくに与えられず、迷い込む虫やゴキブリが貴重なタンパク源であった。
仕事の内容は木材の加工。
そして反逆者(とされる人々)を埋める大穴を掘ることである。
その遺体は軽く、尽く内臓や目玉が無かった。
気温が低く、あちこちで風を引いて咳き込む人々がいる。
もちろん給料は無く、外出は許されない。
逃亡犯は射殺である。
ワンは体調を崩し、肺を患ってボロボロの黄色い法衣のまま寝込む。
既に栄養失調で片目が視力を失っていた。
軍人が現れてワンの元に歩み寄り、『まだ使い物になるか』確認を始める。
「このお坊さんは少し疲れて寝ているだけなんです。明日には回復します」
「私達が保障します。彼は大丈夫です」
何人もの村人が軍人にすがってワンを庇う。
軍人は面倒くさそうに立ち去った。
「お坊さま、大丈夫ですか? どうぞこれをお召し上がりになって下さい」
老婆がどこかで捕まえたコオロギをワンに渡す。
ワンは老婆を合掌して拝みながらコオロギを口に運んだ。
ワンは思う。
彼らは自分が救われたいからワンを救うのだ。
世界共通の人の情を形にしたのが自分たち僧侶なのである。
自分が救われたいから他人を救う。
自分が傷つけられ、苦しめられたくないから他人を思いやる。
それは戦場のルールにも存在する。
攻撃を受けたくないから、無用な攻撃をしない。
限度を超える攻撃を受けたくないから自分もその武器を使わない。
それを捻じ曲げる圧倒的な力に皆が歪められ、屈服している。
屈服?
屈服だと?
私は大林寺の最強の武僧。
全ての弱き心を克服し、どんな強敵にも立ち向かう事を美徳とする者。
どんな暴力をも克服する武の化身。
ワンは決意した。
翌日軍人が収容所の全ての囚人を広場に集めた。
「皆集まれぇ!」
「これが最後の大仕事だ。これが終われば君達はもっと環境の良い場所へ移される」
人々の前に大量のスコップが並べられた。
その場に居る誰もが軍人の虚言を見抜いた。
そしてその場に居る誰もが意味を悟り、あちこちの人々が泣き崩れる。
ワンはつかつかと軍人の元へと歩み寄る。
「なんだ? 貴様勝手に動くな」
ワンは凄まじい威力の正拳を軍人の腹部に放ち、素早く拳銃を奪い取ると軍人を盾にしながら近くの軍人2、3人の脳天を正確に撃ち抜いた。
「諦めるな! どうせここで今失った命だ。 死に物狂いでここを抜け出すのだ!」
村人たちは全員が近くの棒きれなどを拾い、軍人から奪い取った鍵で開けた扉から道を塞ぐ兵舎へと突入していく。
犠牲者は多かったが、大林寺のモンク達が大勢囚われていた事も幸いし、瞬く間に収容所を制圧した。
ワンは武器庫から武装の入った箱を持ってこさせ、収容所の外で集めた人々に叫ぶ。
「相手は民衆解放軍。ここを制圧したのはもう知っている。
此処から先の道はさらなる苛烈な戦いをもって切り開かなければならぬ」
村人たちは怯え始めた。
平和な生活をしてきた彼らは銃の使い方も知らない。
「人々よ、銃を取れ! 私が戦いを教えよう!」
ワンは村人達に銃の撃ち方、構え方、位置取りの方法や匍匐の仕方を手早く説明する。
そして奪ったトラック3台にのり収容所から走り出た。
先頭を走るトラックを運転するワンに後ろの荷台の村人が運転室後部の窓を開けて話しかける。
「お坊さん、これから何処に逃げるんでしょうか? このまま港へ向かうのですか?」
「このトラックでは出来るだけの距離を稼ぐ。相手は軍隊だ。
攻撃ホバーヘリや歩行戦車に対戦車ミサイルを射たれれば一発でトラックなど吹き飛ぶ」
「えええぇ?」
「この道に詳しい者は居るか? 探してくれ」
「はいっ」
しばらくして荷台の後ろから元バスの運転手だという村人が顔を出す。」
「この道はまっすぐ港町まで続くのか?」
「はい、完全に一本道です」
「トラックが走るのを見下ろせる見晴らしの良い開けた高台があるか覚えているか?」
「ここからあと30分ほどの場所にありますね」
「そうか……トラックで行けるのはそこまでだな」
しばらく進んでワンは全てのトラックを止めさせた。
「皆トラックから降りるんだ。ここからは森の中を歩く」
「皆トラックから降りろー」
トラックの荷台にシートを被せてからワンと村人は森の中を進む。
何台ものホバーヘリがワン達の頭上を通り過ぎた。
2、3日の間ワン達は森の中を進み続けたが、4日目。
遂に赤外線センサーで捜索を続けるホバーヘリに姿を捕えられた。
次々と増援を呼んでワン達を追い続け、遂には何十人もの兵士がホバリングデバイスを腰に装着した状態で森へと降下する。
その手には最新式の熱線銃が握られていた。
ワンは号令をかける。
「全員戦闘態勢を取れっ! 教えたことを思い出せ」
村人たちは全員伏せて、銃を構える。
静まり返った中で、ワンは何人かの村人とハンドシグナルで会話する。
民衆解放軍兵士達がある程度の距離にまで迫った時、ワンはゴーサインを送った。
銃撃戦が始まり、只の餓死寸前の素人集団と舐めて掛かっていた民衆解放軍兵士たちは次々と倒れていく。
兵士の7割が壊滅した頃、残りの兵士は反転して退却を始めた。
「追撃せよ! 一人として逃すな!」
ワンの叫びで村人たちは前進を始め、次々と兵士を撃ち倒していく。
遂に最後の一人の後頭部をワンが狙撃して倒した。
「武装を奪ったら走って散開せよ、あそこに見える山の中腹で集合だっ!」
ワンは兵士から熱線銃を奪い取って弾倉が空になった銃を捨てる。
村人たちは森をバラバラに別れて移動し始めた。
ホバーヘリは森の中に闇雲にミサイルやナパームを撃ちまくる。
村人たちは燃え上がる森林のすぐ隣を命がけで行軍する。
ワンの至近距離でミサイルが炸裂し、ワンの片腕が吹き飛んだ。
だが必死の形相で止血して先へと進む。
夕刻、山の中腹に辿り着いた村人は半数になっていた。
ワンは焼け跡から煙を上げる遥か背後の森林に向かって片手で祈りを捧げた後、向き直って言う。
「此処から先は素早く移動しなければ全滅してしまう。深夜に川を下るぞ」
「それまでに船を用意しなければ……」
深夜になり、ワン達は急造したイカダを並べて川を下り始めた。
静かに流れるイカダの上で中年の女性が不安そうにワンに尋ねる。
「お坊様、このまま私達が街へと辿り着いたとして、そこから先はどうなるのでしょう?
再び捕えられたら再び収容所送り、さらには苛烈な仕打ちを受けるのではないでしょうか?」
「……このまま国外へと脱出する」
「国外ですか? 私は、私だけでなく多くの村人は近隣の村より遠くに行ったことがありません。
とても恐ろしいです」
他の村人も訴えかける。
「私は周辺国は恐ろしい悪魔が住む国ばかりだと聞いています。女と見れば見境なく犯し、男は刀で切り刻まれ、赤子は空中に放り投げられて刀で突き刺して遊んだ後に捨てられるとか」
ワンは信念を持って答えた。
「君達は外の世界を知らないのだ。人とそうでない物を分けるのは何か?
大切な事は……相手の気持になって考えることだ。
君達は逆の立場なら今言ったことを、やるかね?」
「とんでもない。そんなことはやりません」
「そうだろう。あの村は私の故郷。村の人々の事を私はよく知っている。
私は外に出て多くの人と物を見てきた。
私が目指す国、その国の人々はそんなことをする人々ではない。
私を信じなさい」
明け方。
ワン達は港町に辿り着いた。
生き残った村人は僅か30名弱。
「さぁ、国外に出るには船が必要だが……どうしたものか……」
不安に怯える村人たちの真ん中で思案するワンの肩を大僧正が叩く。
モンク達も何人か生き残っていたのである。
「ワンよ……そなたが正しかった。
私は武僧としての本分を忘れ、逃げていただけなのやも知れぬ」
「大僧正様……私は戦争の中で大僧正様の言っておられることをようやく理解しました。
無知故に無茶苦茶な事を言っていたと今になって恥じています」
「はっはっは、そなたの申した事も、今ここに至るまでのことも、長年生きた私にとってすら天地のひっくり返るような衝撃の連続だったわい。
それよりも船が必要なのだろう?」
「はい。船が無ければ手詰まりです。このまま捕まれば間違いなく……」
「私の知り合いがこの街に居る。頼んでみよう」
大僧正は一人街の中へと歩み出て姿を消した。
そして夜が更けた頃、再びワン達の前へと姿を現した。
「皆、こちらへ静かに付いてきなさい」
大僧正に連れられて港へ出たワン達の前に30人がギリギリ乗れる小舟が浮いていた。
大僧正はワンに小さな袋を渡す。
「必要であればこれを使うが良い。」
「頂きます」
村人たちは喜びと興奮に包まれる。
「おおぉ、これで逃げられるぞ」
「ワンよ。村人達を頼んだぞ」
「大僧正様、それに他の大林寺の皆、どうして船に載らないのですか?」
「街で少しヘマをしてな。我々がこの街に居ることを嗅ぎつけられてしまった。
このままでは船での逃亡も警戒されてしまう。
我々は残って陽動を行う。
さぁ、沖へと旅立つのだワンよ」
大僧正の隣に立つモンクが船を繋ぐロープを外し、船を陸から蹴って進ませた。
ワンは港に整列するモンクに片手で合掌のポーズをとってお辞儀をしたまま沖合へと消えていく。
モンク達はワンの姿が見えなくなると銃を構えて足早にその場を去った。
日本のネオ東京の地下海水口、そこ脇の小さな港でカイは遠くから近寄ってくる小舟を見た。
大勢の老若男女が蹲って不安そうに震えてこちらを見守る中、一人直立して様子を伺っている。
片腕を失った僧侶、残った片手には熱線銃が握られている。
ワンである。
ワンは船を接岸させて暫くの間カイの目を見つめた。
そして口を開く。
「私ははるか海の向こう、中国浙江省の兎赦山大林寺の修行僧、ワンと言います。
私はここに居る罪もなく迫害されていた人々と共に命を奪われる寸前に逃れてきました。
どうかここに受け入れて頂きたい」
カイは周囲の仲間と目を合わせた後、向き直って答えた。
「ああ、構わないよ。全員を受け入れよう。ところでパスポートは有るの?」
ワンは小さな袋からパスポートを取り出した。
ワンの片腕の血で血まみれである。
受け取ったカイはしばらく眺めて言った。
「うん。偽造だね。でも問題ない。アンダーワールドは万人を受け入れるし、警察の目からも逃れられるだろう。
もちろんこの場所のルールに従って貰うけどね」
ワンは暫くの間カイにお辞儀をしたまま動かなかった。